背中の君
拝啓 背中の君へ
こんにちは。突然のお手紙に、君は驚いているかも知れませんね。僕としても、よくは知らない君に対して、こうしてお手紙を書くのは不思議な気分です。ごめんなさい、背中の君なんて、変な呼び方をしてしまって。君の名前を、僕は知らないから。
でも、僕は君の気持ちを、存在を、いつも感じているのです。微かな息遣い、か細い声。何度かは夢に見たこともある。だからどうか、僕からのこの手紙を、笑わずに読んでください。
僕は何百年も前の前世で、君にとても愛されていたのですね。そのことは夢で知りました。来世では必ず想い合える仲になろうと、誓いを立てる君の姿。なのに前世の僕は、つれない態度を取ってしまった。どうしてそうしてしまったのかまでは、夢では分からなかったけれど、本当にすまないと思っています。そして、そうするしかなかった僕の事情を、勘案してもらえたらと願います。
本当に、どうして僕たちは前世で結ばれなかったのだろう。
そして困ったことに、現世でも、僕は君と結ばれることがなさそうなのです。
誤解をしないで欲しい。今の僕は、決して君のことが嫌いではありません。輪廻転生だとか生まれ変わりだとか、僕はあまり信じていない方だったのですが、君と出会ってからはその考えを改めました。前世の僕に注がれた、君からの思慕と愛情を尊重したいと思います。魂の深い場所に刻まれ、現世まで貫き通された、君の誓いは気高いものであったと信じます。
でも、ねぇ。だって君は、前世の君の魂のまま、肉体を持たずに僕の傍にいるのだもの。
君がそこにいることは分かります。首筋の皮膚にヒヤリとした空気が触れたり、言葉までは聞き取れないけれど声が聞こえることもある。その曖昧な存在を愛することは、僕には出来ない。断片的な夢の記憶の他には、君のことを何も知らない。君が前世の僕をとても好いてくれていた以上、その好意を無下にはしたくないと思うのですが、それだけです。僕が今の君に対して覚えている感情は、例えば道で後をついてくる野良猫を抱き上げたくなるような、そういう類のものなのです。
正直なことを書いてしまうと、僕には、前世の僕の気持ちが少しだけ分かります。応えて貰えないと知りながら、ずっとずっと、転生しても後を追って来られるほど執着されるなんて、それは好意の域を超えていたのではないでしょうか。具体的なことは何一つ覚えていないけれど、今の僕が君に畏怖を覚えるのと同じで、前世の僕も君を恐れたのではないでしょうか。
僕は親しくなれそうな異性と話した後、決まって体調を崩したり、予定が立て続けに入って二回目の約束が出来なかったりします。異性からの連絡が入っている時に限って、電波不良でメッセージの受信が出来なかったり、仕事が立て込んでプライベートの連絡どころじゃなくなったりもします。もし、あれも君の仕業だとしたら。
疑ってしまって、怖がってしまって、ごめんね。愛してあげられなくて、ごめんね。でも、本当に、僕は君に何もしてあげられない。
だから僕はせめて、君の幸せを願います。
生まれ変わることは、君にも出来るはずです。僕と同じように、新しくこの世に生まれ直すことが。前世のことをすっかり忘れて、より素晴らしい幸せを求めて生き直すことが。どうか、どうか、そうしては貰えないでしょうか。
厄介払いの方便だと、君は怒るかも知れません。僕自身、そういった理由もあってこの手紙を書いていることを、否定はしません。
でも君は、僕をとても愛してくれた人だと思うから。
君のことを厄介払いしようとするような、冷血な僕のことなんか、忘れてしまって欲しい。高らかな産声を上げて、暖かい誰かの腕に抱かれ、愛し合うべき人と出会って幸せになって欲しい。
来世の君と僕が出会えるかどうかは分からないけれど、少なくとも今の僕は、来世の君の幸せを願っています。
君の新しい生が、どうか正しく、輝かしいものであるよう祈ります。
敬具