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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
一年夏 ――小笠原の章――
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2回:バンダナ少年

「あれ、朝比奈か?」


 背後から聞き覚えのある声が聴こえて来る。振り返ると、同じくらいの身長で、かつ端正な顔立ちの少年が一人。


「お前は……成田?」

「お、よく覚えててくれたな。嬉しいよ」

「お前もここに?」

「ああ。一応スポーツ推薦でね」


 少年の名は成田 まもる。朝比奈と県大会決勝を戦った中学のレギュラーだった男である。


「お前はもっと強豪に行くと思ってたよ。朝比奈」

「それはこっちの台詞だ。受験の免除に目がくらんだのか?」

「それもあるけど、俺達の世代の面子が面白かったからね」

「ってことは、俺が来るのを知ってたってわけか」

「まあね」


 成田の話では、スポーツ推薦の話が来たのは特待生よりも後だったため、特待生枠の内訳を教えて貰えたらしい。


「本当なの?」

「君は?」

「無視していいぞ。ただの腐れ縁だ」

「私は片倉舞子。野球部のマネージャーになるから、よろしくね!」

「こちらこそ。よろしく」


 成田に嬉々として自己紹介をする舞子を見て、朝比奈は少しモヤッとした気持ちになった。舞子は自分とだけ話していて欲しい。


「で、誰が来るんだ」

「まず『朝比奈』。それから滋賀の『高坂』。関東の『里見』。あと福井の『真柄』って言ってた」


 朝比奈は舞子の顔を見る。舞子は首を振った。彼女はこういう事には基本詳しいが、さすがに県外の球児の情報までは知らない様だ。


「全員知らないなぁ」

「俺もお前以外は知らなかった。それで返事を待ってもらって貰ってる間に全国大会のパンフレットを入手して調べたら、全員が全国に出てた」


 朝比奈は眼を丸くした。


「本当かよ」

「全員が中軸かエース。軟式の雄とも言っていい四人が同じチームに来るんだ」

「それで、もしかしたらって?」

「そういう事。甲子園に行けるチームでレギュラーでも張ってたら、一生自慢できるし履歴書にもかける。乗っかるしかないでしょ」


 そんなにうまくはいかないだろう、と言いかけて朝比奈はやめた。これじゃ自分が弱気になっているみたいだからである。


「じゃあ俺は先に行くよ。またグラウンドでな」

「ああ」


 成田は走って行ってしまった。


「俺、成田より評価されたのかー」


 スポーツ推薦と特待生。実力に差があるとは思えないがその待遇の差が、朝比奈を優越感に浸らせた。


                     ******


 クラス表には、舞子とは別クラスになる運命が記述してあった。確立的に同じクラスになるほうが難しいのだが、それでも朝比奈は期待してしまっていた。「また後でね」と嬉しさいっぱいに駆けて行った舞子の姿が目に焼き付いて離れない。


 何人の男子とメールアドレスを交換するのだろうか。もしくは初日からナンパされたりしないだろうか。

 悶々とした気持ちで、自分のクラスの扉を開く。クラス表に乗っていた名前には、中学からの知り合いはいない。ここからが朝比奈の戦い、一からの友達作りの始まり。


 その筈であった。


 扉を潜った瞬間から、教室中の生徒の目線が自分に向いていない事が分かった。

 一人の生徒が……正確にはその生徒の格好が、極めて異彩を放っていたせいで、釘づけになっているのである。

 その男子生徒は、真っ青なバンダナを装着していた。私服での登校を認めていない伝統のある公立校である。この学校の校則はまだほとんど知らないが、どこからどう見ても、校則違反でしかない。


 朝比奈は、おかしな緊張感を突き破って黒板に歩を進め、自分の席を確認する。なんと席は、バンダナ男の真後ろである。

 正直言って、座りたくは無かった。初日からこんな格好をしてくるなんて、不良でしか有り得ない。どことなく陰湿な雰囲気を醸し出しているし、間違っても友好的ではないだろう。


 目を合わせない様に通り過ぎ、音をなるべく生じさせない様に椅子を引き、座る。

 嫌な予感がした。自分の三年間を、目の前の男に壊されてしまうのではないか。そんな予感。


                     ******


「南東中出身、伊集院です!趣味はテレビゲームと漫画、特技はプロ野球選手の物真似!よって野球部に入るつもりです!」


 担任の話が終わると、クラスメイトの自己紹介が始まった。

 思ったよりも野球部の入部希望が多い。これで三人目だ。クラスは全部で十。この分だと、三十人ぐらいは入部するのかもしれない。

 まぁ、そういう時に限って、半分ぐらいは辞めるのが関の山。等と考えている内に、朝比奈の番が回って来た。


「公苑中出身、朝比奈通です。野球部の特待生として入学しました」


 クラス中がざわつく。朝比奈はその反応に思わず口元が緩む。何を隠そう、この瞬間を心待ちにしていたのだ。


「特待生!?マジかよ!」

「お金払わないでいいの?」

「居眠りしてても先生に怒られないの!?」


 憶測混じりの発言が飛び交う。

 そう。自分はこのクラスメイト達とは違う。望まれてこの学校に来た、財産だ。

 朝比奈は優越感にうっとりしていた。


「こらこら、静かにしろ!HRは残り10分だぞ。時間が無いんだ、時間が!」


 夢見心地の朝比奈は我に返る。

 そうだ。何を自分は勘違いをしているのだ。クラスメイトに羨望の眼差しで見られることが望みじゃない。野球部の中心選手になって、甲子園に行くために来たのではないのか?


 頬をパチン、と叩いて気合いを入れ直す。


「では、次にいってくれ」


 とはいえ特待生のインパクトの後では、名前を覚えて貰う程の印象を残す事は難しいだろうな。そう朝比奈は思ってしまう。貴重なアピールの場を台無しにしてしまい、申し訳ない気持ちになった。


 しかし、余計な心配であった。よく考えてみたら、次は朝比奈の目の前の席のバンダナ男なのだから。

 朝比奈の前の席の中背の少年がゆっくりと、雰囲気たっぷりに立ち上がる。教室全体に、緊張が走った。


斎村さいむら芯太郎しんたろうです。よろしくお願いします」


 意外に低く、透き通った声で行われたプレゼンは五秒で終わった。しかし、短いが故に印象は払拭されない。その奇抜なスタイルは、どうあっても許容し難い物であった。


「……それだけ?」


 この時、朝比奈はじめ野球部員の誰一人、この男に部の運命を左右されるとは予想していなかった。

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