70 勇者色々伝説
「勇者って言ったら有名じゃないか!!」
目を輝かせ、熱く語るバーク。聞き飽きたとばかりの表情を浮かべるフェルサとサニラ。楽しそうだな〜と眉をひそめて笑顔を浮かべるリュッカに、熱く語るバークと共に何故か嬉しそうなアイシア。
異世界だからいてもおかしくはないかも知れないが、勇者は流石にと思った。だが、そんな思惑もどうやら簡単に裏切ってくれたようだ。
一人置いていかれている俺は少し困った顔をする。
「えっと……勇者って?」
「歴史の授業とかで出なかったの?」
リュッカも困った表情で質問してくるところを見ると、歴史的偉人の話なのだろうと読み解ける。
ならばとバークは興奮気味に勇者の武勇伝を語る。
「勇者は今から約二百年前に実在した人物さ! 特にこの国を中心に各国の問題を次々に解決して回ってたんだぜ!」
世直しの旅か何かだろうか。かの黄門様を思い浮かべた。
「暗躍する闇の魔術師の討伐、魔人の襲来事件に自然災害の対処、魔龍退治などなど、上げればキリがないぜーっ!!」
おとぎ話レベルのスケール! 一体どんな力を持っていたんだって言うか自然災害って……。
「六属性の全ての恩恵を授かり、精霊にも愛された男……その名は――」
ここで初めて精霊なんて言葉を耳にする。属性の恩恵とかいう割には聞かないなとずっと頭に引っかかっていた。
アニメやゲームなんかじゃ、これもテンプレ。精霊がどうのこうのなんてよくある話だ。だからこそ不思議だったのだ、精霊が出てこないことに。
「――ケースケ・タナカ!!」
「――ぶふっ!!?」
ふと疑問に抱いていた精霊の事を、意図も簡単に、まるでハンマーで思いっきり横から叩きつけて吹き飛ばすような言葉が突っ込んできた。
憧れの勇者を語る彼は真剣そのもの。声にも気合いが入る。
だからこそのケースケ・タナカは驚いた。思わず吹き出した。
どこからどう聞いても日本人の名前だ。
「どうしたの? リリィ?」
「いや、何でもない……」
しかし、この世界に自分以外にも異世界人、しかも同郷の者とは驚く。
かの田中けいすけなる者はおそらく自分の身体だろうが、俺は中身だけだ。少し、羨ましくもなる。
――その時、ふと昨日の夜の事を思い出す。
フェルサの事を話し終えた後、交代でシャワーを浴びることになった際に疑問に感じたことをリュッカ達に訊いていたのだ。
「ねえ? 何でこの宿はお風呂がないの?」
「安い宿だからじゃない?」
確かに急に取った宿だからか、結構年季の入った――いい言い方をすれば風情がある宿、悪い言い方をすればオンボロ宿である。
木造の宿は腐敗はないものの、所々足元がギシギシと音を立てる。
「いや、そうじゃなくてもお風呂の浸透率が悪くないかなぁって思ったの!」
「まあ、湯浴みは気持ちいいからね」
「でも、王都は充実しているはずですよ」
「それだよ!!」
「は?」
俺はリュッカ達をビシッと指差す。
ここは王都付近の商業街ラバ。なのにも関わらずお風呂設備が整ってないというのはどういうことなのか疑問なのである。
水道は一応通っているようだが、結構冷たい。魔石の使い方も色々考えればできそうなものを。
「ここは王都に一番近い街だよ! だけど浸透してない。どういう事なのか……」
俺は悲痛の叫びを上げる。日本人としてはやはり、お風呂は大事。そんな様子を見たリュッカはある事を語りだす。
「多分かの昔、勇者様がお風呂好きだったからだよ」
「は? 勇者? お風呂好き? 何で?」
最早この時は勇者よりお風呂好きなのに浸透してないことに驚いて、勇者のインパクトが薄かった印象にある。
「何でも目覚ましい活躍をしていた勇者様の好きな事をやるのは恐れ多いって考えたらしいよ。当時の人は……」
普通、あやかるもんじゃないかな? まあ、昔の人の考えることはわからんからな。
「それに身体を洗うのは基本、水浴びだったから怖かったっていうのもあったって一部に……」
「へぇー、じゃあ王都に浸透してるのは?」
「まずはお貴族様が実践したところ、好評だったって話があったらしいよ」
それにとアイシアは軽いドヤ顔で気取る。
「当時は魔石がとても高価だった影響から、お風呂はお貴族のものって認識があって、さらに恐れ多くなったって」
要するに金持ちの道楽だったわけだ。勇者だって功績があれば王族から優遇くらいされるだろうし。
――なんて話もあったなと今更勇者という単語を思い出した。




