12 不可侵領域
俺は現在、不可侵領域に侵入している。男性なら本来立ち入ることが許されない場所――女湯である。
渋々着替えを持ち出し、流されるままにこの場にいる。女性特有の甘い匂いがほんのり香り、一緒に入るであろう女の子達が次々と脱いでいる。
風呂に入る訳だから当然の事だが、今までの人生で他人が脱ぐことにここまで緊張することがあっただろうか。
そういうのは男であった時に一線越える時だけにしてほしかった。
普通、同性の脱ぐところなんて思うこと自体があるわけがないはずだが、今の俺を見ると他の人は不審に思うだろう。
お風呂にも入ってないのにすでに体温が上昇仕切って、みんなを背にし、挙動不審になる俺に襲いかかる人影があった。
「リリアちゃあん! なーに恥ずかしがってるのかな?」
「――ひゃあ!!」
背中に柔らかい感触がダイレクトに伝わる。ユーカが驚かすように飛びつく。
「ひゃあだって、可愛い!」
反応が良かったのか、堪らず俺の頰に頬ずりをしてくる。こんなに密着されると身体の感触がさらに濃厚に伝わってくるからか固まってしまい、やられ放題に。
「あの、リリアちゃん困ってますからその辺に……」
パチクリと助け舟を出してくれたリュッカを見ると、標的を変更するように目を細め、悪巧みでもするかのように笑みを浮かべる。
「じゃあ次はリュッカちゃんに抱きついちゃおうかな〜!!」
「あ、あの! やめ――」
ガバァと今度はリュッカが餌食に。手当たり次第セクハラを繰り広げる。まだ、湯船にも浸かってないのに楽しそうだ。
「後輩ちゃん、おもちゃにするのもいいけど入るよ〜」
すでにタオル一枚になっているタールニアナとアイシアはお先にとお風呂場へ。待ってよとユーカは俺達を引っ張り続く。
霧のように湯気が立ち込めるお風呂場は大浴場と言うだけあって広い。大理石のような石造りの大きな浴槽がお風呂場を陣取る。
その浴槽には魔石がいくつも設置されていた。おそらくは術式によってお湯が出る魔石だろう。水道とも繋がっているのだろうか。
湯気が立ち込めているせいか、先程よりみんなの裸を気にせず入れるのはありがたい。決して見えない訳ではないが、まだマシである。
湯気にここまで感謝したことがあるだろうか……ないな!
「……わあっ、広いですねぇ……」
「うん、本当に……」
「ホントに初めてなんだね?」
「はい!」
何でもリュッカ達は冒険者から聞いた話を元にドラム缶風呂みたいなものを作って、たまに入っていたらしいが、大きくなるにつれてやめてしまったらしい。
そりゃそうだ。
「こんなしっかりしたお風呂は初めてです! リリィもそうでしょ?」
「へ? あ、いや……」
「あれ? 初めてじゃないの?」
「うん。お母さんが元々冒険者で貴族からの依頼の時に入ったことがあったらしく、家には手作りとはいえ、あったからね」
今までの情報をまとめて推論を元に言ってみせたが、俺自体はお風呂があるのが普通の環境で育ったからか、ない方が違和感がある。
「で? 何でリリアは後ろ向き?」
俺は皆を背にして浴槽に浸かっている。湯気で曇っているとはいえ、見えない訳ではない。俺は現在、色んな感情と戦っている。今までの魔物との戦い以上に過酷な戦いを。
罪悪感と背徳感は勿論、女性との混浴? 入浴による期待と不安に欲目もある。
男とは悲しい性を持つ生き物である。リリアでありながらも、男としての欲目もあるのだ。しかし、彼女達を騙してまで見たいかと言われるとそこは紳士に断りたいところだが、俺が男であることを言い出せる訳もなく、罪悪感に苛まれながらも最大の配慮がこの状態である。
要するにはチキンなんです。チキン。
「まあ色々ありまして……」
「色々って何? リリィもこっち来て一緒に話そうよ」
「あっ! ちょっと待って……」
ぐいっとアイシアは引き寄せる。というかスキンシップが無防備だよ! 普通に手に胸が当たってるから!
結局押し切られる形でみんなの輪に入ってしまった俺は話が盛り上がる中、話の内容なんか頭に入る訳もなく、
「――リ、リリアちゃん!?」
頭がショートし、熱暴走を起こしたように全身真っ赤になるとそのままゆっくりと湯船に沈んでいく。
「リリアちゃん! しっかり!」
「リリィって確か私と同じで火属性持ちだから熱には強いはずなんだけどね……」
「へっ!? そうなの? だったらのぼせないよね?」
「ふ〜し〜ぎ〜」
「――そんな事言ってる場合じゃないですから! 早くリリアちゃんを介抱しますよ!」
俺は異世界へ来て、不意の気絶はお風呂だけである。激しい戦いの後の深手で気絶したの方が格好がつくのだが、どうもそういう展開は今のところはないらしい。




