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左中間の悪魔 ―呪われた力で目指す甲子園―  作者: 大培燕
一年夏 ――小笠原の章――
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8回:証拠を見せろ

「おい、斎村。早く取りに来い」


 円陣から返事は来ない。


「コラァ! 斎村芯太郎! 返事をせんかぁ!」


 円陣がざわついて、上級生が芯太郎を探し始める。が、どこにも見当たらない。


「あ、あの~」

「なんじゃあ、一年!」


 怒りの表情を見せる畑山に、里見は一歩引いてしまう。だが、事実は事実として伝える必要があった。


「し、芯太郎なら、あそこに」

「あぁ?」


 里見の指先は、トンボを押してグラウンドを懸命にならす芯太郎に向けられていた。


「斎村ァ! お前そんなとこで何ボサッとしてやがる! さっさとここまでこんかぁ!」

「えっ、あ、はいぃ!」


 トンボを丁寧に脇に置いてから、全力でファールグラウンドを駆ける芯太郎。俊足を飛ばし、40秒で円陣に到達した。


「な、何でしょうか? 畑山キャプテン」

「何でしょうかじゃねぇ! 春季大会ベンチ入りだ! さっさと背番号を持っていけ!」

「いてっ」


 理不尽に拳骨を頭に喰らう芯太郎。


「おっとすまない。ハゲが増えちまうな」


 瞬時に円陣に爆笑が起こったが、壇ノ浦監督の咳払いで収まった。芯太郎は涙目になっている。

 だがもっと涙を流したくなっていたのは朝比奈である。朝比奈は後先考えず、そのやるせなさを爆発させた。


「待ってください!何かの間違いですよ」

「何が?」


 朝比奈の問いに畑山は、何が問題なのか分からないと言いたげだ。


「何がって芯太郎……斎村はずっと雑用をやってたんですよ?いきなりベンチ入りなんて有り得ない!」

「だが監督から貰ったリストにちゃんと書いてある。間違いじゃない」

「そんな馬鹿な!」


 食い下がる朝比奈を尻目に、芯太郎はすごすごと舞子へと歩み寄り、18番の縫われた背番号を貰おうとする。舞子は『えっ、いいの?』と言う目で朝比奈を見る。


「ま、待て!」

「え、待てって……?」

「待てとは何だ、朝比奈」


 芯太郎は困惑し、畑山は怒る。


「おい朝比奈ァ!」


 屋島コーチが口を開く。口が過ぎている事に朝比奈は今頃気づいた。壇ノ浦の表情を見たが、相変わらずのポーカーフェイス。これでは怒っているのかどうかも分からない。


「監督の決定だ。逆らうな」


 こう言われてはどうしようもない。『背番号18』、即ちベンチ入りの権利は芯太郎の物なのだ。もう快楽殺人犯の乱入でもないかぎり、覆りようのない事実なのだ。


「では、本日の練習は終わりだ」

「ありがとうございました!」


 コーチと監督に挨拶をして、上級生はグラウンドを後にする。残されたのは一年生のみ。


「おい、芯太郎」


 裁判の時間である。舞子の前で恥をかいた朝比奈は、芯太郎に歩み寄る。

 数時間前まで見せていた弟分への優しさは、消え失せていた。


「どういう事だよ、一体!」

「ど、どういう事って? 顔怖いよ、朝比奈」

「何で特待生でも推薦でもないお前が、ベンチに入るんだよ!」

「よせ朝比奈!」


 里見が必死に止める。暴力沙汰になっては上級生に眼を付けられかねない。


「離せ里見!」

「な、何で君が怒ってるのか俺には理解できないよ、朝比奈」

「お前ェ!」

「よせ、止めろって!高坂、真柄!手伝ってくれ」

「しゃあないな、もう」


 力のある高坂が力ずくで朝比奈を引きはがす。


「けど俺も知りたいんや、芯太郎。お前が俺達を差し置いてベンチ入りする理由を」

「高坂……だっけ?」

「安心しろ。そこの馬鹿みたいに暴力は使わへん。ただ納得いかへんのも確かなんでな」


 高坂もまた、少なからず怒りを覚えている様だ。一週間前、上級生に笑いものにされた原因が芯太郎であるということに気づいたらしい。


「理由って言われても……監督が決めた事だから」

「ただのスコアラーなら背番号を貰う必要はあらへんから、ベンチ入りしてる以上……お前は戦力と見られとるってことや。その実力を見せて欲しいねん」

「見せるって?」

「プレーを今ここで見せろってことじゃ」


 高坂や朝比奈が引き下がる様子はない。芯太郎は明らかに動揺している。


「それはちょっと……」

「納得したいだけやって。勝負とかそういうのじゃないから安心しろや」

「グラウンド、整備中だし」

「……」


 一理ある意見だった。同級生が必死になって整備しているグラウンドを再び荒らすのは気が引けた。高坂が諦めかけた直後、里見が口を開く。


「マウンドとボックスの整備はまだ終わってへん。真柄に投げて貰え」

「え~、俺?」


 真柄は既に荷物を纏め、部室へ帰ろうとしていた。


「俺は早く帰って格ゲーしたいんだけど~」

「まぁ付き合え真柄。俺は実力不足だと自覚してるから嫉妬などしないが、野球はチームスポーツだ」


 遂に里見まで加わって三対一。徐々に逃げ場が失われていく。


「何でお前がベンチに入るのか俺も知っておきたい」

「里見、だっけ?そんなの俺も知りたいよ」


 なおも拒む芯太郎に、高坂が再び口を開く。


「俺は何度かお前と連携したよな? お前の守備が上手いのは知っとる。だがそれだけで俺らより評価されるとはどうしても思えへん」

「高坂と俺の差は、硬球に慣れてるかどうか、それだけだよ。俺はシニアの出身だから」

「え~、そうなの?」


 真柄がボールを指先で弄びながら、お道化た声をあげる。朝比奈も初耳だった。舞子から、シニア出身は新入生には一人もいないと聞いていたからだ。

 だが何もかも秘匿するのが芯太郎である。この情報を誰も知らないのは、当然と言えば当然だった。


「うん。それが理由だと思う。だから帰ろう、朝比奈」

「いや」


 朝比奈は冷静さを取り戻していた。


「それなら他の上級生でいいはずだ。それを16人も外してお前を選ぶのはどう考えてもおかしい」

「俺もそう思う」


 ベンチ入りに漏れた者同士。高坂が、朝比奈に同意する。


「というか単純に、お前のバッティングを見たい」

「そんな! 俺、今日まで雑用しかしてないんだよ?」

「おーい、一打席でいいの~?」


 驚いた事に、真柄は既にマウンドに登っている。何だかんだ言って、真柄も初めからやる気だったのだ。


「ほら、バット」


 止めようとしていたはずの成田がバットを持ってきた。健全な場を確保した後は野次馬の馬脚を現していた。芯太郎は半泣きでグリップエンドを握った。

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