(6)曖昧な黒い記憶
中学生になった僕は、思春期特有の問題なのか、それとも僕に限って起こっていたことなのかわからないけれど、ある悩みに苦しんでいた。
時折、曖昧な黒い錯覚のような、記憶のようなものが僕を全力で否定するのだ。
それは物事の根幹を捻じ曲げて生まれたように不可解で、それでいて僕の奥深くにじっとりと刺さってきて、なんとも言えない質感を携えていた。
そこには明快な理由もなく、鮮明な事実もなかった。
形のない、実態のない記憶はしかし確実に、僕を取り囲むように空間を縮めていき、それはやがて真っ暗なトンネルの迷路となった。
横道を無数に携えたその光のないトンネルは、あらかじめ順序立てて計画していたかのように、僕をある時期において辛辣な気持ちにさせた。
トンネルの中に閉じ込められた僕は、出口も分からず横道に入っては絶望していた。
僕は人といることを恐れ、自分の影すら恐れて、出来ればなにも食べず飲まずにベッドの中でうずくまっていたかった。
しかし、義務教育という理不尽なシステムのせいで、通学を拒否することは悪と捉えられていたし、何より両親が不安に駆られてどうなるかわかったもんじゃなかった。
僕の両親は良くも悪くも純朴すぎた。
誰かの不幸を自分のことのように悲しみ、誰かの幸福を当の本人よりも祝福するような人達だった。
僕は僕の苦しみを閉じ込めておくしかなかった。
兄ちゃんはすでに高校二年生になっていた。
帰宅時間も遅く、土日もサッカーの試合やら遠征やらで家を空けることが多かった。
僕のこの如何ともしがたい苦しみを相談したかったけれど、そんな時間を見つけることは難しかった。
僕が思い出せる感覚を頼りに考えてみると、どうやら僕は何か得体の知れないものに繰り返し繰り返し追い詰められているようだった。
しかしこの時はどうにも理由がわからなかった。
そんなときに、僕はミヒロに出会った。
誰かの面影を纏う彼女は、僕をここから連れ出すことになる。