南瓜だと思う
極度の上がり症だ。
そんな僕にも、プレゼンテーションの当番は容赦なく回ってくる。大学や社会でも役立つスキルだからと、僕の高校では新聞記事の内容を伝えるプレゼンテーションが持ち回りで行われる。それだけで「高校選びを間違えた」と思ってしまう程度には、人前に立つことが苦手だった。
「そこにいる人みんな、南瓜か何かだと思えばいいんだよ」
人前でも緊張なんかしないという友達は、そんな無茶なことを言う。ためしに家の冷蔵庫から南瓜を取り出して発表を聞いてもらったところ、僕は本物の南瓜が相手でも緊張してしまうことが判明した。あと、母にものすごく笑われた。
明日が来なければいいのにと時計を呪ったり、先生がうっかり僕の順を飛ばしてくれますようにと願った努力も虚しく、その日の授業は始まった。パワーポイントのデータが用意され、僕は原稿を握り締めて教壇に上がる。ぎゅっと強く目を瞑った。
何だか頭がくらくらする。足元が覚束ない。しっかりしろ、静まれ動悸、震えるな手足。みんな南瓜みたいなものだと思えば……僕の場合はそれでも駄目だけど……
目を開く。
声は、出なかった。僕は更に大きく目を見開いて、教室を見回した。
僕が緊張していることを察したのだろう、力を抜いて、と教壇の隅でジェスチャーをしているのはレモンだった。若々しい印象のネイビーのスーツと真紅のネクタイが、見るからに酸っぱそうな瑞々しい果皮によく似合っている。
視線を生徒の席の方に移しても、状況はあまり変わらなかった。真新しいブレザーに身を包んだ、白菜、大根、葱。組み合わせると美味しい鍋が出来そうだ。果実を寄せ合ってクスクス笑い交わす、スカート姿のさくらんぼ。僕には興味がなさそうに、窓に向かって伸びているホウレン草。よく見ればエリンギと椎茸もいる。せめて野菜か果物かにカテゴリを絞っては貰えないだろうか。
何もかもがどうでも良くなった僕は、手の中の紙には見向きもせず、諳んじていた内容を話し出した。
僕のプレゼン当番が終わると、すぐに通常の授業が始まった。
ただ、僕は授業の内容に集中することが全然出来なかった。僕と入れ違いに教壇に立ったレモンが、僕が席に着いた後もレモンのままだったからだ。同じ話でも誰が話すかによって印象が変わってしまうというのは本当で、フレッシュなレモンが解説する物理法則にはまるで説得力がなかった。
それでも「なんでレモンになってしまったんですか」なんて質問をする勇気は僕にはなく、終業のチャイムが鳴るまで大人しくノートを取った。
緊張のせいで目がおかしくなっているんだろうと思っていたのに、休み時間になっても教室の様子は青果店さながらだ。柑橘系の甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐる。この状況でも食欲は湧く自分自身にびっくりする。
熟れた枇杷が親しげに話しかけてきて、僕はそれがどうやら友人であるらしいと察した。なんとなく話を合わせようとするのだが、相手には目も鼻も口もないので表情が読めない。
「なに、調子悪いの?」
「う、うん、プレゼンで緊張し過ぎたみたい」
「そうかぁ、堂々として見えたけどなぁ」
よく頑張ったなお疲れさん、と僕の肩を叩いたきり、そっとしておいてくれる枇杷はいいヤツだと思う。元が誰なのか、名前は分からないが。
僕は途方に暮れて窓に目をやった。
そこにはいつもの教室の風景が映っていた。人間の頭が南瓜やレモンにすげ変わったりしていない、見慣れた教室の風景。中にはもちろん、僕自身も映っている。今朝鏡で見たのと同じ姿で、椅子に腰掛けている。
そうだよな、教室ってこういうもののはずなのに。
鏡の中の僕が、にやっと笑った。
僕は慌てて口元を覆う。一人でニヤニヤしているなんて気持ち悪過ぎるからだ。
ところが、そこで手に触れるはずの唇の感触はなかった。代わりに指先に、ざらりと硬い感触が伝わってくる。
──え?
僕はざらざらと自分の顔を撫でた。似た感触のものを挙げるなら、調理する前の根菜の類だろう。
窓ガラスの中の僕は、うろたえる僕の方をニヤニヤと見ている。顔を撫でることもせず、慌てた様子もなく、ただニヤニヤと。




