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50話 God only knows

 105日目


「もっと待たされるものだと思ってたよ」


 この大陸の大半の商人が身を寄せる商業組合国家セルフィナの頂点に立つ男、セラムは俺が部屋に入るなりそう言った。


 嬉しそうにニヤけるその顏は、俺が出す答えを既に知っているかのようだった。いや、実際知っているのだろう。


「答え自体は決まってたさ。でも、お前の思い通りになるのはシャクだな」


「そんな事言わないでほしいな。さあ、僕に答えを聞かせてくれ」


「ユグドラシルはセルフィナと同盟を結ぶ」


 俺の言葉を聞いたセラムは今までで一番の笑顔を見せた。心底嬉しいのだろう、椅子に座ったままよくわからないダンスを踊り始めた。とてもじゃないが20才とは思えない。こんな奴とこれからやっていかなきゃならないと考えると溜息が出る。


「気は済んだか? 俺はさっさと条件を詰めたいんだけど」


「ごめんよ。もう大丈夫だ。条件だったね。こちら側がまず提案するのはセルフィナに属する商人がユグドラシル、スフィーダ、ウォームと取り引きする際にかかる費用を6割僕らが負担する」


 6割マイナスか。美味しいな。でも足らん。食料の問題がほぼ片付いた今、次にやるべきは兵力の増強。俺の関与する3国とも兵力が心許ない。


 今のところはドワーフの作った質の高い武器と、黒色火薬爆弾でなんとかなっているが、近い内、きっと戦争が起きる。ハウトゥーファンタジーがそれを示唆していた。


 ハウトゥーファンタジーには「闇が来る」と書いてあった。明確な記載がないので闇の意味するところはわからないが、まあ間違いなくよくない事だよね。ゲームとかだと魔王軍が人間界に進行を始めた、とかそんな感じか。


 そしてなんとなく、本当になんとなくだけど、「闇」とこの世界に来た当初メアリーが言っていた世界を救え。この言葉と関係があるように思える。


 世界を救え、ねえ。天使は何を言ってんだか。人間1人に出来る事なんて限られてる。世界を救う事が出来るのなんて、それこそ英雄だけだ。俺はそんなのガラじゃない。


 おっと、いつの間にか思考が逸れてしまっていた。セラムと話している時に油断は禁物だ。危ない危ない。


「6割か。まあ美味しい条件ではある。でも、それ一旦置いておいて俺の話しを聞け。概念が欲しいんだろ?」


「おや。そんな簡単に教えていいのかい? 僕らとしては嬉しい限りだけど、君からしたらマズイんじゃないかい?」


「残念ながら俺様の天より賜った脳ミソはそんな事くらいで損はしないようになってるんだ。いいか、よく聞け。インフラの整備をしろ。そうすれば大陸の経済は今よりも回るようになる」


「ふむ。詳しく聞かせてくれ」


 俺の狙いはつまりこうだ。インフラとは社会生活の基板を成すものを指す。この世界――いやこの大陸と言い換えた方がいいか――は小国が乱立している。


 各々の国ごとに見ていくと、一見してインフラが整っているように思えるが、それ以外の土地はどうだ? 全くの野ざらしだ。辛うじて土が踏み固められた場所もあるが、そのほとんどが獣道のような様体だ。


 そんな状況では商売が出来る人間は限られてくる。裕福な人間、初期投資が出来る人間のみが商人になれるのだ。それでは肥える人間はより肥え、痩せる人間はより痩せる。そうして奴隷商人なんてものが生まれる。クソ格差社会の出来上がりだ。


 では、この状況の何が不都合か。何らかの才能があるにも関わらず、小さな集落で一生を終える者が出てくる事だ。


 そしてそれが顕著に出るのが科学だ。どれだけ本人が優秀でも必ず限界はある。よりよい環境、よりよい機材に囲まれて研究を行うべきなのだ。それが出来ないからこそこの世界の科学技術は低い。


 エルフは知能が高いし、ドワーフは冶金に優れている。これだけの人材が揃っているのにも関わらず技術レベルが低いのは一重にインフラが整っていない事に起因する、国ごとの繋がりの薄さだ。


 それらが解消すれば、今よりも多くの人間が国同士を行き来し、技術の伝来が始まる。技術レベルが上がれば人口も増える。人口が増えれば労働力が上がり、大陸の開発が進む。


 何百年かかるかわからないが、そうすればきっと、魔法という要素が不確定だが、俺のいた世界と近い形になるはずだ。知識がつけば部族差別も無くなるだろう。そうすればフェンが悩んだりする必要もなくなる。


 ここまで言っておいてなんだが、技術レベルが低いおかげで俺達が得をしていないと言えば嘘になる。現に今も、この世界のレベルの低さを逆手にとって思い切り俺に都合のいいように物事を運ぼうとしているしな。


 そうして、軽く触りだけになるが、インフラについての説明とメリットをセラムに話した。こいつならここまで話せばインフラの重要性に気付くだろう。


「……君は一体何者だい? 僕は悪魔と言われても信じるよ」


 またかよ。魔王って言われたり悪魔って言われたり俺も忙しいな。俺は普通の人間だっての。


 レオナルド・ダ・ヴィンチもこんな感じだったのだろうか。万能人の異名をとる彼は当時では考えらない程の概念を確立し、後世にその名を残している。


 今にして思えば、彼も俺のように飛ばされた人間だったのだろうか。そう定義付けると色々と納得できる。時代時代に一気に技術レベルを押し上げた天才達。彼らも俺と同じだったりして。


