3 訓練という名の洗礼(笑)
翌日、俺は街に出ようとしたところで所持金がない事に気がついた。
それもそうだろう、なんせここは異世界、日本の通貨の『円』が使える訳がなく事前に調べた金貨や銀貨が通貨になっている。
そこで王にでも小遣い程度に貰おうと思っていると兵士に誰か呼ばれている。
「勇者殿ー!」
「あのいけ好かない野郎が近くにいんのか?」
確かにあいつはジョブが勇者だから勇者で間違いない、だが実際に兵士が呼んでいたのは、いけ好かない勇者ではなく
「勇者殿ー!、待ってください!」
「え?、俺?」
そう、呼ばれていたのは俺だった。
どうやらジョブが勇者ではない俺も勇者扱いらしい、まあ確かに勇者召還で呼ばれはしたけども…
「勇者殿、これから騎士と兵士の合同訓練があるのですが見学に参りませんか?」
「訓練か、わかった案内してくれ」
「わかりました、こちらへどうぞ」
街に出る予定だったのだがお金がない今行く意味も薄いと考え訓練を優先する事にした、見学なのだが。
案内されたのは広い宿舎のような建物、壁には長さの違う剣、大きさの違う盾が置いてあり、その隣には安っぽい鎧も置いてある。
ここが訓練場のようだ、それに既に
訓練を始めている騎士や兵士もちらほらいる。
「ここでは基礎的な訓練をしています、剣さばきや盾を使う立ち回りなど、あと希望があれば相手を選んで決闘も出来ます」
野外には基礎体力を鍛えるためのグランドも見えた、騎士も兵士も基本的にはここで訓練しているようである。
最初は見学していたのだが段々飽きてきたために訓練に参加する事にした。
俺が参加するにつき教官から指導を受けることになり目の前には兵士側の教官である細身の男がいた。
「初めまして勇者殿、私は兵士達の教官であるダン・トリスタンだ、お見知りおきを」
「義仲 昴だ、よろしく」
「では早速なのですが得意な武器はどれでしょう?」
そう言うダン教官の前には剣や槍がならべられている訳だが
「すまない、俺は生まれてから武器と呼べるものを使ったことがない」
「では今までどのように戦で戦ってこられたのですか?」
「戦と呼べるかはわからんが派閥抗争の時には自分の拳だけで戦ってきた」
「成る程、それ故に勇者召還でありながら拳闘士というジョブなのですね、はてさて…」
合点がいったような雰囲気のダン教官、そしてどういう訓練をするのか悩んでい
るようだ。
そこで俺は一つの提案をする事にする。
「俺の戦闘スタイルは超近接の殴り合いだ、だから前の世界にいた時の状況で訓練したいと思うんだが」
「と、言いますと?」
「対武装戦だ」
高校の時は大小様々な抗争なんて日常茶飯事だった。
無論ただの殴り合いだけではなくナイフや鉄パイプを使う輩は沢山いた。
そんな武器を持った奴らと俺は素手でやり合っていた、だから対武装戦を提案したのだ。
「わかりました、防具はどのように?」
「着けてかまわない、だが俺は着ない」
「では怪我をさせる訳にもいきませんので訓練相手には木剣で戦わせましょう」
「わかった」
ダン教官は俺を下に見ているらしい。
『怪我をさせる訳にも』と言っている時点で兵士が本気になれば大したことはないと思っていると推測出来た。
この態度は俺を苛つかせるには十分だったために手加減しない事にした。
自分の本気がどれくらい通用するのかという確認も含めての本気だ。
けして『こいつ舐めてんな、シバくか』などとは考えていない、徹底的に上下関係をわからせてやるとは思っている。
「では勇者殿の相手には兵士の中でも5本の指に入る猛者を紹介しましょう
、私直轄の隊長の1人、コーネリウス・ドミニクだ」
「紹介に預かりましたドミニクです、よろしく、勇者殿?」
紹介されたドミニクも俺を見下したようなにやけた顔をしている。
まずはお前から犠牲になってもらおう。
「よろしく、ドミニクさん」
