19回:コントローラを投げるな
結局大方の予想通り、一週間の謹慎処分が言い渡された。寮にいてもやることは無いので、真柄が遊びに来るまでは寝ているしかない。
「いいなー謹慎」
「何でだよ。全然楽しくない」
「練習休めるじゃん。俺も朝比奈を突き落とそうかな」
「笑えないよ、それ」
レーシングゲームの対戦をしながら、恐ろしい会話をつづける二人。
「でも、朝比奈の気持ちも分からないではないよ」
「はぁ!?」
芯太郎が憤慨して、コントローラを布団へ投げる。
「あれはもう単なる勘違いじゃん! どこに共感できるんだよ」
「コントローラ」
「言ってみてよ真柄!」
「コントローラを」
「……」
ゲームに関しては何よりも真摯な真柄は、コントローラを乱暴に扱う愚を許さない。芯太郎は投げ捨てたコントローラを拾って、謝る。
「ごめん」
「まぁ許してあげよう」
「それで、何で分かるの?」
「それはね」
真柄はいきなり声のトーンを低めに切り替えた。
「俺も芯太郎が分からないから」
「え?」
真柄はスタートボタンを押して、ゲームをポーズさせる。突然訪れた静寂が、部屋に緊張感を運んできた。
「人がイラつくのなんて、人の事を分からない以外には無いと思うなー」
「……人の事を完全に理解するなんて無理だよ」
芯太郎は人に理解されようとしていない。それが相手を苛立たせている事も、薄々本人も気づいてはいた。
だが、話したところで理解されない事もまた、確信しているのだ。
そんな芯太郎に、真柄はニッコリと笑いかける。
「そうだよ。特に野球チームなんて利害で成り立ってる様なもんだから、尚更必要ない」
「なら何で」
「『そのプレーが出来る』理由が分からないと、不安で仕方ないんだよ、こっちもさ」
その一言で、言いたいことの全てが理解できた。野球での人事決定は、十分な時間をかけられる。だからこそ信頼関係は「こいつなら、このポジションを任せられる」という根拠を持ちたいものなのだ。
芯太郎がスタメンにいるのは、『守備が上手いから』。その点については練習でも試合でもしっかり実力を見せているので納得できている。だがもう一方は……。
「言うまでも無いけどさ。芯太郎って明らかにおかしいんだよ」
「……」
「ランナー無し。一塁。二塁。一・二塁。この状況だと2割に届かないぐらい打てない」
「申し訳ない」
もう開き直っているのか、あまり悪びれていない表情で謝る芯太郎。真柄は構わず喋りつづける。
「なのにランナー三塁になるとあら不思議。7割を超える超高校級スラッガーだ。見た目あんなにドアスイングなのにさ」
「……」
「これじゃ、普段は手を抜いてるとしか思えない。そんなの、誰からも信頼されないよー」
朝比奈はともかく、チームメイトとの溝は間違いなくそこが原因……の、一つだった。芯太郎は泣きそうな表情を隠す様に俯いた。
「俺だって、出来るならいつでも打ちたいよ」
「なら、良い方のスイングを普段からやればいいだけじゃん」
「出来ないんだ」
「出来ないって?」
芯太郎は、顎に手を当てて何か考えている。どうやら、真柄に伝える方法を考案中らしい。
とりあえず今までと違い、伝える意志がある事は十分、真柄に伝わった。
「屋上へ行こう」
「嫌だよ。寒いし」
「いいから。真柄が言い出したんだよ?」
「寒いよ~」
無理やり真柄を引きずって、屋上へ出向く。置いてあるバットを手に取り、構える。
そしてフルスイングを真柄の目の前で見せた。
バットが遠回りして、衝撃の瞬間にはほとんどの力が分散しきっている、ドアスイングだった。
「それ、ダメな方のスイングじゃん」
「そうだよ。これが俺のスイング」
「そうじゃなくて、ランナー三塁の時のスイングを見たいのに」
芯太郎はゴクリと唾を飲んだ。
「引かないでよ」
「えっ?」
「何言っても引かないでよ。じゃないと話さない」
「う、うん。忍、引きません」
真柄も少しだけ緊張した。どうやら、ここからの説明が本番らしい。
「俺は……」
「芯太郎は?」
「俺のスイングは……」
「芯太郎のスイングは?」
「 呪 わ れ て る ん だ 」
月明りが照らす屋上で、あまりに抽象的なレスポンスが返ってきた。真柄はウンウン、と頷くと、部屋に帰ろうとした。
「待ってよ!」
「いや寒いから」
「今9月だしそんな寒くないよ! やっぱ引いてるじゃん!」
「引いてないよ~。そうか、呪われてるのか~」
芯太郎は限られた髪をグシャグシャと掻きむしる。
「だから話したくなかったんだよ!」
「分かった分かった。ちゃ~んと聞いてあげるから。部屋に戻ろうぜ~」
真柄の興味は既にゲームに移っているらしかった。




