25話 やさしさに包まれたなら
「ここは……?」
気がつけば俺は、草むらの上に寝転がっていた。何がどうなったんだ? 確か、メアリーに渡された宝石を左手に挿して――
「起きた?」
声に反応して体を起こし、後ろを振り返ると羽を生やした天使のような――いや、実際天使なのだろう――がいた。
「君は?」
「天使よ」
ん? 天使? ちょっと待てよ。まさかとは思うがこの可憐な見た目をした彼女はまさか……。
「ひょっとして」
「ひょっとしなくてもあんたをこの世界に送った張本人よ」
「は?」
「何間抜けな顏してんのよ。だらしない。もっとシャキッとしなさいよ」
「いやいや待て待て」
「待たない。いいからさっさと私についてくる! 早くしないと始まっちゃうわ」
言うだけ言って天使は軽い足取りで歩いて行った。言いたい事は山程あるが、置いて行かれると困るのでしょうがなく後を追った。
「何が始まるんだよ?」
「いい? ちゃんと聞くのよ? ここはカンナの精神世界、ダスクエリア。カンナが今まで培ってきたものの結晶がここよ。本来ならどうやっても他人の精神世界に入る事なんて出来ないところを私があんたのためにやってあげてるの。感謝しなさい」
「言いたい事はいろいろあるけどわかった。で? 俺にここで何をしろと?」
「この第1階層にはカンナのトラウマが詰まってる。あんたはそれを取り除くの。せっかく私が協力してあげてるんだから成功させなさいよ」
「そう言われても……。どうすれと?」
「答えなんてないわ。あんたは人を慰めるのに確実な方法を知ってるの?」
「オーケーわかった。俺なりにやってみるさ」
「そうしなさい。ここはあんたとあんたの嫁と絆が試される場所よ。精々うまくやる事ね。私に出来るのは小さなアドバイスと、見守る事だけよ。……そうそう。ここで死んだら現実世界でも死ぬから気をつけなさい」
「そいつあヘビィだ」
『第1の記憶』
「やーい。お化けの子供だー! 皆ぁやっちまえ!」
小さな子供達が1人の女の子に小さな石を投げつけていた。女の子はうずくまって頭を抱えていた。
「うぅ……。痛いよぅ。やめてよお」
俺は気がつけば駆けていた。女の子の前に立って、壁になる。
「やめろ! 弱い者いじめはやっちゃだめだろ?」
子供達から見て大人である俺の登場に、子供達は目に見えてろうばいしていた。口々にだって、だの、こいつが、だのと言っていたが、いつまでたってもいなくならない俺に観念したのか、子供達は散り散りに消えていった。
「大丈夫かい?」
「おじさんだあれ?」
俺は驚いた。うずくまっていた子はカンナだったのだ。
涙に濡れた瞳が俺を見つめていた。まるで、怯えるように。
「おじさんじゃなくてお兄さんって呼んでほしいな。お兄さんはね公平っていうんだ。君の味方だよ」
「ほんとっ!?」
「ああ。ホントさ。カンナちゃんはどうしていじめられていたんだい?」
「? お兄さんなんで私の名前を知ってるの?」
参ったな。多分、ここは本当の事を言うべき場面じゃない。適当にお茶を濁すか。
「この間、カンナちゃんが名前を呼ばれているの聞いたんだ」
「そうなんだ」
子供は純真でいい。こんな明らかな嘘でも納得してくれる。でも、だからこそ、あまり嘘はつきたくない。胸が痛くなる。
「ああ。それで? どうしていじめられていたんだい?」
「あのね、私のおうちはじゅじゅつしっていう家系なんだって。だから、皆不気味だって言って私の事をいじめてくるの」
「そっかあ。お兄さんもね、呪術師のお友達がいるんだ。その人も女の子なんだけどね、すごいんだよ。空から雷を落とせるんだ。頭もとってもいいんだ」
「へえー。すごい。私もそんな風になれるのかな?」
「なれるさ。カンナちゃんなら絶対になれる。お兄さんが保証するよ」
「えへへ」
『門』
「ここは……」
急に視界が暗転したかと思うと、場面が大きく切り替わっていた。
