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土地を守るもの

『土地いうもんには、そこを守る神さんがおる。よぅおごどかなはざん』

 「おごどく」とは「拝んでおく」、「はざん」は「いけない」の方言だ。田舎のばあちゃんからそう聞いた時、幼かった僕は無邪気に「神様が守ってるんなら、住んでる人も安心だね」と言った。だが、ばあちゃんは険しい表情をして、首を横に振った。

『そういう神さんが守っとるんは土地やさぁけ、そこに害があると思たら人を殺すこともある。そやからよぅ頭下げて、お祀りしとかなはざんのや』

 ばあちゃんにその話を聞かされて以来、僕はお地蔵様やお社を見かけると手を合わせるようになった。土地を守る神様とそれらが関係あるのかどうかは分からないが、分からないからこそ、一つとしておろそかにしてはいけないような気がした。

 時々は持ち合わせの菓子なんかを供えていくこともある。聞くところによると、そういうお供え物はホームレスの人が取ってしまうことも多いらしい。神様が食べ物に困っている人に渡してくれているのだと思えば気にもならないが、食中毒など起こされては困るので、腐りにくく密封されたものを選ぶようにだけ注意をしている。

 そんなわけで、僕が旅先で見つけたお地蔵様に手を合わせたのは、ごく自然なことだった。ひなびた駅にほど近い場所にある、手入れの行き届いた小さなもので、花差しには野の花が豊かに生けられていた。

(僕は旅の者です。ここはいい土地ですね、守っていて下さってありがとうございます)

 簡単に挨拶をして、僕はぶらぶらと駅前の散策を開始する。

 この旅の目的は観光ではなく、日常から離れてのんびり過ごすことだ。地域のコンビニ的な役割を兼ねた土産物屋で見つけた菓子の箱を一つ、今時絶滅危惧種であろう個人経営の書店で文庫本を買う。宿の部屋には湯沸かし器と急須が置かれていたから、飲み物には困らないだろう。今夜は豊かな時間を過ごせそうな気がして、わくわくした。

 お地蔵様の前まで戻ってきた僕は、ふと思い立って、その場で菓子の箱を開けた。中身は個包装が施された、地域の特産の果物を練り込んだクッキーである。これなら問題あるまいと、一つを取り出してお地蔵様にお供えしようとした。その時。

「待てええええぇい!」

 腹に響く怒鳴り声が、僕の背中を思いっきり打ちすえた。恐る恐る声のした方を振り向くと、鶴のように痩せた老人がただならぬ形相で駆け寄ってきている。

 その人は僕の傍まで来ると、表情を改めて、すまなさそうに笑った。どうやらおかしな人に捕まったわけでも、僕が悪いことをしたというわけではないらしいことに、ほっとした。

「大声出してすまんの。あんた今、お供えしようとしてたろう」

「はい、まぁ。……いけなかったでしょうか」

 僕はこの地域の信仰を知らない。遠慮がちに尋ねると、老人は「いやぁ」と息をついた。

「感心なことや。けどもここのお地蔵さんは、ちっと難しいけぇ。気に入った人のことは、手放さんようになってしまう。旅人なら車をパンクさせて帰れんようにしたり、ここいらの美人とええ仲にさせたりの。

 昔はここいらの子らでも、出稼ぎ行ったり嫁に出たんに、なんでか失敗して帰ってくるいうことがあったんじゃ。頭はええ、気ぃも利く、正直で心も優しい、やのに上手く行かんで帰ってくる。そういう子ぉらはみんな、このお地蔵さんを大事にしとった。お地蔵さんのお気に入りは、よそに行かれんようになるんじゃ」

 危ないとこやで兄ちゃん、と屈託なく笑う老人。

 そうなんですか、と頷きながら、僕は内心気が気でなかった。まさか先程の挨拶だけで、気に入られてはいないだろうな。

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