7回:衝撃のメンバー発表
入部からはや一週間、ようやく新入生もユニフォームを貰い、一般入部の部員も練習に混ざれる様になった。と言っても参加させてもらえるのはシートノックのみで、フリーバッティング等の攻撃練習に移ると体の良い雑用に早変わりである。
「シートノック!声出してくぞ!」
「オイシッ!」
気合いと共に、一年は希望のポジションへ散っていく。勿論、ノックを受ける順番は先輩の後だ。
「ワンナウト一、三塁!内野ゲッツー、外野バックサード!」
キャッチャーから想定内容と指示が伝えられる。声の主は特待生・里見だ。その声は外野まで響く重低音である。
「おら、ショート!」
金属音と共にショートへ強烈なゴロが飛ぶ。ノックを受けるのは朝比奈だ。
この打球の速さなら体で止めて、セオリー通りのゲッツー狙い!
そう思って腰を落としたはずだった。しかし。
「うっ!?」
鋭い打球は朝比奈の股を通り過ぎてレフトへ。典型的なトンネルである。
「おらぁ、特待生が何てザマだぁ!それじゃザルじゃねーか!」
屋島コーチの激が突き刺さる。
原因は分かっている。中学まで使っていた、軟球の高く弾むバウンドが頭にチラついたせいである。中学の卒業からあれほど練習を重ねてもなお、軟球の呪縛が解けない。特性が違う事は分かり切っているのに、体で覚えたことはそう簡単に抜けてくれない。
「バックサード!ノーカットだ!」
ボールは左中間の深いところへ転がった。レフトを守る芯太郎とセンターを守る高坂が周り込む。
「芯太郎、俺に任しとき!」
「任せた!」
声の連携で衝突を防いだ。ボールは高坂がカバーし、ノーカットで三塁へ。だが鉄砲肩が災いし、三塁手のグラブの遥か上をボールが通過した。
「肩が強けりゃいいってもんじゃねーぞ!コントロールしろ馬鹿たれ!」
「は、はいっ! スンマセン!」
高坂もまた、硬球の伸びを計算に入れ切れていなかった。
特待生は、苦戦していた。スケジュールでは、デビューが可能な春季大会はあと一週間後に開幕する。何としてもベンチ入りしたいという思いが焦りを生み、硬球への慣れを遅らせていた。
一方で芯太郎は堂々と守備をこなしていた……というか、朝比奈から見てもかなり上手い部類に見えた。少なくともエラーをする場面は、まだ一度も見ていないのだ。
「お前、守備練のときが一番楽しそうだよな」
「うん。実際、一番楽しい」
「変わったヤツだな。俺はやっぱバッティングの方がいいよ」
朝比奈は自分に焦りを覚える一方で、芯太郎が野球部に馴染み始めた事を嬉しくも思っていた。
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「集合!」
「オイッ!」
練習がメニューを消化しダウンとしてランニングを終えた後、キャプテン・畑山の鶴の一声でベンチ前に部員が集合した。といってもこの掛け声で集まる一年は特待生組と成田だけなので、残りの一年はグラウンド整備をしている。
特にそうしろ、と言われたわけではない。自然とそうなっているのだ。特待生がいる学年なので、身の程をわきまえているのだろうか……と朝比奈は勝手に分析していた。
「春季大会のベンチ入りメンバーを決めたので発表する。全部で18人だ」
部員で構成された円陣に緊張が走る。二・三年を合わせて32人。全員がベンチ入りできるわけではない。場合によっては、野球人生を左右する瞬間とも言えるかもしれない。
「じゃあ畑山、頼む」
「はい。では呼ばれた者はマネージャーに背番号を貰う様に」
張り裂けそうな鼓動が、隣から隣へ伝わり、遂には隣にいる高坂から朝比奈へも伝わって来た。
呼ばれたい。
その偽らざる気持ちが上級生、そして特待生と成田の顔に現れていた。朝比奈もゴクリと唾を飲み込む。
「一番。岡島」
「はい」
エースナンバーを得たのは二年のエース、岡島である。
「頑張ってください」
「サンキュー」
マネージャーの一人から背番号を貰い、円陣へと戻って行く。
朝比奈は自分が貰う姿を想像し、脈の周期をより一層短縮する。
「二番。畑山」
キャッチャーの背番号である二番はキャプテンの畑山自身に渡る。その後も九番までのレギュラーナンバーの中に、一年の名前は無かった。
「十番、古久保」
だが、一年の期待するのはここからである。補欠の背番号なら、一年生にも望みはある。ベンチに入れさえすれば、結果を残すチャンスが必ず来るはずなのだ。
「十七番、真柄」
そして一年生のベンチ入り第一号として、福井出身の投手・真柄が選ばれた。投手は代えの利かない貴重なポジションであるため、有望な一年であれば経験を積ませる意味でもベンチに入れる可能性は元々高い。だから真柄が選ばれた。
「真柄……おい、真柄忍! お前だよ!」
「えっ、あっ、はい~っ」
虚を突かれたのか、若干声が裏返りながらも背番号を取りに円陣の中心へ歩み寄る。
「はい、真柄君。頑張ってね!」
「だんけしぇーん」
感謝の意を示して(?)背番号を受け取る真柄。一年に背番号を渡すのは舞子の担当になっている様だった。そのため、朝比奈は何としても呼ばれたいという思いに駆られた。
朝比奈は真柄に強く嫉妬した。自分の幼馴染から背番号を手渡された事に対して、そして自分よりも早くベンチ入りを果たしたことに対してである。
だが、枠はもう一つ残っている。
「では最後に、十八番」
だが先に真柄が呼ばれたという事は、残り一人も特待生である事は容易に予想できた。
朝比奈は再び畑山の唇を読む。自分か、高坂か、里見か。『あ』なのか、『こ』なのか、『さ』なのか!
畑山は、一拍おいてから、ゆっくりと唇を動かした。
朝比奈は集中力を持てる最大限発揮し、最初の平仮名を特定すべく唇にロックオン(変な意味ではない)。『あ』だ、『あ』であってくれ!
「さ」
――くそっ、里見か!
信号を読み取った瞬間、朝比奈は誰よりも早く悔しがった。無論、捕手は投手の次に貴重なポジション。ベンチに入る可能性が一番高いのは、里見だろうと予測はしていたが……。
「いむら」
――…………。
――………………………?
―――――――………………………………………………は?
「斎村。返事をしろ斎村。十八番! 斎村芯太郎!」
朝比奈は頬をつねって見た。残念ながら痛覚は生きていた。