12回:伝説の試合
――――――――――――――――――――――――――
舞子:『ヤバイよ~(´;ω;`)』
糸子:『春季大会だっけ? 試合どう?』
舞子:『今一点負けてる。0-1』
糸子:『智仁って結構強いんじゃなかったっけ?』
舞子:『貧打。特に9番に入ってる子が全然打たないの(:_;)これじゃ負けちゃうよ~』
糸子:『えーそうなんだ? 何で代えられないのその人』
舞子:『守備が神。滅茶苦茶うまい。でも打撃はドアスイングで全然だめ』
糸子:『斎村?』
舞子:『うん斎村』
舞子:『え?』
舞子:『何で名前知ってる?』
――――――――――――――――――――――――――
「ってやりとりを従姉妹としててさ」
舞子の説明を聞いて、特待生一同は俄然、興味が湧いた。何で応援中にこっそりラインしてるんだ?とか細かい事はさておき、従姉妹が芯太郎を知っている理由が気になる。
「その従姉妹はどこ住んでるの?」
「三重」
「って事は芯太郎も」
「うん。三重のシニアにいたんだって」
朝比奈は、先ほどのスコアが芯太郎のシニア時代の物だと確信した。
と、そんなやりとりをしている間にチェンジとなった。試合は八回の表に移行する。智仁は後攻なので、攻撃のチャンスは残り二回である。点差は一点。緊迫した投手戦が続く。
「試合展開も大事だが、芯太郎のチームのスコアをその子が持ってたって事?」
「新聞のローカル欄に載ってたのを写メって保存してたんだって」
「何でそんな物珍しい事を?」
「野球マニアだから」
そう言って、舞子はもう一度画像を見せる。解像度が思いのほか低く画像が粗かったものの、何とか打席数や安打数、得点は見る事ができた。
「スコアは10対4で伊勢神宮シニアの勝利……」
「で、この『斎村』ってのが5打数5安打、10打点」
「一人で全打点って事か? 乱打戦で、一人だけが打点独占するなんてあるのか!?」
全打点を一人が叩き出す。野球では割とある事である。調子の良い選手は一日中、打ち続ける事が多い。一人で3,4点を奪ってそれが決勝点。その程度ならよくある話なのだが……。
10打点。これを一人で奪うのはハッキリ言って尋常じゃない事態である。
「そりゃ、撮っておきたくもなるわな」
「でも本当に芯太郎なのか? 同姓ってオチだろう、さては」
「私もそう思ったんだけどね。この試合に関するコラムがすぐ下にあって……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
コラム:今関準蔵の俺なら許す!
前代未聞というのはこういう試合を言うのだろう。
四番打者でもない。投手でも捕手でもない。『6番』を打つ『外野手』。左中間にいた、たった一人の『悪魔』が完全に試合を支配していた。
野球番記者を十五年やっているが、こんな事は初めてだった。
この試合はとにかく、出塁率の高い1~5番が塁に出まくった。
満塁のチャンスが出来上がったと思ったら、何と次の打者は打たずに三振していくではないか。
6番の斎村にチャンスを崩さずに渡すためである。いかに併殺が怖いとはいえ、異様な光景だった。
だがもっと恐ろしかったのは、斎村のバッティング、そして守備であった。
昨日までは、失礼ながら小学生の様なドアスイングをしていた事は記憶に新しい。しかもバンダナを巻いて試合に望むなど、大問題児と言える。
にも関わらず彼はこの試合、満塁で二度、二・三塁で二度、一・三塁で一度。計五度、得点圏に走者を置いた状態で打席を迎え、その全てで適時打を放ってしまった。
守っては右打者の時は左翼手、左打者の時は中堅手と目まぐるしく守備位置を変更し、遂に左中間を封殺してしまう。強打で知られる昨年の覇者・熱田シニアだったが、慣れない右方向への打撃を強いられた末、得意の乱打戦でまさかの敗北を喫した。
斎村というたった一人の選手に敗北した熱田シニアのエース・百武君の泣き崩れる姿を僕は忘れる事はないだろう。伝説の試合として、ひっそりと語り草になるかもしれない(なったらいいな)。
(三重丸新聞 記者)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
コラムを読むに、もう芯太郎としか思えないワードがいくつも出て来てしまっている。
「マジで芯太郎なのか……?」
「じゃあ何で今打てないんや?」
「この試合だけ異様に調子が良かったのか?」
朝比奈はじめ、一同が唸っている間に試合は九回に入っていた。真柄が最後まで投げ、何とか9回1失点にまとめ上げた。
「9回裏は五番からか」
朝比奈は、コラムの一部分が気になっていた。
『斎村にチャンスを崩さずに渡すためである』
この一文である。何故、芯太郎のシニアはそこまでして、芯太郎一人のためのチャンスメイクをしたのか?
「もしかしてあいつ……」
「何だ、朝比奈」
5番の主将・畑山が快音を飛ばした。打球は相手投手の股間下をくぐって、センター前に勢いよく抜けていく。
「もしこの回に芯太郎に打席が回ったら、謎が解けるかも」
「はぁ?」
「あいつ……クラッチヒッターなんじゃないか?」
スタンドでは自分の過去をほじくり返されているとも知らず、芯太郎はベンチでせっせと水分補給をしているのであった。




