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31話 千の夜をこえて

32日目



 結果だけ言おう。期待に胸踊らせていた銃の生産は失敗に終わった。正確に言うならば、銃自体は量産出来た。しかし、弾の量産だけがどうやっても出来なかった。雷管の製作が出来ないのだ。


 結局、手に入れたレイジングブルは俺専用の護身用具として落ち着く事になった。弾は一発辺り、150円。つまりは1500の経験値が必要という事になる。とてもじゃないが誰にでもポンポン使わせる訳にはいかない。


 だが、悪い事ばかりでもなかった。ブリッツ王に銃の有用性を説いた事によって鍛冶工房の建設はほぼ終了した。そのおかげで、黒色火薬の量産には成功した。もっとも、作成に必要な硝酸カリウムは俺がお買い物スキルを使い、購入しなければならないという条件付きで、だが。


 硝酸カリウムは500グラム1200円で買える上に、硫黄はこちらが用意せずともウォームが不自由ない量用意してくれた。木炭に関しても、完成しつつある鍛冶工房で量産出来る。つまり、黒色火薬を使った爆弾の製作は概ね成功に終わったといっていいだろう。


 現在俺の国で作成された黒色火薬爆弾はウォームを中心にして輸出し、ドミーナの防衛に使われている。


 また、黒色火薬爆弾は思った通り魔物にも有効だった。ウォームに輸出したものに比べると量は少ないが、スフィーダにも送り、防衛に使われている。もちろん、俺の国の防衛にも使われている。


 ドミーナという資源を安全に共有財産とする事が出来たおかげで、当初計画にあった特区の建設も順調に進んでいるようだ。このままいけば、後20日を目処に完成が見られそうとの事だ。


 それだけじゃない。俺の国の開拓は驚く程の進歩を見せた。早い段階で移民してきていたエルフ達は既にシャラで暮らしていた頃と変わらないような生活形態を取り戻していて、最近では近くの森にウサギ等の獲物を狩りに行っているそうだ。


 モントーネ村の移民も完了し、ウォームから手の余っているドミーナの民を借りてきて早い段階で住処を確保出来たのが功を奏し、彼らはすぐに畑を作り始めていた。


 俺はといえば、ウォームとスフィーダの間を行ったり来たりして双方の問題解決に勤しむ傍ら、俺の国を育てるために借りてきたドミーナの民に、家畜小屋の建設の指示をするなど、いつ休んでいるのか自分でもわからなくなるほど活動的に行動していた。


 と、いった具合に20日の間に多くの事が計画が軌道に乗り、問題らしい問題をことごとく解決した。


 そして現在は。


「そうそう。硝酸カリウム750グラムに木炭の粉末を150グラムをよく混ぜて、最後に硫黄を100グラム入れて混ぜる。終わったら、あそこに集めておいてね。何度も言うけど絶対に付近で火を使ったらダメだよ。皆吹き飛ぶから」


 こうして手先の器用なエルフ達に、貿易で欲しいものを調達してくる事を条件に黒色火薬の製作を行わせていた。


 現物の威力を見ているからまずないとは思うけど、配合を適当に行う可能性があるから定期的に監査を行う必要がある。


「公平」


「ああ、騎士長。そっちはどう?」


「家畜小屋の件だが、概ねお前の思い描いた通りに進んでる。後は、娯楽施設だったか? そっちはからっきしだ」


「そうかあ……」


 人間が生きていく上で娯楽はとても重要だ。日々の労働で疲れた心身をいたわり、ストレスを和らげる事を怠ると、すぐに人間は人間性を失っていく。溜まっていく不満がどこに向かうか。考えるまでもない。自分達を支配する体制だ。要するに俺だ。


「あーちくしょう。タバコ吸いてえ」


 こっちに来てからというものタバコを吸っていない。日々襲い来るものを解決する事に集中していた頃はそんな事を一切思わなかったのだが、余裕が出来てくると途端に欲が生まれるようになってきた。


 元々、俺はこっちの世界に来る前はタバコを吸っていた。と言っても、それ程吸っていた訳ではない。日に2、3本。月に2箱吸うか吸わないかぐらいだったが、それでも吸っていた事に変わりはない。


 お買い物スキルで買えない事もないが、そんな事にアンジェとカンナが一生懸命稼いでくれた経験値を使いたくはない。でも吸いたい。このジレンマ。


 ちなみに、俺は17の頃から吸っていたが、良い子は真似しちゃダメだぞ?

 

「タバコならあるぞ?」


「いや、いい。こっちのタバコは口にあわない」


 以前タバコが吸いたいと漏らした際に、騎士長がタバコを持ってきてくれた事があった。見慣れない葉巻だった。吸ってみると、酸っぱいのだ。辛いでも甘いでもない。酸っぱい。


 普段、メビウス等の比較的甘いタバコを好んで吸っている俺の口にはあわなかった。酸っぱいタバコとか聞いた事もなかった。


「あーちくしょう。タバコー」


「……タバコ、吸いたいのなら買うべきだわ」


 いつもの如く俺の背後からぬっと現れたカンナがそう言った。


「んー。経験値はカンナ達が稼いだものだからなあ。俺のためだけには使いたくないなあ」


「いいのよ? 私達が稼いだものは公平のものよ」


 うーん。こうして人はヒモになっていくのか。い、いかん。欲望に負けそうだ。止まれこの足! 


「ふぅ……」


 気がつけば俺は家に戻ってタバコをポチっていた。口から吐き出される紫煙が風にそよいでいた。


『ヒモ』


 タバコと共に落ちてきた紙にはただ一言そう書いてあった。何も言い返せなかった。


「我慢は体に毒だわ?」


 背中から音もなく近づいていたカンナが、耳元でそう言った。妙に色っぽいその声音と、耳に当たる吐息がどうしようもなかったが、俺はタバコを吸う事でごまかした。


「ふふ……ふふふ……! いいのよ……公平はそのままでいいの……」


 そうしてのんびりと作業に明け暮れる国民を眺めながらタバコを吸っていると、アンジェが走ってこちらにやって来るのが見えた。


「公平様ー!」


「どうしたんだいアンジェ? 元気がいいねえ。何かいい事でもあったのかい?」


 俺はどこかのアロハシャツを着た金髪の胡散臭い男がごとき風体で聞いた。


「温泉です! 温泉! 温泉を掘り当てました!」


「マジで!? よくやったアンジェ! 百万年無税! 騎士長も呼んで早速行こう!」


 日頃の行いがいいと、こういうところでラッキーを発揮する。これを機に温泉街のようなものを作るのも悪くないかもしれない。



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