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30話 キューティーハニー

 さて、そんなこんなでブリッツ王に銃の有用性を見せる事は出来た訳だが。訳だが……。冷静に考えて、それしか考えていなかった。


「やっちまった……」


 新しいおもちゃを手に入れて、柄にもなく舞い上がってしまっていたのだろう。何にも考えずにここまで来てしまった。痛恨のミスとまでは言わないが、もったいない事をした。


 しかし、過ぎた事でくよくよする程俺は軟弱な男ではない。今ある状況を最善に持っていく努力をすればいいだけだ。


 その昔俺の友人Aは、熱いお茶を俺の股間にこぼしてしまうという大失態を起こした。奴は必死に謝った。寛大な俺は奴を許した。が、奴は何を思ったか急に立ち上がり、ズボンを脱ごうと始めたのだ。


 俺は当然問うた。何をしている? と。すると奴はこう答えた。股間で起こした失態は股間で償う、と。何やら響きだけ聞けばカッコいいような気がしないでもないが、やろうとしている事は紛れも無い変態のそれだ。


 俺が必死で止めたおかげで事なきを得たが、結局奴が何をしたかったのかはわからなかった。しかしきっと、俺にはわからなかったが、あの行動にも何か深い意味があったのだろう。


 話しが脱線してしまった。長々と講釈をたれたがつまりは、まあ帰り道にあるモントーネ村に寄っていこうという事だ。という訳で俺達一行は現在モントーネ村にいた。


 ちなみに、ブリッツ王に銃のデモンストレーションをしたら、2の句も継がない内に俺の計画を推し進め始めた。


「で、だ。ここには何をしに来たんだ?」


 騎士長が頭の後ろで手を組みながら、器用に伸びをしながら気の抜けた声で言った。


「大分後回しになったけど、ドミーナの事とか領地の事とかちゃんと確認しとこうと思ってさ」


「ほー。使者はもう送ったんだろ? ならもう用はないんじゃないのか?」


「いや、今回は別の案件だ。具体的に言うと――」


「またお主らか」


 以前とは違いモントーネ村の村長は武装した男を引き連れずに、1人で俺達の前を訪れた。


「お久しぶりです」


「こっちは久しくしたくないわい! 何しにきた」


「今日はあれです。あれ。村を貰いに来ました」


「は?」


「まあまあ。詳しい話しは村長の家でしましょう」


 俺は口をぽかんと開けたまま硬直してしまった村長の背中を押して、村長の家へと足を踏み入れた。


「公平さんじゃないですか。お久しぶりです。今日はどうされたんですか?」


「ハルをさらいに来ました」


「あらあら。と、いう事はご自分の国を?」


「ええ。まだ小さいですけどね。でも、快適な生活はお約束しますよ」


「それじゃあ、嫁入り道具をすぐ用意しますね。今お茶をお持ちするので、しばしお待ちを」


 そう言って、ハルは退室した。


「待たんかい!!」


 コールドスリープから覚めた村長が叫んだ。あまりの声の大きさにアンジェと騎士長は体をビクッとさせ、カンナは露骨に憎しみのこもった表情をした。というか表情をしたじゃない。いかん、このままでは本当に村長が呪われてしまう。


「カンナ。落ち着くんだ。この人は敵じゃない」


「……」


 カンナはしぶしぶといった様子で上がりかけていた腰を落とした。危なかった。少し悪ふざけが過ぎたようだ。


「さて、おふざけはやめます。真面目に話し合いましょう」


「おま、どの口が言ってんだ……!」


「あはははは。こーへー見てー。ハゲだこがいるー!」


 メアリーが笑いながら指さした先では、脂ぎったハゲ頭がゆでダコのように真っ赤になっていた。今なら頭で茶を沸かせるんじゃないだろうか。へそで茶を沸かすっていうくらいだし、それぐらい出来そうだ。


「こら! メアリー、タコさんに失礼だぞ。すいません。もうふざけませんって。それに、あながち冗談を言った訳じゃないですしね」


 村長は魂が抜けてしまうんじゃないかと思うほど大きな溜息をついた。というかクサ! なんか馬糞みたいな匂いがする。これは指摘した方がいいのだろうか? いや、今はその時じゃないな。話しがややこしくなる。


「いや、もういいわかった。お前相手に腹を立ててもしょうがないという事がよくわかった。それで、今回はどんな話しを持ってきたんじゃ?」


「この土地を我々にください」


「バカも休み休み言え。そんなの無理に決っているじゃろ」


「まあまあ、話しには続きがあります。今、ある場所に国を建設中なんです。そこに移民という形で移動しませんか、っていう事です。移動してくれるのであれば、食料はもちろん家屋の建築に必要な木材なども無償で提供します」


