9回:真柄VS芯太郎
「早くしろ、マウンドまで整備されちまう」
「……」
四面楚歌の中、芯太郎は渋々打席に立つ。
「そうこなくちゃ!」
「て、手加減してね」
「オッケー! 無問題!」
真柄はノーワインドアップから足を上げると、トルネード気味に肩を内側に巻き込む。
ギリギリまで我慢して『溜め』を作った腰が鋭く回転すると、オーソドックスなオーバースローから硬球が放たれた。
130キロは出ているであろう快速球。空気を切り裂くギュルン、という音が芯太郎の耳に届いた。
「ストラーイク!」
芯太郎が見送った外角を舐めるスピードボールは、キャッチャーがいないのでバックネット下のコンクリートに跳ね返った。四つ、五つバウンドしたところで、真柄のいるマウンド付近へ戻って来た。
「速いやん、真柄」
「まぁ軟球よりもスピードは上がるからな。あれでもまだ軽く投げてるはずだ」
高坂と里見は腕組をして、間近で見る真柄の球を分析した。
「おーい朝比奈~、変化球混ぜた方がいい?」
真柄が叫ぶように朝比奈に尋ねる。
「何で俺に聞くんだよ!」
「主催者だろぉ?」
「勝負が見たいわけじゃない! ストレートだけ投げろよ」
「オッケー」
全く同じフォームから二球目を投じる。フォームが固まっているということは、投手として相当練習を積んだという事である。
やはり真柄はタダ者ではない。そう感じさせる二投目。
「ストライクツー!」
自分でジャッジして叫ぶ真柄。今度はど真ん中のストレート。
コーンと耳に心地良い音と共に、ボールは再びコンクリートに直撃し、跳ね返る。
「おいおい、手が出てないやんか」
「いや、球筋を見極めたんだ」
高坂が侮ると、里見が見解を述べた。
「一打席ってことはストライク三球で終わりだ。二球見てタイミングを計り、一振りで仕留める。スラッガーならこのくらいの事はやるだろう」
「いや、打撃はタイミング掴んだだけじゃ成功せんで」
発言権を高坂が奪う。里見の言う通りタイミングを二球で掴めたとしても、それはヒットを生み出す要素の一つに過ぎない。
「大事なのは、自分のイメージと実際のボールとの差を埋める事やろ」
「まぁ、それも大事だな」
高坂のもっともな発言に、里見も同意した。
「普通ならスイングしてみて、バットの軌道がボールの下か上か確かめると思うけどな。想像よりボールが速けりゃ、バットはボールの下を通るはずやから、そこから修正して……あっ」
直後、高坂は自分の発言を顧みて、背筋を凍らせた。
「まさか」
「ああ。それをしないってことは……」
里見も同じ結論に辿り着く。
「真柄のストレートは、あいつにとっては一球でアジャスト可能。つまり『遅い』ということになるな」
「アホな、130キロ台のストレートやで? バッティングセンターじゃないんやぞ」
「あいつの眼に映る真柄の球には、既視感があるのかもしれん」
一振りで勝負を決める自信。それは裏返せば、このぐらいのボールを過去に打ち返したことがあるという経験を持つ事に他ならない。
「最後いくよー、芯太郎」
「……」
真柄程度のスピードボールなら、何度も打ち崩したという実績があるのに違いない。二人の武者震いを起こす中、芯太郎が遂に構えた。
「うおっ、雰囲気あるやんか」
「ありゃ、神主打法じゃないか」
バットを一塁方向に寝かせて、投球と同時に全身を総動員する伝説の打撃フォームである。過去このフォームを基調としたスラッガーは数知れず……。
一年生達は否応なしに、芯太郎のホームランを予感する。嫉妬にかられていた朝比奈でさえ、その構えに大物感を覚えてしまった。
「真柄! 変化球を!」
「待て! ストレートでいい!」
朝比奈の提案を里見が退ける。
「何でだよ!」
「今みたいのは真柄との勝負じゃない。あいつの実力だ。お前がそう言っただろう」
「うっ」
しまった、という顔をする朝比奈。いつの間にか、真柄に芯太郎をどうして打ち取ってほしくなっていた。嫉妬が、そうさせていた。
「どっち~?」
「まっすぐだ!」
「オッケー。芯太郎、いざ勝負~」
真柄は洗練されたフォームで三度、足を上げる。それに呼応して、芯太郎の神主打法も始動する。
緊迫の第三球。投じられた次の瞬間、ストレートの風を斬る音が、金属音に掻き消された。




