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夏眠

 テレビは超大型台風のニュースでもちきりだ。

 そろそろ我が家の近くも風が強くなる頃だろうかと、私は窓辺に立って空を仰いだ。雲はどんよりと濁っているくせに、雨はぽつりとも降っていない。

 風もさほど吹いてはいなかった。ガラス戸を開けると、顔にはむっとした熱気の方が強く感じられるくらいだ。午前中は夏が復権でもしたかのような鋭い日差しが降り注ぎ、気温も真夏並みまで上がっていた。

 台風が通り過ぎたら、本格的に秋を迎えるのだろうか。それともまだ夏日が続くのかな。

 出来れば前者だと嬉しいな、と思った。夏が好きだという人もいるけれど、そういう人は夏に行なわれるレジャーやイベントが好きなのであって、気温や湿度といった不快指数の高さを愛しているわけではないはずだ。気候は過ごしやすい方がいいに決まっている。

 この暑さを、台風が洗い流してくれますように。

 私はそう念じながら、いつもは開けっ放しの金属製の雨戸に手を掛けた。風雨が強くなる前に締め切ってしまった方が、後々部屋を濡らすこともなくて安心だ。

 と、雨戸の影から白っぽいものが転がり落ちた。ヤモリか何か、雨戸に張り付いていた生き物が居たのだろうか。心配になって地面を覗き込む。

 雨戸の下に落ちたそれは、肌色と呼ぶには無理のある、茶色がかった白色をしていた。大きさは確かにヤモリくらい。ただし、手足はなく、長さもごく短い。

 土気色をしたそれは、人間の指だった。

 驚いて戸袋に目をやれば、暗がりから暴き出された腕が何本も、おろおろと蠢いている。戸袋の薄闇から生えたそれらは、ぶつかり合い、互いをさすったり、中には指を繋いでいるものもある。

 子供の頃、天道虫の群れが冬眠している石の下を暴いてしまったことがある。腕たちの動きはその時の天道虫によく似ていた。驚きながらも少しでも暗い方へ、温かい方へと、身を隠そうとする。

 私が覚えた感覚も、その思い出の状況にそっくりだった。気味が悪いものを、意図せずして暴いてしまった後悔。

 腕たちはひしめき合いながら、するすると戸袋の闇の底に消えていった。地面に転がった指が得体の知れない跳躍力で飛び上がり、雨戸用のレールの上を尺取虫のように這って、腕たちの後を追う。

 私は指が見えなくなったことを確かめて、そのまま雨戸を閉めた。ついでにガラス戸の内側の鍵という鍵を施錠し、防振用の突っ張り棒を噛ませた。

 今日の台風が、戸袋のあれも洗い流してくれるといい。

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