1回:高校生活の幕開け
「通ちゃん、早く~!」
新品の制服に身を包んだ少女は、クルクルと回りながら大柄な幼馴染を急かす。舞い踊るスカートが危なっかしい。
「お前が早すぎるんだよ」
「だって早く行って友達作らないと!出遅れたら一人ボッチの寒い高校生活になっちゃうよ!」
「俺は別にいいんだよ。それでもさ」
「うわ余裕の発言! さっすが特待生」
黒く日焼けした逞しい顔をした少年。少女にとっての自慢の幼馴染だった。
彼――朝比奈 通は、中学の軟式野球で全国大会にも出場したチームの四番打者。通算打率三割を誇る強打者だった。
「別に……そんな凄いことじゃねーよ」
「謙遜しちゃってー。このこの」
「痛いって! やめろよ」
その彼に目をつけたのが、この『智仁高校』の野球部。十年前に創立され、近年は急激に力をつけており、毎年県大会ベスト8に食い込むチームだ。しかし新設間もない故の層の薄さからか、県大会の準決勝で力尽きる姿を二年連続で高校野球ファンの前に晒している。
「いやー、それにしてもついてたね、通ちゃんは」
「何が」
「『この年』の新入生じゃなかったら、この状況はなかったと思うよ~?」
そう、『この年だから』朝比奈はオイシイ思いができているのだ。
スポーツ推薦だけでは、強豪校には勝てない。そう思い、野球部監督である壇ノ浦は一世一代の勝負に出た。
特待生制度である。
高校運営側は渋った。元々は伝統のある進学校を目指していただけに、スポーツ推薦枠を設けただけでも評判は悪くなった。その上入学金や授業料を免除する特待生制度などを導入したら、PTAからの糾弾は必定である。
しかし壇ノ浦監督は諦めなかった。その姿勢に学校側も折れ、『一度だけ』特待生制度を導入することとなった。
そして昨年の十月、壇ノ浦は朝比奈をスカウトしに自宅にやってきたのである。
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『朝比奈君、うちで一緒に野球をやらないか』
『え、僕が……特待生ですか?』
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枠は四つ。その中の一つを壇ノ浦は朝比奈に割り当てた。自分が必要とされている。チームの中心になって、上手くすれば甲子園にも行ける。ついでに親にも楽をさせられる。この好条件に朝比奈は飛びついた。
燃えていた。入学が決まってから、チームメイトの協力を得て特訓を重ねた。その甲斐あって、バウンドの違う硬球での守備も慣れて来たところである。
「燃えてるねー野球少年! 私もしっかりサポートするよ!」
「お前は大人しくスコアをつけてりゃいいんだよ」
「ひどーい! 通ちゃんだけには、補食作るのやめよ!」
そんな朝比奈にずっとついて回り、遂には野球部のマネージャーにもなってしまったのがこの片倉舞子。
スコアラーとしての情報整理は確かなもので、各校のデータを頭に入れておいたおかげで起用法を先読み出来た試合が多々あった。
当然、高校でもマネージャーとして朝比奈を支えるつもりである。
「舐めてかからない方がいいと思うけど?高校野球のレベルはけた違い。補欠になっても知らないんだから」
「なるわけないだろ。四人しかいない特待生だぞ」
「どうだか。タダ飯喰らいって言われないようにね」
「ぐむっ」
公立校とはいえ、元々シニアリーグで硬式を経験している生徒も、何人かは入学しているだろう。だが、彼らは特待生には選ばれず、朝比奈は選ばれた。この事実だけで、自分の実力は彼ら以上の物であると朝比奈は確信していた。
「よし、やったるぜ!」
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同時刻、野球部のグラウンドに異様な影があった。
「ちょっと、何あれ?」
「シーッ、目を合わせちゃダメよ。行こ行こ」
グラウンドが見える道を通りかかる生徒が、突っ立っている少年を見るなりヒソヒソ話をしながら通り過ぎていく。
それもそのはず。170センチを少し越える程度の中背。体を覆うブレザーに対し、頭には真っ青なバンダナを巻いている、まるで不良の様な格好……。
「……ここで、三年間。野球をするのか」
少年は内野の土を触り、撫でた。
「今度こそ、楽しくできたらいいな」