11回:落下点表示
バットを一塁側に寝かせて構えて。
投手のモーションに合わせて筋肉を始動させ。
腕を弓の様に後ろに引いて溜めを作り!
……よっこいせとバットを押し出す。
「セカンド!」
絶好球のはずのど真ん中、それもハーフスピード投球。芯太郎のスイングにかかれば、平凡な内野フライの出来上がりである。
「アウト!」
「……」
芯太郎は悔しがるでもなく、無表情のままベンチに帰っていく。
「そりゃあ、そうだろうよ」
スタンドで応援に回っている朝比奈達は、もちろんこの結果を予想していた。
「一体、どう指導して貰ったらあんなスイングになるんだ?」
「そのくせ、スイングスピード自体は速いから内野フライ量産しとるな」
捕手志望の里見は、自分のつけたスコアブックを読みながら冷や汗を流す。
「これ、春季大会の4回戦だよな……?」
「せやけど、何か?」
高坂が首をかしげる。春季大会は東海地区大会にも繋がる大事な大会。夏の静岡県予選のシード校が、この大会で決定する。
今まさに、この試合に勝てばシード権(夏の一回戦が免除される)が得られるのだが……。
「気づいているか? 芯太郎の打率」
「流石に、1割は打ってるやろ? 芯太郎と言えど」
高坂は、スコアブックからメモをとった芯太郎の春季打率を見た。芯太郎は一回戦から、9番レフトでスタメンに入り続けていた。打席数は12。その内、ヒットは1本。よってその打率は……。
「…….083(ぜろわりはちぶさんりん)、て?」
「打率」
「打率?」
「打率」
高坂は声なき声をあげる。「今すぐ!代わりに俺を出せ! ベンチ入りしとらんけど!」 とか何とか言いたいに違いない。
「しかもその一本のヒットって、内野フライを目測誤って落とされたやつだろ?」
朝比奈が白い目で芯太郎を見ながら呟く。
「グラブに触ってないから記録はヒットだったけど、ありゃエラーだよ」
相手のエラーの場合、打席数は加算される。つまり凡退と同じ扱いになるため、芯太郎の打率は.000となってしまう。
「ま、まぁ芯太郎は打席では期待できないけど、十分戦力なんだし」
「戦力ぅ?」
成田の擁護に、朝比奈が疑問を示す。
「そうだよ。あ、ほら。レフトに行ったぞ」
今日の先発ピッチャーは真柄。真ん中高めのストレートを、左中間に運ばれた。快音を残して飛ぶ打球は無人の長打コースへ飛んでいく……。
はずだったが。
「あっ」
特待生一同が驚きの声を上げる。その左中間の打球に、余裕で芯太郎が追いついているではないか。
「ツーベース確定、下手すりゃスリーベースがあっさり1アウトに!」
「何であれに追いつけるんや……あいつ、未来予知でもできるんやないか」
同じ外野手として、高坂は芯太郎の守備能力に舌を巻いた。
「あいつ、足が速いのに加えて『スタートが早い』。打球音聞いたらもう走っとんぞ、あれ」
「だからあんなに守備範囲広いのか……左中間だけ全く抜かれてないじゃん」
「凄いのは、それなのに一回も目測を誤らない事だな」
一歩目が早いのは守備範囲を広くするための鉄則だが、打球方向の見極め時間が短いため目測を誤り易い。にも関わらず、芯太郎は完璧に落下点を予測している。
「落下点表示機能つきか。そりゃ、スタメンで使いたくもなるが」
里見がゲームに例えた。そこへ、舞子がスコアブックを持ってかけてくる。
「通ちゃーん! 大変だよ!」
「何だよ舞子、お前もスコアつけてたのか」
「これ見てよ! 斎村君の成績!」
またか。と、朝比奈は舌打ちした。せっかく守備で見直した芯太郎の、負の部分が嫌でも目に入ってしまうのか。朝比奈としても自分が小さい人間に見えてしまうから、できるだけ芯太郎を評価するように努力はしているのだが……。
「何だ、見て欲しいのは携帯の画像かよ。自撮りでもしてたのか?」
それはそれでちょっと見たいと思った朝比奈だったが、今は試合の応援中。不謹慎な事は控えるべきだ。
「違うわよ! スコアだよスコア」
「何だスコアか……ってこのスコア、この試合じゃないな?」
「斎村君のところ、見て!」
どうせ凡退の山だろう、と朝比奈が『斎村』の名前を探すと……。
「5打数5安打……だ、打点10!?」
目の前の芯太郎からは想像できない、怪物の様な成績が記述されたいた。