「俺は人間です。ただのね。まあ天才だというのは否定しない」


「ハハハ……。君と話しているといかに自分が無能か痛感するよ」


「んなこたーない。俺とお前じゃ畑が違う。商売の話しになればこうならない」


「いや、これだって立派な商売だよ。全くもって怖いね。君に見目麗しい女性がなびく理由がよくわかった」


「そんなに褒めるなよ。でもま、これで俺はきっちり仕事はしたぞ。十分過ぎる程お前に概念の提供をした。見返りを寄越せ。さっきと同じとか言ったらぶん殴るぞ」


 商人は等価交換を基本理念に、取り引きだけはしっかり行うはずだ。そして、今回俺が提示した概念な将来に渡って相当な利益をもたらすもの。俺の言いなりになりますって言ったって足りないくらいだ。


「いいだろう。限度はあるが、基本的に君が物資を要求した場合僕らは無償で提供する。物資の中には人間も含まれる。そしてもう一つ生涯に渡ってセルフィナは君に敵対しない。セラム・ウィストリアの名に誓おう。徹底させる」


 完全大勝利。最初はどうなる事かと思ったが、うまくまとまりそうだ。流石は俺様だな。実質セルフィナが下についた形じゃん。最高の気分だ。


「足りないくらいだが、まあいいだろう。あ、でもインフラに関しては俺主導でやらせてくれ。あれは色々と難しい」


「もちろんだ。最初からそのつもりだったよ。本部はどこに作る? 僕としてはセルフィナにお願いしたいんだけど……」


「すまんがユグドラシルで頼む。俺は長期間ここを離れる事は基本的にしたくない」


「そう、か……。よし、わかった。なんとか時間を見つけて僕もここに足を運べるようにするよ。ここまで長期に渡る契約を結んだのは初めてだよ。これからよろしく」


 満足気な様子でセラムは右手を俺に差し出した。が、どうしても俺にはセラムの嬉しそうな表情を見るとケツがキュッとなってしまう。初対面で君が欲しいと言われた事が中々にトラウマになっているようだ。


 しかし取り引き相手の求めを断るのは流石にあり得ない。俺は無意識の内にケツに力が入るのを感じながら、その手を握り返した。


「よ、よろしく」


「ああ、よろしく。契約書は僕が作るよ。契約者は僕とサトゥナカでいいよね?」


「ああ。そうだ、せっかくだから飯食ってかないか? 同盟国になった訳だしさ」


「いいのかい? それじゃあせっかくだからご相伴にあずかろうかな」


 ユグドラシルが重要な一歩を踏んだ日だ。ハルにまた料理を頼もう。食材はセルフィナ持ちだし、大量に使おう。



『サイド』


 森の中に1人の男が倒れていた。大日本帝国陸軍軍人、久遠寺直志だ。その体は大きく傷ついていた。生きているのが不思議なくらいだ。


 傍目から見れば死体にしか見えない体がもそっと動いた。久遠寺の意識が覚醒する。


「ここは……?」


 久遠寺は必死に記憶を辿った。私は確か、米軍基地を破壊しようとして……撃たれたはずだ。ならばここは死国か? 死国であるならば何故自分は怪我を負っているのか。人を殺めた罰なのか。永劫に渡り、この痛みを抱き続けねばならぬのか。ならばそれはそれで構わない。後悔があるとすれば残してきた家族、そして、我が大日本帝国は勝ったのだろうか。久遠寺はそれだけが心残りだった。


「初めまして、久遠寺直志さん。私はデビル。悪魔よ」


 いつの間に現れたのか。デビルと名乗った女は久遠寺の頭上から、久遠寺を見下ろしていた。彼女の作った影で顏がよく見えなかった。


「悪魔……ならばここはあの世で、私は罪人か」


 久遠寺の言葉を聞いたデビルは、目がかすむ久遠寺にも見えるようにはっきりと笑った。


「いいえ。あなたは転移したのよ。私の力でね」


 この女は何を言っているのだ。転移? 何を馬鹿な。ドイツなどがそのような研究を真剣にしていると耳にした事はあるが、所詮は眉唾ものだ。


 やはり、ここはあの世で、彼女は私を罰する鬼か何かなのだろう。そうでなければ夢である。私にこんな妄想があったとは夢にも思わなかったが。


「信じていないみたいね。ま、あの時代の人間相手じゃ無理ないか」


 デビルは久遠寺を見下ろすのやめ、胸を反らし溜息を吐いた。


 デビルが頭上から離れた事で、久遠寺の視界は広がった。そして、久遠寺は自身の目を疑った。


 血によるものなのか、打撲によるものなのか、もはやわからなかったが、かすむ目でもはっきりとわかった。彼女の背中からは黒い羽が、尻からは細長く黒い尾が生えていた。


「お前は何者だ?」


「あら、言ったじゃない。悪魔よ」


 楽しそうに言うデビルに、久遠寺は言い知れぬ心の揺れを感じた。


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