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ぼくとあたしの|恋物語《ラブストーリーズ》

過去からの手紙

作者: 濱澤更紗

 本棚を整理していたら、何かがポロリと落ちてきた。よく見ると、Yシャツの形に折られた便箋。昔、女友達からもらったものだ。

 なんとなく、中を開いてみる。

「あのお話、とっても面白かった! 続き書いたら教えてね! 楽しみに待ってます」

 そういえば昔、物語とか書いて見せびらかしてたっけ。唐突に思い出して、なんだか胸が苦しくなってきた。

 この時の僕はこの女友達に好意を寄せていた。彼女は小説を読むのが大好きだったので、僕は彼女の気を引こうと拙いながらもあれこれ書いては、せっせと彼女に渡していたのだった。今思えば、内容なんか大したものじゃなかったと思う。くだらなくてつまらないものだったんじゃなかろうか。でも、彼女は僕が何かを書き上げて渡すたびに大喜びし、しっかり読んで感想をくれて、次の作品を熱望していた。僕も、きっかけがなんであれ彼女と話ができるという時間が嬉しくて、そのために一生懸命物語を書いていたのだった。

 この手紙をもらった時は、初めて長編小説に挑戦する! と宣言し、途中まで書いた所で彼女に見せたのだ。彼女は頬を赤く染め目を輝かせて読んだあと、すごい! 絶対プロになれるよ! と言いながら、笑顔で続きを期待してくれていた。

 ただ、僕はそれの続きを書くことはなかった。

 理由は単純で、彼女に彼氏がいると知ったからだ。そして、そいつは僕よりも頭が良くて、スポーツマンで、クラスの人気者だった。絶対に勝てない、どんなに素晴らしい小説を書き上げても彼女が僕の恋人になることはない。そう思った瞬間、小説を書くという情熱は一瞬で冷めてしまったのである。

 数年経った今思うと、情けないやら恥ずかしいやらで、消してしまいたいような過去話である。思い出してしまった黒歴史を消去すべく思い切ってその手紙を破こうとして、手が止まった。なんとなく、これを破いてはいけないと思ったのだ。

 何故そう思ったのか、深くは考えなかったけれども。


 数カ月後、昔の友人達と数年ぶりに呑み会をやることになった。

 その中に、彼女はいた。年月が経過した僕たちはすっかりおじさんになってしまったのに、彼女は昔のままのルックスと雰囲気をまとったままニコニコ笑っていた。

 懐かしいなあ。何も変わっていない。

 僕は彼女の笑顔を眺めつつ、グラスを傾けていたのだった。

 酒が進むにつれ、その場は思い出話に花を咲かせていく。話の流れで、僕の黒歴史である「小説を書いていた」話に突入する。もう書いてないからと言いかけたその時。

「私楽しみだったんだよね。特に途中まで書いてたあの物語」

 彼女がそう言ってニコニコ笑う。その笑顔はあの時のまま。その途端、僕の心の中もあの時に戻ってしまったらしい。

「つ、続き、今度持ってくるよ」

「本当? 嬉しいなあ。絶対だよ」

 口からでまかせが飛び出して、それに対して彼女があの時と同じように喜ぶ。まずいと思ったが後の祭りだ。

 どうしようと考え込んでいたら、彼女が僕の顔を覗きこんできた。目が合った瞬間、彼女の唇が何事かを囁いてきて、最後に口角がくいっと持ち上がる。

 その途端に創作への意欲がたちどころに復活したのだからどうしようもない。

 なんて僕は単純なんだろうと思いつつも、あの時手紙を破り捨てなくてよかったとあの時の直感に運命を感じたのだった。


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