後続者
私は少し前のめりになり、両手でしっかりとハンドルを握っていた。もし人に見られれば、運転の苦手な女が無理して頑張っていると思われただろう。
本当は苦手なのは運転ではなく、今走っているトンネルの方だ。頭上を橙色のランプが、路面には白線が、一定の速さですらすらと流れてゆく。変化に乏しくて、本当は移動なんかしてないんじゃないかと不安になる。視界は暗く、暗闇が車内にまで染み込んでくるような息苦しさを覚えた。
小回りが利き、価格の割には性能が高くて燃費も上々のコンパクトカー。気に入っているはずの愛車が、今はひどく頼りない。もっとしっかりした車にしておけば良かった。
カーステレオからはお気に入りのポップスが流れている。予定では今頃、これに合わせて歌いながら、夜の海岸沿いを走っているはずだったのに。道を間違えたと気付いた時には、もう引き返せない所まで来てしまっていた。今の私に出来るのは、一刻も早くこのトンネルを抜けられますようにと祈ることだけだ。
私は藁にもすがる思いで先行車両を見つめた。「子供が乗っています」のステッカーを付けた、ワイン色のミニバン。もしそのステッカーが本当なら、無理にスピードを出したりはしないと思うが、どうか私のために、そして後続のためにも急いで欲しい。
ちらりとミラーを見やる。無人の後部座席の向こうに、後ろを走る男の人の顔が見えた。私のそれに負けず劣らず、焦りに満ちた必死の形相をしている。
彼は何も身に着けていなかった。上着も、ズボンも、靴も、そしてあろうことか自動車も。全裸の身ひとつで両足を振り上げ、私の車の後をついて走っている。隠すもののない身体は表面の凹凸に沿って、オレンジと黒の陰影に塗り分けられていた。
一九七〇年代には、全裸で街中を駆け抜ける「ストリーキング」というパフォーマンスがあった、と本で読んだことがある。自己顕示欲を満たすため人通りの多い場所で、あるいは開放感を求めて早朝に、またあるいは何らかの主張のためにイベント会場等で。私は咄嗟にそれを思い出したが、何にせよ時速六〇キロメートルで走る者はなかったはずだ。
彼は両手で股間を押さえているので、陰部は見えない。いかにも走りにくそうなその姿勢は、尿意をこらえつつトイレに向かう者のそれである。軟弱そうな長身を屈め、額に脂汗を滲ませながら、陸上競技の世界記録を上回る速さで走っている。なんというデタラメだろう。
トンネルに入ってしばらく走った時、彼は忽然と、後方車両との間に現れた。そこからは付かず離れずの車間(?)距離を保ちつつ、己の足で走り続けている。まさか生身の人ではあるまいが、それにしても何者なのか。
こういうのが出るから、トンネルは嫌いだ。私は汗ばんだ手で、ハンドルを握り直した。




