今も愛されている
落ちてゆくペンダントを眺めていた。
鳥の形の大ぶりなトップと、それを飾るビーズ細工、尾のようにたなびく古びたチェーンまでもが、夜の街の光に縁取られて尊いもののようにきらめいた。緩やかな弧を描きながら、水面に向かって落ちてゆく。
鳴ったはずの水音は、川の流れに呑まれて聞こえなかった。なんて呆気ないのだろう、と体の力が抜けてしまった私の後ろを、激しい音を立てて自動車が通り過ぎた。
ペンダントを放り投げた右手は、まだ震えている。
高価ではなかったけれど、思い出の詰まったアクセサリーだった。着けていった場所や、身支度の時の些細な気分の変化、数百日分の記憶が詰まっているような品だった。
それを捨てたのは、贈ってくれた人のことを忘れたかったからだ。ごくありふれた、よくある話。恋人だった彼との縁はとうに切れているのに、手元に残ったペンダントを目にする度、気分が憂鬱になった。心がまだ縛られていると感じた。
これでさよならだ。本当に、さようなら。
右手を庇うように抱いて歩き出す。踵の低いパンプスが歯切れの悪い音を立てる。
涙腺が熱くなっても、涙は懸命にこらえた。忘れるって決めたんだから、いつも通りにしていよう。
コンビニに入り無愛想な店員の視線を浴びれば、見栄っ張りな私の涙はすぐに引っ込む。欲しくもないガムを買って、そこから真っ直ぐ家路に就く。
「ただいま」
帰宅の挨拶をしながら扉を開けると、愛猫のマリーが出迎えてくれた。女の一人暮らしでペットを飼うと婚期が遠のく、なんて話を聞くけれど、恋人がいない間の寂しさを凌ぎ切る自信が私にはなかった。恋人になってくれそうなアテなど尚更ない。
パンプスもバッグも放り出して、私はマリーを胸に抱いた。ふわふわした茶色の毛並み、温かい生き物の感触。マリーは甘えるように鳴いて、私の胸元を飾るアクセサリーにじゃれつく。
鳥の形の大ぶりなペンダントトップは、マリーが玩具にするのに丁度いい大きさだ。古びたチェーンが揺れる度、ビーズの飾りがシャラシャラと鳴る。
それは先程、私が川に投げ込んだペンダントだった。昨日は駅のゴミ箱に捨てた。一昨日は職場の廃品コンテナに入れた。その前の日にはゴミ収集の人に手渡しをした。
明日はどこに、どうやって捨てに行こう。
このペンダントに、いつか絞め殺されそうな気がして、私はマリーの柔らかな毛並みに顔を埋めた。