傍観者
彼女は昔からそこに居た。
ただ、居た。
他に何をするわけでもない。ただ居るだけ。
彼女はその日もそこに居た。
ある男が彼女の前を通り過ぎた。彼は少し歩いて、転んだ。あまり育ちがいいとは思えない悪態をついて去っていった。
彼女は次の日もそこに居た。
彼女の他には誰もいなかった。影法師すら現れなかった。だから何事も起こらなかった。
彼女はその次の日もそこに居た。
彼女の前を行き過ぎようとした自動車が、対向車に真っ直ぐ突っ込んでいった。色々なものが道路にぶちまけられた。事故の処理のために、周囲は少し賑やかになった。
彼女はそのまた次の日もそこに居た。
猫が彼女の隣に寝転がった。彼女は猫に構わず、猫も彼女に構わず眠っていた。猫はそれきり動かなくなり、冷たくなった。
彼女はその更に次の日もそこに居た。
親子連れがやってきた。子供は彼女に気付くと、悲鳴を上げて逃げ出した。母親は彼女には気付かないまま、慌てて我が子の後を追った。その拍子に、母親が鞄につけていたキーホルダーが路面に転がったが、本人はそのことに気付かず去ってしまった。
彼女が居るその場所に、その次の日は祈祷師の老婆が来た。
老婆は祈りの言葉を唱えた。彼女の頬の産毛が、静電気を帯びたように逆立った。
老婆は彼女が立ち去るようにと、何者かに祈っていた。彼女は怒った。怒ったがしかし、動くことはせず、巌のように立ち続けていた。老婆の長い祈りは、とうとう彼女を動かすことは出来なかった。
彼女はその次の次の、いくつかの次の日も、その次の日も、ずっとそこに居た。どこにも行かず、何も食べず、誰とも話さず、ただそこに居た。
ずっとそこに居た。
そして、今日もそこに居る。
他の土地の平均よりは少し多い、大小様々の不幸を見つめながら。




