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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
一年夏 ――小笠原の章――
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6回:奴は寮住まい

「俺が一番の有望株?」


 コンビニで買ったから揚げチャンを爪楊枝で突きながら、成田が半笑いで聞き返す。


「ないない。俺は所詮推薦入学止まりだよ?お前らと違って入学料も授業料も親が払ってる」

「本当、なんで通ちゃんなんかが特待生なのかしら」


 いつの間にか舞子が朝比奈の隣にいる。ようやくマネージャーの仕事を終え、解放されたらしい。


「片倉さん、お疲れ様」

「あ、成田君お疲れ」


 朝比奈は成田と舞子の間に入って、自転車を押しながら歩き出す。


「片倉さんに聞いてみたら?」

「え、何を?」

「いや、何でもねぇよ」

「気になる~!」


 肩をユッサユッサ揺らされて、やれやれ、という顔をしながら朝比奈は一連の流れを説明する。


「それって、ただ先輩がメンツを保ったってだけじゃないの?」


 朝比奈の灯台が足元を照らした。なるほど、確かにその考えが一番自然である。特待生を差し置いて一番欲しい選手がいると言うのは矛盾を孕んでいる。本当にそんな男がいるなら、とっくに他の名門校に持って行かれるはずだからだ。


「どう? 舞子ちゃんの名推理!」

「調子に乗るな」


 朝比奈は舞子を小突いて見せる。もしかすると成田に見せつけたかったのかもしれない。

 とりあえず胸のつかえがとれた朝比奈は、自転車のサドルに跨る。


「通ちゃん、帰るの? じゃあ私も」

「その呼び方やめろ! ちゃんと苗字で呼べよ」

「はいはい、朝比奈君」


 朝比奈はふくれっ面をして見せる。


「じゃあな成田! また明日」

「ああ」


 成田とも、明日から同じ立ち位置で競うライバルである。負けたくないという気持ちが芽生え始めた。満身創痍だった体が、またうずうずしているのを感じる。


 帰ってからまた重りを付けて、バットを振ろう。そう決意を新たに、爽やかな風を受けながら坂を駆け下りていく。


 その道中、しきりに首を傾げる人影を発見した。


「あれ、芯太郎?」

「え、誰? バンダナなんか付けちゃって」


「俺のクラスメイト……ってお前、野球部入ったヤツの名前ぐらい憶えてないのか?」

「さすがに今日一日じゃ無理よ。下の名前とか一ヵ月でも無理よ」


 舞子の言い訳を無視して、芯太郎に聴こえるように強めにブレーキをかける朝比奈。自転車を降りて、気づいたらしい芯太郎に歩み寄る。


「朝比奈?」

「よう、お疲れ」

「お疲れはそっちでしょ。あれ、マネージャーさん?」


 舞子と芯太郎が一緒に居ることが不思議の様だ。邪推されても困るので(少し嬉しいが)、先に関係を説明する。


「そうなんだ。斎村芯太郎です。よろしく」

「あ、よろしく。ところで何でバン……むぐっ」


 直球で疑問をぶつけようとした舞子の口を手で塞ぐ朝比奈。本日三度目の自己紹介を終えた芯太郎はまたか、という表情で溜息をついた。


「歩きってことは家近いのか?」

「違う。俺は寮」

「寮!?」


 どうやら芯太郎もまた、越境部隊の一人らしい。思い返してみれば、自己紹介で出身中学を言わなかったのはそれが原因だったに違いない。


「ってことは一人暮らし? すごいねー」

「はぁ、どうも」


 舞子は寮と聞いて逞しいイメージを持ったらしい。


「ってことは今日から特待生組と一緒に住むわけか」

「まぁ、それはどうでもいいんだけど」


 どうでもいい。その言葉を芯太郎から聞くのが少し意外だった。


「何かあったのか?」

「今日一日、あれだけ色んな人にジロジロ見られ続けたら、疲れもするよ」


 言われてみれば、芯太郎の垂れた瞼は疲労を告げていた。

 可哀想に。朝比奈は眉間に皺を寄せ、同情を顔で示して見せた。


「大丈夫か?」

「まぁ、慣れてるし。嫌なものは嫌だけど」


 他人事ながら、この男が寮生活をやって行けるのか、という不安が朝比奈によぎる。


「それと、ユニフォームも着て行ったのに、何で練習に混ざれなかったんだろうって」

「え?」


 そんなに練習がしたかったのか?一見すると引っ込み思案な人相に反してストイックな性格の様だ。


「でも、他の一般生徒も誰も混ぜてもらえなかったし、しょうがないんじゃない?」

「まぁ、そうなんだけど」


 舞子のフォローを受けても、まだ首を傾げている。


「通……じゃない、朝比奈君。そろそろ行こう」

「ああ、そうだな。芯太郎、また明日な」

「うん。バイバイ朝比奈」


 朝比奈はサドルに跨り、再び坂を駆け下りる。ふと後ろを見ると、小さくなっていく芯太郎がまだ首を傾げていた。


「あの人、変わってるね?」

「馬鹿! あいつは苦労人なんだぞ! あいつはなぁ」


 朝比奈は熱くなって、芯太郎の事を全て話してしまった。

 次の日にはチーム全体に芯太郎の身体的弱点が知れ渡り、彼は泣きべそをかいていた。朝比奈は申し訳ない気持ちに襲われつつ、高校野球生活を消化する。


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