「では両者、始め!!」
合図と共に接近し足払いでドミニクを倒れさせた。
ドンッ!という音と共に倒れたドミニクは何がおきたのか理解していない様子だ。
そしてダン教官も思わず「は?」と呟いた。
「早く立てよ、本気でかかってこいよドミニク隊長殿?」
「貴様ぁ!」
「さっさとしろよ?」
どうやらドミニクは煽られる耐性があまりないようだ、簡単に誘いに乗ってきた。
体勢を立て直したドミニクの威圧感が上がったのと同時に歴戦の兵士の雰囲気に変わった。
だがこの時点で俺の中ではドミニクの格付けは決まっていた。
それも下の上、あっても中の下程度だと。
相手を舐めている時点でそれはただの油断だ。
「舐めた真似をしおって、私の力見せてやる!」
その後ドミニクの猛攻がはじまったが、冷静さを失った猛攻など大したことがない。
その攻撃を昴は見極め最小限の動きで避けていく。
頭を傾け、半歩下がり、余裕を持って回避していく。
ドミニクから見ればあと少しで当たる、あと少しと・・・
攻撃が回避されるたびにストレスが溜まり冷静さを更に失っていく。
「この程度か、がっかりだな」
「避けるばかりの者が何を言っている!」
「じゃあ終わらせよう」
そう言うとドミニクの攻撃を避けた刹那、昴からの攻撃が襲う。
内腿へ蹴りを一発、そのまま左から顎へ目掛けて掠めるように拳を一発、その勢いを上乗せして左から頭へめがけて踵落とし気味に回し蹴りを一発、一連の攻撃が約2秒の出来事である。
頭を地面に叩きつけられたドミニクは立ち上がろうとする、大した精神力だ。
「く、くそ」
「諦めな、お前程度じゃ無理だ」
「そんな訳がっ!?」
立ち上がった瞬間突如倒れこむドミニク、だが意識はまだある。
俗にいう脳震盪であるがこの世界の人々には知られていない、しかも脚にダメージを受けているので立つのもままならないだろう。
「この程度防げない兵士じゃ国を守るなんて言えたもんじゃねぇな、なぁ、ダン・トリスタン団長?」
「くっ、ならば私自ら直々に稽古をつけてやろうじゃないか」
そう言いダンは壁に立てかけられている大剣を手にして俺の前に立つ。
大剣の長さは約1.5メートル前後、なかなかに長く刃がついていないにしろ防具なしで攻撃を受ければ相当にダメージを受けるだろう、当たりどころが悪ければ即死もありえる。
だが武器をもって戦った隊長格が1人、しかも素手防具なしの者にやられたとなっては兵士のメンツが立たない、だが兵士の中で一番強いものが倒せばどうにかメンツが立つという作戦なのだろう。
「手加減すると、御宅の隊長みたいになるぜ?」
「そやつと一緒に考えないことだな」
ダンの纏う雰囲気はドミニク以上に迫力があったがそれでも高校時代のトップと同じかそれ程度だった。
でもやはりその程度だった。
ダンの攻撃はすぐにやってくる、大剣の見た目に反してなかなか速い連撃であったが俺にはなぜかその動きがゆっくりと見えた。
どうやらスキルのオーバーセンスで先読みできているらしい。
だが周りから見ればそれは高速の剣戟を繰り出す兵士最強のダンとそれを紙一重で避ける勇者という割と恐ろしい状況、しかも勇者に関してはまだ高校生、つまるところ子供である。
「まだ遅い、避けられないほどではないな」
「この連撃を避けるだと!?」
ダンは驚愕の顔を浮かべている、なぜなら自分は歴戦の兵士なのだから経験がそもそも違う、なのにも関わらず目の前の少年はそれを軽々と避ける。
その驚いた一瞬に隙が生じた、それを逃すわけがなく拳を叩き込む。
だが俺はその時忘れていた、相手は硬い鎧を着込んでいることを、そして自分の拳は何もつけておらず素手であることを。
拳は腹へめがけて攻撃していたので内心「しまった!」と思った、だが突然軌道を変えることはできない。
そのままの勢いで攻撃してしまった。
