第2.5章『僕が生まれた理由』
「ただいまぁ〜」
太一が幼稚園から帰ってきた
「まぁ、ずぶ濡れじゃないの。ほら、先にお風呂場で体拭かなきゃ」
先ほどの急な雨で案の定ずぶ濡れ
しかし、子供はずぶ濡れでも案外気にならないらしい
風邪でも引いたら大変
加奈子は太一を連れてお風呂場で体を拭いた
「ママ、お腹空いた」
着替え終わった太一はリビングに入るとそう言った
まだ食べ盛りには早いが、たくさん遊んでお腹も空くのだろう
加奈子はおやつに用意していたバウムクーヘンを出した
「ちゃんと手洗った?」
「うん、ほら」
両手を広げて加奈子に見せる
ちゃんと洗ったようだ
「よし、食べていいよ」
太一はバウムクーヘンを食べ始めた
その様子を見ながら加奈子は尋ねた
「今日、幼稚園どうだった?」
「あのね、リクくんたちとサッカーしたんだけど、リクくんが蹴ったボールがよしくんの足に当たって…」
太一は楽しそうに今日の出来事を話している
友達とも仲良くやっているようだし、順調に育っている
一生懸命話す姿はほんとかわいく、ずっと抱きしめていたくなる。
なつめにしても太一にしても、ほんとに素直でいい子だ。別に教育がよかったとゆうわけではなく、生まれ持った性格なんだろうなと思う
…うちの子に生まれてくれてよかったわ
ふと、先ほどの事を思い出した
こないだ子供の胎内記憶についてテレビでやっていた事だ
少し聞いてみようかしら
「ねぇ太一。太一がまだ2歳の頃、お姉ちゃんと遊園地で迷子になったこと、覚えてる?」
あの時も大変だった
バウムクーヘンは半分ぐらいなっている
「うーん、あんまり覚えてないかなぁ」
まぁそうかもしれない
迷子になったということもわからない年齢だ。
「じゃあさ、もっと小さかった頃はなんか覚えてる?」
「うん、ママのお腹の中にいた頃は覚えてるよ」
「太一がお腹の中にいた頃?」
「うん、ママとお姉ちゃんが毎日僕に話しかけてくれてた。お姉ちゃんは僕に本を読んでくれてた。だから僕は本当に早く外に出たかったんだけど…なかなか出してもらえなかった」
確かに太一の懐妊中、なつめと毎日話しかけ、なつめも「お姉ちゃんになったら本を読んであげるんだ」と言って、毎日本を読み聞かせていた。
また出産予定日を過ぎてもなかなか陣痛は起こらず、予定日より2週間近く出産が遅れたっけ
…まぁ、そんな偶然もあるかもね。幼稚園でそんな話でもしたのだろう
「ねぇ太一、もっと前の事ってなんか覚えてる?」
さすがにその記憶はないだろう
仮にあったとすれば、それは太一の想像である
太一の想像力はいかなるものか?
「うん、覚えてるよ。このうちの子になるって決めた日の事。お姉ちゃんと決めたんだ」
「えっ?お姉ちゃんも一緒だったの?お姉ちゃんと決めたの?」
まさかの答えだった
「うん、僕ね、お姉ちゃんと雲の上からどこのうちの子になるか探してたんだ。じゃあパパとママがいたんだ。」
「パパとママはどこにいたの?」
「なんかね湖の近くにいたよ。パパもママもとっても優しそうだなと思った。ここのうちの子になりたいって思ったんだよ」
…湖の近く…湖畔のカフェ?
まさかね、きっと洋介と話してるのを聞いたんだわ
「でね、お姉ちゃんが先に行くねって言って、僕があとから行ったんだ」
「ふぅん、太一はうちが優しそうだから来てくれたの?」
「うん、ママもパパも優しいじゃない。僕、ここのうちの子になってよかったよ。ママ、産んでくれてありがとう」
ギュッと胸が詰まる思いがした
とっさに太一を抱きしめた
涙が溢れた
なんて優しい子なんだろう
なんでこんなに優しい言葉が出るんだろう
それが想像だとしてもこんなに嬉しい事はない
「太一、うちを選んでくれてありがとう。大好きよ」
「うん、僕もママ大好き」
玄関のチャイムが鳴った
「あっ、リクくんだ!遊ぶ約束してたんだ」
太一は玄関に駆け出した
「あっ!ちょっと待って、まだ雨じゃ…」
加奈子は慌てて太一を追いかけかけたところで外を見た
既に雨はあがっており、青空が広がり始めている
「いってきます」
サッカーボールを持って太一は元気に走っていった
「気をつけるのよ、5時には帰ってくるのよ」
リビングには先ほど慌てて取り込んだ洗濯物が散乱している
とはいえ、洗濯ものはしっかり乾いている。
「あの雨はなんだったのかしらね」
加奈子は洗濯物をたたむと家族それぞれの収納場所にしまった
庭に出て空を見上げた
空の真ん中にまた不思議な形の雲がひとつポツンとはなれたように浮かんでいる
「ただいま〜」
玄関からなつめの声が聞こえた
「おかえりなさい」
なつめはランドセルをリビングにほり投げると庭先に顔を出した
「お母さん、お腹すいた〜」
…ふふっ
なつめも太一も元気いっぱいだ
「バウムクーヘンあるわよ。あっ、その前に手洗いなさいね」
「はぁい」
なつめは洗面所に走っていった
空を見上げた
明日も晴れるだろうか
いやっ、雨だって構わない
加奈子は大きく伸びをした
そして、一つ大きく深呼吸をした
「よし!明日からも頑張るぞ!」
はなれ雲が笑っているように見えた
『なっちゃんとはなれ雲』 完