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壁か鏡のどちらかに

 たっぷりの乳液をつけて、額からこめかみ、目元、頬、顎の順にマッサージをする。首のリンパまで老廃物を押し流したら、再度化粧水を使い、乳液、美容液、クリームを重ねる。

 就寝前のお手入れに乳液マッサージを取り入れてからというもの、肌の調子がいい。ただし普通の数倍の乳液を使うので、元々使っていた基礎化粧品に加え、マッサージ専用にとプチプラ乳液を買うようになった。

 月々二千円程度の上乗せでこの肌が手に入るなら、安いものよね。

 二十代の頃に高価な化粧品やエステを渡り歩いた末、三十路になってドラッグストアの店頭セールに辿り着いたというのは皮肉な話である。お金よりも手間暇を掛けた方が綺麗になれるという、身も蓋もない真理。

 そんなことをしみじみ思いながら、化粧水を顔に叩き込んでいると、鏡の中を灰色の影が過ぎった。思わずパッティングの手を止める。

 どこから現れたのだろう。影はぐるぐると、私の後ろの壁を這いずり始めた。その動きを生き物に喩えるなら、餌を求めて池の中を巡る魚だ。ただしヒレや手足といった、推進力を生み出しそうな器官は見当たらず、卵を引き伸ばしたような歪な楕円形をしている。向きはよく分からない。一般的な生き物と同じく、頭を前にして移動していると仮定するなら、丸く大きい側が頭である。

 振り向いて、背後の壁を確かめる。そこには入居当初からの真っ白い壁紙があるだけで、どこにも影なんて落ちていない。電子機器や鏡からの反射光でもあるのかと周囲を探してみたが、それらしいものは見当たらなかった。

 影は依然として、鏡の中の壁にだけ映っている。

 これは壁に映った影? それとも壁の中に居るものが、私の目には見えず鏡にだけ映っているの? もしかして、壁の中じゃなく鏡の中にいるのかしら……

 束の間真面目に考えた私は、すぐに自分の発想の荒唐無稽さに笑ってしまった。壁や鏡の中に生き物がいるなんて、お伽話か子供の空想だ。

 何かの光の加減か、まさか目の病気? 病院に行った方が良いのかも。

 肌のつやだけは以前よりも若々しくなった自分の顔を眺めて、肩をすくめる。最近は体力が失われて、若かった頃の不養生のツケが回って来ている、というのは同級生の言だ。以前なら若さの陰に隠れていた、ちょっとした不調や病気が顔を出す年頃。

 しかし目の病気にしては、影の動きは随分と変則的だった。シルエットはともかくとして、動き方はやはり魚のようだ。ぐるぐると緩急をつけて泳ぎ回り、水面の向こうの人間が餌をくれないかと期待を滲ませている、例えば公園の池の人馴れした鯉のような。

 こんなものが見えるなんて、まさか精神病だったりは……最近ちょっと疲れているのは確かだけど。

 お肌のためにも、体のためにもメンタルのためにも、不調の時には早く寝るに限る。私はさっさと床に就くべく、手入れの手を早めた。浸透美容液をポイント付けして、少し肌を落ち着かせた後に保湿クリームを塗る。

 一連のお手入れの間も、影は変わらず鏡の中を泳ぎ回っていた。壁の中だか、鏡の中だかを、ぐるぐると。

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