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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
一年夏 ――小笠原の章――
13/129

11回:落下点表示

バットを一塁側に寝かせて構えて。

投手のモーションに合わせて筋肉を始動させ。

腕を弓の様に後ろに引いて溜めを作り!

……よっこいせとバットを押し出す。


「セカンド!」


 絶好球のはずのど真ん中、それもハーフスピード投球。芯太郎のスイングにかかれば、平凡な内野フライの出来上がりである。


「アウト!」

「……」

 

 芯太郎は悔しがるでもなく、無表情のままベンチに帰っていく。

 

「そりゃあ、そうだろうよ」


 スタンドで応援に回っている朝比奈達は、もちろんこの結果を予想していた。


「一体、どう指導して貰ったらあんなスイングになるんだ?」

「そのくせ、スイングスピード自体は速いから内野フライ量産しとるな」


 捕手志望の里見は、自分のつけたスコアブックを読みながら冷や汗を流す。


「これ、春季大会の4回戦だよな……?」

「せやけど、何か?」


 高坂が首をかしげる。春季大会は東海地区大会にも繋がる大事な大会。夏の静岡県予選のシード校が、この大会で決定する。

 今まさに、この試合に勝てばシード権(夏の一回戦が免除される)が得られるのだが……。


「気づいているか? 芯太郎の打率」

「流石に、1割は打ってるやろ? 芯太郎と言えど」


 高坂は、スコアブックからメモをとった芯太郎の春季打率を見た。芯太郎は一回戦から、9番レフトでスタメンに入り続けていた。打席数は12。その内、ヒットは1本。よってその打率は……。


「…….083(ぜろわりはちぶさんりん)、て?」

「打率」

「打率?」

「打率」


 高坂は声なき声をあげる。「今すぐ!代わりに俺を出せ! ベンチ入りしとらんけど!」 とか何とか言いたいに違いない。


「しかもその一本のヒットって、内野フライを目測誤って落とされたやつだろ?」


 朝比奈が白い目で芯太郎を見ながら呟く。


「グラブに触ってないから記録はヒットだったけど、ありゃエラーだよ」


 相手のエラーの場合、打席数は加算される。つまり凡退と同じ扱いになるため、芯太郎の打率は.000となってしまう。


「ま、まぁ芯太郎は打席では期待できないけど、十分戦力なんだし」

「戦力ぅ?」


 成田の擁護に、朝比奈が疑問を示す。


「そうだよ。あ、ほら。レフトに行ったぞ」


 今日の先発ピッチャーは真柄。真ん中高めのストレートを、左中間に運ばれた。快音を残して飛ぶ打球は無人の長打コースへ飛んでいく……。

 はずだったが。


「あっ」


 特待生一同が驚きの声を上げる。その左中間の打球に、余裕で芯太郎が追いついているではないか。


「ツーベース確定、下手すりゃスリーベースがあっさり1アウトに!」

「何であれに追いつけるんや……あいつ、未来予知でもできるんやないか」


 同じ外野手として、高坂は芯太郎の守備能力に舌を巻いた。


「あいつ、足が速いのに加えて『スタートが早い』。打球音聞いたらもう走っとんぞ、あれ」

「だからあんなに守備範囲広いのか……左中間だけ全く抜かれてないじゃん」

「凄いのは、それなのに一回も目測を誤らない事だな」


 一歩目が早いのは守備範囲を広くするための鉄則だが、打球方向の見極め時間が短いため目測を誤り易い。にも関わらず、芯太郎は完璧に落下点を予測している。


「落下点表示機能つきか。そりゃ、スタメンで使いたくもなるが」


 里見がゲームに例えた。そこへ、舞子がスコアブックを持ってかけてくる。


「通ちゃーん! 大変だよ!」

「何だよ舞子、お前もスコアつけてたのか」

「これ見てよ! 斎村君の成績!」


 またか。と、朝比奈は舌打ちした。せっかく守備で見直した芯太郎の、負の部分が嫌でも目に入ってしまうのか。朝比奈としても自分が小さい人間に見えてしまうから、できるだけ芯太郎を評価するように努力はしているのだが……。


「何だ、見て欲しいのは携帯の画像かよ。自撮りでもしてたのか?」


 それはそれでちょっと見たいと思った朝比奈だったが、今は試合の応援中。不謹慎な事は控えるべきだ。


「違うわよ! スコアだよスコア」

「何だスコアか……ってこのスコア、この試合じゃないな?」

「斎村君のところ、見て!」


 どうせ凡退の山だろう、と朝比奈が『斎村』の名前を探すと……。






「5打数5安打……だ、打点10!?」


 目の前の芯太郎からは想像できない、怪物の様な成績が記述されたいた。

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