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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
三年夏・甲子園 ――崩壊の章――
118/129

116回:Level Swing

「だからそれじゃー飛ばないんだってー」


 屋上で個人練習を行っている真柄、高坂、芯太郎の一コマ。

 芯太郎はスイングに口出しされると、口を尖がらせてそっぽを向いた。


「何でそう、バットを押し出す様に振るかねぇ」

「スイングスピード自体は速いんだけど、パワーがボールに伝わってないよね~」

「せや、真上に伝わってるんだよな。天井の方向に」

「そうそう~。一流のノッカーにありがちな打ち方……」


 そこまで言って、真柄は一つの懸念を覚える。


「芯太郎~。君ってまさか」

「な、何?」

「好き好んでその打ち方してないよね~?」


 芯太郎の体が硬直する。分かりやすい反応を見せる彼に真柄は溜め息をつく。


「何やねん真柄?」

「何やねんも何も、芯太郎はフライを打ちあげる事に快感を覚える変態だってことだよ」

「んん!? 全然わからん!」


 高坂はバットを放りだして頭を抱えている。


「芯太郎がゴロ打ったのってほとんど見た事ないじゃん。芯太郎は狙ってフライ打ってるんだよ」

「はぁ、わざと凡退しとるんかコイツ!?」

「その辺の事情は知らんけどさー」


 以前から「意図的に凡退してる疑惑」はあったものの、守備と得点圏打率は言う事が無いため深く踏み込んだものはほとんどいない。朝比奈ぐらいのものであった。


「大方、誤った指導者がバックスピンをかける打ち方でも教えちゃったんじゃないかな。それを今でも信仰してるとか~」

「え~、矯正するやろ普通」

「芯太郎の事だから、理由は大体想像つくけどさー」


 芯太郎は顔を真っ赤にして口を閉ざすも、二人に詰め寄られると逃げて行ってしまった。


「不思議なやつやなー。悪い奴ではないけども」

「まぁ、イップスに掛かる様な奴は人が良い。人間的にはこの上なく信頼できるって事だしね~」

「ん、何か知った風な口きくやんか」

「へへ~」


 イップスになりかけた高坂を、そして自分も救うための言葉だった。


「さて、もうちょっと練習したらあがろうかね~」

「おう」

「んでその後格ゲーしようよ」

「何でや! 格ゲー関係あらへんやろ」

「一戦だけでいいから~」


 芯太郎は逃げ込んだ先の風呂場でシャワーを浴びながら、ブツブツと独り言ちる。


「だって、バックスピンなら、ホームランなら誰も怪我しないもん……」


                   ******


 その変態の甲子園決勝、第4打席。望田征士郎のえらんだ初球はカーブ。

 芯太郎はグリップを内側に戻すが、スイングはせずミットに入るのを見送った。まずは1ストライク。


「な、見送り方は見事なんや」

「フォロースルーもできているなら、あとはインパクトだけか」

「意図的にバックスピンかけなけりゃ、ライナーだって打てるはずなんや。前打席の三振を見ても、脱却しようとしてる事は間違いない」

「んで、狙い球はストレートってわけかい」


 芯太郎の狙い球など、敦也バッテリーには百も承知。それでも一番ストライクを取れるのがストレートである。三振を狙う以上、どこかで投げないわけにはいかない。


 第二球。選んだのはまたしてもカーブ……が、ここで異変が起きた。


「走ったーッ」


 バックから聴こえる警告がコントロールを乱したか、カーブは高めに外れてしまった。朝比奈の単独スチールである。


「ナイスラン、朝比奈!」

「あの野郎、危ない橋渡りやがって」


 賛否両論が飛び交う智仁ベンチ。これで敦也サイドも少しは慌ててくれるかと期待したが…。


「オーケイオーケイ。征士郎、バッター集中だ。点をやらなければ良い」


 一死で得点圏に走者が進んだと言うのに、まだまだ愛洲には余裕がある。征士郎はロージンを付け直すと、落ち着いてセットポジションに入る。朝比奈へは眼での牽制だけを行い、あくまで芯太郎を打ちとる事に神経を割いた。


 第三球。145キロ近いストレートと判断し、スイングにいく芯太郎。


「うん!?」


 しかしバットには当たらなかった。ストレートでは無く沈み気味のツーシーム。かつて智仁も苦しめられた、流行のムービングファストボールだ。


 これで、準備カウントは整った。


「来るぞ、ストレートが」

「けど、そのマグナスなんたらが乗ったストレート、芯太郎に打てるかどうか……」

「打てるよ」


 汗が引かない真柄の強気な発言に、ベンチの士気も上がって来た。ここで芯太郎が打てば、試合を振り出しに戻せる。


「芯太郎、頼む!」

「優勝したいんだ俺達ゃあ!」


 征士郎の足が地面から離れる。今回の神主打法はそこから始まった。

 ストレート一本に絞った、始動の早い神主打法。呪いの時ほどスイングは鋭くない。それでも、高坂・真柄と造り上げた自分なりの最高のスイング。


――来い、征士郎!


 投球は予想通り高めに来た。その高めの水平線目がけてバットを振り下ろす。インパクトの瞬間、ライナーを打つイメージでフォロースルーまで持っていく。

 


 当たった!


「……主審!」

「ストライク、バッターアウト!」


 当たった感触は確かにあった。しかし、火花が散ったかのような音がした後、愛洲のミットにボールは収まっていた。


「まさか、当てるとはね……みなよ斎村君、球速表示を」


 愛洲の指さすままに視線を送ると、球速表示に157キロが記されていた。


「は……」

「は……」

「速ぇぇーーーーッ!?」


 渾身のストレート相手に、結果は敢え無く三振。俯きながら帰ってくる芯太郎を、真柄が青ざめた顔で迎える。


「やったじゃん」

「……何が? 凡退したんだけど俺」

「見てみなよ望田を。あれは間違いなく敗者の顔だ」


 マウンドを過剰に踏み鳴らす征士郎の眉間に皺が寄っている。ファールチップになった事が、よほど予想外だったのだ。


「素のお前に当てられるなんて思ってなかったんだよ」

「征士郎……」

「さて。次の打席は本当に期待してるからね」


 そう言うと、真柄は引きつった顔で里見を連れ、アップを始めた。


「次の打席……あれば面白いんだけど」


 伊集院も三振でチェンジ。試合は七回裏を終わって4対5。

 芯太郎に回すには、少なくとも2人のランナーが必要であった……。

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