65話 Life Goes On ~like nonstop music~
「ちっくしょうお前、卑怯だぞ! 降りてこい!」
天竜人が空を飛んだ事によってこっちの攻撃手段がほぼ断たれてしまった。それだけならまだジリ貧でなんとかなったが、面倒な事に天竜人は空から火球を吐いてきている。今はまだルールオブブックを使って部隊の損耗はゼロだが、このままでは競り負けてしまうのは明白だった。
くそう……カンナ以外反撃すら出来ない。こんな事なら毒飲ませたりして弱らせてから戦えばよかった。…………俺の事を卑怯だと思ったそこのお前、俺はどんな事やっても許されるんだよ。なんていったって主人公だからな!
「とは言ったものの、どうっすっかな」
つけいる隙があるとすれば天竜人の行動パターンだな。奴はさっきから変わることなく周囲を一周してからあるポイントで火球を吐いてまた飛び回るという行動をとっている。俺達が何かするとすれば、奴が火球を吐いた直後に限られる。それ以外は空中にいるからどうしようもない。
問題はどうやって空中にいる天竜人にアプローチするかというところだ。こっちは空中にいる敵に対して極端に攻撃手段を持っていない。弓は当たっても硬い鱗に阻まれるし、カンナの魔法は予備動作があるから避けられてしまう。ならば、どうするか。なーに、悩むまでもないな。ゼロ距離で攻撃すればいいだけの事。
とるべき行動は決まった。俺はルールオブブックを使い、食人族とカンナを俺の元まで呼び戻した。そして、ある『お願い』をした。
「お前ら! 気合いれろおお!」
気合一閃。俺は食人族とアンジェ、フェンを天竜人が一時的に止まる場所の真下に配置した。そして、カンナ率いる魔法使い部隊を天竜人目にはっきりと留まるように横にバラけて配置させた。
「ぬおおおおおお!」
時は来た。天竜人が火球を降らせようと宙に留まった。
「いけええ! カンナあああ!」
魔法使い部隊の各々が得意とする魔法を地面に向けて思い切り放った。砂煙という表現が甘く感じる程の砂による煙幕が焚かれた。
「おおおおおおお!」
食人族達の野太い声。砂煙にまぎれて食人族達の組んだやぐらを踏み台にしたアンジェとフェンが、天竜人の背中に飛び乗った。
乗ってさえしまえば、天竜人などアンジェとフェンにしてみればただの硬い岩石と変わらない。
「どっせーい!」
「フフフ……」
う、ううむ。アンジェは火薬槌でドッカンドッカン攻撃してるのに、どうしてフェンはギコギコと鱗を削りとっているんだ。しかも薄っすら冷たい笑みを浮かべながら。そんなに一方的に攻撃されていたのが気に食わなかったのだろうか。若干カンナとキャラがかぶってますよー、と。
「ぬおおおおお! 我は負けぬ!」
天竜人はそう言ってるけど、結果は見えていてた。誰だって背中からの攻撃には対処出来ない。10分後、決着が着いた。人型に戻った天竜人の背中は一部がボロボロになっていた。だいたいフェンのせいだ。
「俺達の勝ちだな。約束は守ってもらうぞ。俺の下につけ」
「……我も武人の端くれ。約束は守ろう」
項垂れる天竜人の肩に手を置き最高の笑顔を作った後、俺はこう言った。
「お前ら、皆俺の奴隷な?」
などという相手にとっては洒落にならない悪ふざけを楽しんでいると、俺達が歩いて来た方向とは真逆、つまりは決闘場の更に先から何かが飛んでくるのが見えた。あれは多分竜人だ。しかも女の。これは俺の勘がささやいている。
「お父様!」
ほらやっぱり。女だった。しかもとびきり可愛い。あの娘がリュウメイちゃんに違いない。絶対そうだ。あの気が強そうなちょっと釣り上がった目、まだ子供だからか人型になりきれずに背中から羽が出ているところなんか超キュートだ。体の成長具合もフェンやカンナに比べると幼い気もするが、そもそも比較対象がおかしいからな、見た目年齢的にいえばかなり成長が早い方だといえるだろう。
「リュウメイ……。すまぬ、我は負けた」
「いいんです。お父様の戦い振りは私が目に焼き付けました」
「うんうん、美しい親娘愛だね。と言いたいところだけどこっちにも色々と予定があるんだ。とっと荷造りして引っ越しの準備をしてくれ。あんたらにはこれから俺の国に住んでもらう必要があるんだ」
「何を言って―」
「よいのだ、リュウメイよ。これは敗者に課せられた使命。公平よ、頼む。娘の身の安全だけは保証してやってくれぬか? これは我の宝なのだ」
「ああ、大丈夫大丈夫。奴隷になってもらうとは言ったけど、別にあんたらの自由まで奪う気はないから。ただ色々と仕事をしてもらうだけだから。もちろん戦いもね」
「誇り高き竜人族に何を!」
「リュウメイ」
俺に食って掛かろうとしたリュウメイちゃんを天竜人が諌めた。
リュウメイちゃんは実に気が強いな。こういう娘は今までの嫁候補で初めてだな。
「ま、そういう事だから。これからよろしく。細かい契約内容なんかは俺の国に行ってから話し合おう。代表は天竜人でいいよね?」
「うむ。我が代表しよう」
そうして、俺達の長い遠征は幕を閉じた。結果は上々どころか思わぬ収穫が二つもあった。食人族を新たに仲間に引き入れられた事、ルールオブブックという最高のスキルを俺が獲得した事。非の打ち所がない完璧な成果だった。やはり俺は天才だな。
戦いに負けたばかりだというのに、やけに元気あふれる竜人達がせっせと引っ越しの準備をしているのを観察しながら、俺は今晩の夕食のメニューを考えていた。