だが両者の反応が通常と異なったものになった。
「ぐはぁ!?」
「え?」
ダンは大剣から手を離し腹を抑えて気絶し、俺は殴った瞬間来るはずだった衝撃が来ず理解できなかった。
だが理由は直ぐにわかった、腹を抱えて気絶したダンを横にするとなんと鎧が何か重いものを叩きつけられたようにへこみ変形している、そのへこみはどう見ても拳の形をしている。
そこで俺は思い当たりスキルを鑑定することにした。
武装破壊
パッシブスキル、防具や武器に対しての攻撃力5倍
えぇ・・・威力上がりすぎでしょ・・・、自分でもちょっと引くんですけど・・・
確かに高校時代は武器に対して強い嫌悪感やそれに対抗手段とかを研究したことはあったけども、こんな物理的に壊す方法は調べなかったぞ・・・
その後状況を見ていた救護兵に運ばれていくダンとドミニクを見送っているところで騎士風の男に話しかけられた。
見た目は甲冑を着ていてわかりづらいがかなり筋肉のついた体格をしている、それでいてなかなかのイケメンだった。
「すごいものを見せていただきました、中々に興奮しましたぞ」
「あぁ、俺もびっくりした、まさか鎧がへこむとは・・・」
「そうですな、おっと自己紹介が遅れました、私の名はアーサー・ロンドミアン、アーサーとお呼び下さい」
「アーサーだな、よろしく」
「よろしくお願いする、早速で悪いのですが少しお話がありまして少々こちらまでよろしいでしょうか?」
「わかった、行こう」
アーサーに案内されたのは小さな会議室のような場所だった。
そしてあまりいい表情をしていないアーサーは話し始める。
「実はあのダンとドミニクは兵士でもかなり上位の強さを持つ者たちでして、本日盗賊のアジトを襲撃する任務があったのですが・・・」
「あぁ、なんとなくわかった、俺がやっちまったからな・・・」
ハァ、と二人してため息をつく。
「兵士は実力主義者が多くいまして、勇者様相手に優位に立とうとしたようなので今回の件は兵士側が一方的に悪いのですが、任務を放棄するわけにもまいりません」
「そこで二人を行動不能にした俺ってわけか」
「話が早くて助かります、現在城の実力者は出払っていまして残っていたのはあの2名と私、その私も魔獣討伐に向かわなければならないのです、申し訳ありませんが盗賊団襲撃をお願いしてもよろしいですか?」
「確かに俺がやっちまった訳だしな、わかった、盗賊に関しては俺がなんとかしたいと思うんだが俺で大丈夫なのか?」
「ええ、あの二人相手に余裕なら何の問題もありません、こちらも魔獣を討伐したのち、そちらに合流し加勢致しますので」
「あとは王に話しを通さないとな」
「それなら多分大丈夫だと思います」
「そりゃ何故だ?」
「王は強いものにはそれ相応に対応します、むしろ兵士の序列上位者を、いい方はアレですがボコボコにしていましたので・・・」
「実力的に問題ないってか、はぁ・・・」
「あと任務を完遂すれば報酬が出るはずです」
「金でか?」
「ええ、今回の盗賊団襲撃は中々に規模が大きいです、それにアジト襲撃ともなれば一網打尽もありえますので報酬はおそらく金貨50枚ほどかと」
「よし乗った、行ってくる」
「え、ちょ」
自分の実力の確認もできたし次は金だ、街で色々見るために兵士2人には犠牲になってもらったということでよしとしよう。
その後王に確認に行くと『お、マジで?、じゃあ報酬弾むんでよろしく!』と滅茶苦茶ノリノリだった。
しかもノリが軽かった、フレンドリィ過ぎるでしょう・・・
「一応ウチの国は実力主義だから仕方ないんですがね、で、襲撃に行ってもらうのだが一応兵士を1小隊連れてゆけ、あくまでも形として一応な」
ということで成り行きではあるが盗賊を討伐しに行くこととなった。
どれほどの勢力の盗賊かは分からないがお金に変わってもらうことにしよう、決して金の亡者ではアリマセン。