「お主に何のメリットがある?」


「その国っていうのは私のなんですよ」


「はーん。という事はあれじゃな。将来的にわしらはお前の国の国民となる訳だ」


「そうなりますね」


「願い下げじゃ! 何が悲しくてお主の下につかねばならん」


「……ちっ。このジジイ呪う……!」


 小声でそう毒づき、実行しようとしたカンナに焦った俺は、カンナの手を握る事で場を収めた。


「お茶が入りましたよー」


 素晴らしいタイミングでハルが戻ってきてくれた。これによって断る気まんまんの村長の気勢を削ぐ事が出来る。


「ありがとうございます。ハルは俺の国来てくれますか?」


「ええ、喜んで」


「ハル!?」


「まあ、そういう事です。で、どうします?」


「くっ……ん……ぅ……悪魔が……! わかった。……わしも行く」


「それがよろしい。しかし、そうなると問題はここに残りたいという人ですね」


「それに関しては大丈夫じゃろ。ここに住んでる奴らは元々、国というものに憧れているからな。国といえば尻尾振って付いてくる」


 んだよ。ごねてるのはやっぱりこのクソジジイだけじゃないか。ホント面倒くさい人だな。ハルの父親じゃなかったら今頃カンナに呪われてるぞ。夜尿が止まらなくなる呪いとかかけられてそうだ。


「ではあれですね。いつ引っ越すかですが、どうします?」


「そうじゃな。1週間以内といったところかの。もちろん家畜も連れて行って問題ないんじゃろ?」


「もちろん。むしろ連れてきてほしいくらいです」


 そして、あわよくば国全体に分配出来るくらいに繁殖してほしい。長期的に見て、家畜には大きな投資をしておくべきだろう。と、なれば家畜小屋の充実か。冬を安心して過ごせるくらいの設備が必要だな。


「ただ、そうですね。我々もそんなに時間がとれる訳ではないので、場所を教えるので準備が終わり次第、そちらのタイミングで引っ越してください」


「あ、じゃあ私先にそっちに向かいたいです」


「ハルが?」


「はい。正直一刻も早くこの村を出たいんです。私は外の世界を知らないので」


「そっかあ。それじゃハルと後2人くらい俺達の馬車で、場所まで案内して、ハルだけ残って残りの2人には村に帰ってもらう形になるのかな?」


「それでいいと思います」


「待て待て。わしの娘だぞ。なんでお主が決めてるんじゃ」


「お父さん。私いつまでも子供じゃないのよ? 自分の事は自分で決めるわ」


「うっ……だからといって」


「お父さん!」


 おっと。これはあれか。子の親離れってやつか。男なら親父と殴りあって一人前として認められるケースが多いけど、女の場合は女の方が立場が上で、父親が子離れできない感じか。


 ハゲクソジジイがうろたえる姿は中々に見ものだった。滅多に見れるものじゃないだろうから、目に焼き付けておこう。思い出す事はないと思うけど。


「おい公平」


 ハルと村長のやり取りを生易しく見守っていると、騎士長が俺の服の袖を引っ張りながら小声で話しかけてきた。


「どうした?」


「あれだよ、あれ」


「あれ?」


 騎士長が顎で示した先にいたのはアンジェだった。


「アンジェがどうしたのさ?」


「バカ! よく見ろ」


 アンジェは微笑んでいたが、背中にははんにゃがいた。何故だ。


「また騎士長がなんかやったんじゃないの?」


「異議あり! 俺はずっと黙って座っていた。従って、俺に疑われるべき点はない!」


 じゃあ俺か? かといっても俺自身は何かをやったという自覚はない。ひょっとするあれか? カンナの手を握ったからか? 何にせよ、本人に確認をとってみるか。


「アンジェ、どうかしたの?」


「はい? 私はどうもしませんよ?」


「いや、なんか機嫌が悪そうだったからさ」


「いえ? 私は決して公平様が別の女に手を出すのが早いとか? カンナの手を握っているのが気に食わないとか? そんな事は決してないですよ?」


 そんな事は決してあった。なるほど、アンジェの言い分はわかった。しかし、だからといって俺にどうしろと。カンナの件に関しては対処しなければ村長が呪われていたし、嫁を確保しなければ強い国は作れない。


 いや、ダメだ。そんな事を正直に言ってみろ。より機嫌が悪くなるのが目に見えている。そうだ。魔法の言葉があるじゃないか。


「アンジェ」


「はい?」


「俺はアンジェも好きだよ」


「……も?」


 アンジェの背後のはんにゃはより存在感を増し、どういう原理かアンジェが正座していた部分の床板だけがミシミシと音をたててへこみ始めていた。


 ふむ、どうやら俺は致命的なミスを犯したようだ。


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