二重に跳ぶ
二重跳びが出来ないからって、何がいけないんだろう。
私は縄跳びの紐を踏みつけたまま、トレーナーの袖でほっぺたを擦った。大丈夫、まだ涙は出ていない。
勉強が大事なのは分かる。新しい漢字を覚えれば、読める本が増えるから。算数も理科も社会科も、それと同じで、もっと大事で難しいことを知るための準備なんだと思ってる。
でも二重跳びは何のための準備なのか、全然分からない。いつもの縄跳びよりも、ちょっと高く跳んで、ちょっと早く手首を回す。その両方を同時に出来たら、役に立つことがあるのかな。私は、ないと思う。
でも、縄跳びの授業で二重跳びの欄にシールを貼ってもらえないと、また「アイツ駄目だよな」って笑われるんだ。鉄棒の授業で、逆上がりが出来なかった時みたいに。
私、駄目な子じゃないよ。本をいっぱい読んでるし、テストはいつも満点なんだから。そう言い返したら、先生に「頭がいいとひけらかすのは馬鹿な人のすることだ」って叱られた。「本なんか読んでないで、友達と遊びなさい」だって。
学校の先生がそんなことを言うのは矛盾してると思ったけど、「矛盾」は四年生以上の本で覚えた言葉だったことを思い出した。私がこの言葉を使ったら、先生は「生意気なことを言うな」と怒るに違いなかった。それくらい分かるよ。だって私、馬鹿じゃないもん。
でも、馬鹿じゃなくても、逆上がりや二重跳びが出来ない子は、馬鹿にされるのが当たり前なのだった。言い返す権利もないし、庇ってくれる人もいない。
仕方がないから、私は一人で縄跳びの練習をする。夕方の校庭の隅っこの、誰の邪魔にもならない場所で。
校庭の真ん中では、見るからに活発そうな男の子が何人か、サッカーボールを追って走り回っていた。あの子たちはきっと、みんな二重跳びが出来るんだろうなと思った。
鼻水が垂れそうな鼻の下を、またトレーナーの袖で拭く。練習のし過ぎで、手首も足首もクタクタになっていた。今日はもう、どんなに頑張っても、二重跳びは出来そうにない。
私はそれでもぴょんぴょんと、普通の前跳びを続けた。たくさん跳んで筋肉がついたら、明日は二重跳びが出来るようになってるかも知れないから。
ぴょん、ぴょん、私が跳ぶリズム。とん、とん、校庭の土が抉れていく。ひゅん、ひゅん、縄を回す。私の身長よりものっぽに伸びた影が、そろそろクスノキの根元に届きそうだ。もっと練習していたいけど、暗くなる前に帰らなきゃ。
ひゅん、と一度縄が回る音の間に、ととん、と二つの音がした。練習のし過ぎで、とうとう両足揃えて跳ぶことも出来なくなったんだと思った。
でも、跳びながら足元を見てみたら、そうじゃなかった。私が跳んでいる場所からほんのちょっと先、誰もいない場所の土が、私の着地より少し早いタイミングで抉れている。
運動神経のいいクラスメイトが見せてくれた、二人跳びを思い出した。お互いの鼻がくっつきそうなくらい近付いて、二人で一本の縄を跳ぶのだ。私の前の、土が抉れている辺りは、二人跳びならもう一人が跳んでいるはずの場所だった。
ガッカリした。私が練習しているのは二重跳びで、とん、と一度跳ぶ間に、ひゅひゅん、と縄を二回転させなきゃいけない。ひゅん、と縄を一回転させる間に、ととん、と二回着地が出来ても意味がないのだ。逆だったら良かったのにな。