真夜中の通行者
何もかもが爽やかに感じられる土曜日の朝、私はカーテンを開けて目を細めた。
遠い空を小鳥が渡っていく。つい先日まで、彼らを射落とさんばかりの凶悪さで輝いていた太陽の光は、今ではすっかり丸みを帯びて空気を温めている。涼しくなるにつれて、天気予報に並ぶ晴れマークも憂鬱なものではなくなっていた。
天候に恵まれた、予定のない休日というのは、どうしてこうもわくわくするのだろう。さしたる根拠もなく、何でも出来てしまうような気がする。
とはいえ気分の良さに甘えて二度寝などしていると、特別なことどころか、最低限の家事も出来ずに一日が終わってしまう。私は頭の天辺から爪先まで、しっかりと朝日を浴びて眠気を追い払った。
トースターに食パンを放り込み、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。朝はたっぷりのミルクでカフェオレを作ると決めていた。今朝はのんびり出来そうだから、いつもより多めに作っておこうと思った。
とはいえ、我が家の牛乳の消費量が多いのは、そんな日課だけのためではない。
私は外に続くサッシ戸を開けると、寝巻のままサンダルをつっかけて、さらりとした肌触りの外気の中に踏み出した。うーんと伸びをした後、足元に置いてあった深皿を取り上げる。
この皿には昨日の夜、牛乳を注いでおいたのだが、今は舐めたように綺麗な空っぽだ。私が現場を見ていないだけで、実際舐められたのだろうと思う。姿を見たこともない、正体は犬なのか猫なのかも分からない、これが我が家の第二の牛乳消費源だった。
屋外に置いてあった、しかも何が触れたのかも分からないものを台所に持ち込むのは嫌なので、申し訳程度に離れた洗面台で皿を洗う。
真夜中にカリカリと窓を引っ掻く音が気になって、ものは試しと牛乳の皿を置いたのは正解だった。音の主はそれきり窓を引っ掻くのをやめて、代わりに牛乳を飲んで去ってゆくようになった。懐は少々痛むが、安眠する為なら我慢は出来る程度の額だ。
洗い終えた皿を、もう一度外に出てエアコンの室外機に立てかける。風も日光も心地よく、これならすぐに乾いてしまうだろう。
今日は洗濯物も干しておくのが良さそうだなぁ、布団も出しても良いかも知れない。遠く小さく見える街並みを見下ろしながら、私はるんるんと鼻歌を歌い始めた。地上の喧騒から切り離された三十五階、タワーマンションの上方に位置する静かな部屋に、私の歌声だけが響く。
この部屋の前を通る、真夜中の来訪者が何者なのか、それは私の知ったことではない。




