家鳴り
僕の家は、しょっちゅう家鳴りがする。
家鳴りというのは、乾燥や温度差によって建材が音を建てたり揺れたりする現象だ。それがある時期を境に、僕の家では頻繁に起きるようになった。
原因は建てつけでも老朽化でも、気温差でもない。鳴るタイミングは限られている。
そのタイミングというのが、決まって僕が面倒くさいことを後回しにしている時なのだった。鳴る場所は大抵、僕の部屋の天井である。
例えば、起きた方がいいのは分かっているのに布団の中でゴロゴロしてしまう日曜日の朝。天井がミシミシと鳴って不安を煽るので、いやでも起きなければいけなくなる。
例えば宿題に疲れて、なんとなく漫画を手にとってしまった時。バキッと鈍い音がして、それで僕は我に返った。漫画を読んだところで、残りの宿題がなくなるわけじゃない。
天井裏に、何かがいる。僕はいつしかそう確信するようになっていた。口うるさい母親のような、人ではない何者か。見られているのは嫌だと思うこともあるけれど、こいつのお陰で今の高校に合格出来た僕には文句は言えない。
ネットの知識によると、昔の人は「家鳴り」自体が妖怪の仕業だと考えていたそうだ。そいつは無意味に家を鳴らすいたずら好きとして描かれているので、我が家のものとは別物だろう。
ならば一体何がいるのか、確かめるべく天井裏を覗いたこともある。点検口から懐中電灯と頭を突っ込んでみたが、積もった埃の他には何も見えなかった。その日は何もしていないのに、天井がうるさく鳴った。無遠慮に覗かれて怒ったのかも知れない。
まだ日も昇らぬ早朝、猛烈な家鳴りのせいで目が覚めた。壁や天井が揺れるほどだったので、最初は地震だと思ったくらいだ。
こんな時間に、こいつは何をさせたいんだろう。
眠い目を擦り擦り起き上がる。何をさせたいのか、何が起きるかは分からないが、とりあえず動いておけばいいことがあるのは間違いない。
顔を洗って服を着替えた。家鳴りが少し大人しくなる。
家鳴りは両親をも叩き起こしたらしく、起き出してきた母がコーヒーを淹れてくれた。
「今日はまた、一段と騒がしいね」
天井裏の住人のことは、家族とも話をしている。何者なのかは分からないが、我が家にとっては幸運の守り神だということになっている。
「何なんだろうなぁ」
家族がダイニングに揃って朝食を取り始めると、家鳴りは嘘のようにピタリと止んだ。
食事と身支度をさせたかったのか。でも、なんでだ?
僕はトーストを咥えたまま天井を見上げた。あんなに激しい家鳴りは初めてだった。良い兆しのはずなのに、何故だか悪い予感がする。
リビングの電話が鳴り出した。電話を取った母は、固い口調で短い返事を何度かした。受話器を置いた母に、弟が声を掛ける。
「なんだった?」
「おじいちゃんが倒れたって……ご家族はすぐに来て下さいって」
「みんな、支度しろ」
父が慌しく立ち上がった。
支度と言っても、家族はみんな外に出られるような服に着替え、食事も済ませている。僕は財布と携帯電話をポケットに突っ込みながら、これか、と天井を見上げた。
母は詳しい話を聞かされなかったようだった。今すぐ家を出たら、じいちゃんは助かるんだろうか。それとも死に目には間に合う、という程度のことだろうか。それは分からない。分からないけれど、きっと少しだけ良いことがある。
僕は天井に向かって「ありがとう」と告げると、小走りに玄関に向かった。