人の通りのない道路。明るかったはずの空は暗くなり、辺りを照らすの建物に備え付けられた松明だけだった。
「なんでこんなところに」
「そりゃそうよ。ここはカンナの精神世界だもの、なんでもありよ」
「あなた、こんなところで何をしているの?」
ポニテールの活発そうな印象を受ける少女だった。年の頃は14、5くらいといったところか。手にしたなぎなたをこちらに向けて、油断なくこちらを睨んでいた。
「ちなみに天使である私はあの子には見えていないから。頑張りなさい」
ホントなんでもありだな。こっちの世界に来てからというもの退屈をした経験がない。常にフレッシュで刺激的な出来事ばかりだ。
「んーと、何って言われると困るんだけど、強いていうなら人助けかな」
「ふーん。人助けねえ。無理よ。あなたなんかにカンナは救えない」
「あ、俺の目的知ってるんだ。なら話しは早い。カンナがどこにいるか教えてよ」
「イヤよ。カンナは傷ついているの。これ以上他人を近寄らせる訳にはいかないわ」
「そんな事言わないでさ」
「くどい!」
ポニテールの少女がいきなり俺に斬りかかってきた。俺は寸での所でそれを避ける事に成功した。
「危な!」
「危ない? あなたという存在の方が危ないわよ! カンナは1人がいいの。他人に干渉なんてされたくないの。他人はイヤ。他人は怖い。だって攻撃されるもの。私はそんな他人からカンナを守るの。だから、消えて!」
ポニテールの少女が再び俺に斬りかかった。俺はそれを先程と同じように避けた――つもりだった。
急に軌道を変えたなぎなたの柄の部分が俺の腹に突き刺さった。半端じゃない痛みと同時にじんわりとした吐き気が俺を襲う。
「うぇ!」
えづく。苦い液体が喉奥から上がってきた。
「痛い? カンナはもっと痛かった。あんたなんか比じゃないわ! さあ、わかったらとっといなくなりなさい! カンナは私が守るの!」
「逃げないさ。カンナは、形はどうあれ俺の事を好いてくれた。なら、俺だってその想いに答えなくちゃいけない。だから、俺は逃げない!」
俺は雄叫び1つ、ポニテールの少女へと突進した。
なぎなたが振り下ろされるが、こんなもの喰らったところで、カンナが受けた心の傷に比べれば軽い。俺は構わず、突っ込んだ。
「うぅ!」
ポニテールの少女を組み伏せる事に成功した。不思議と、抵抗はされなかった。
『街道』
また場面が転換した。今度は昼間の街道か。ここは……多分ウォーム王国だ。見覚えがある。
視界の端に黒いものが写った。きっとカンナだ。
カンナは魔導書を胸に抱きかかえ、うつむきがちに道の端を歩いていた。そこには、俺がさっき見た幼かった頃のカンナの面影は既になくなっていた。どちらかといえば、壊れる前のカンナに近い。
「カンナ!」
「!」
俺が声をかけると、カンナは信じられないといった目をし、魔導書を落とした。しかし、すぐに拾い直し、なりふり構わず全力で走りだした。
「おい! どうして逃げるんだよ? 待ってくれよ」
俺の叫びも虚しく、カンナは止まってくれなかった。それどころか、足が早くなる魔法でも使っているのか、どんどんと距離を離されていき、ついに姿を見失ってしまった。
『部屋』
場面転換にも慣れてきた。今度はどこかの部屋のようだ。やけに沢山の本が置いてある。俺はその辺に置いてあった本を一冊手にして、中を覗いたが、なんのこっちゃさっぱりわからなかった。これらは恐らく魔法に関係したものだろう。で、あれば部屋の主は――
「どうしてここに」
――当然カンナだ。やっと捕まえた。多分このカンナが、さっきのポニテールの少女が必死に守っていたカンナだ。
「カンナと話しをするためさ」
「帰って! 私はあなたに話しなんかない」
「俺にはあるんだ。なあ、どうしてそこまで人を拒絶するんだ? そりゃあ子供の頃にいじめられていたっていうの辛い事だけど、そんなに珍しい事でもないだろ?」
「あなたに何がわかるの! 私の体には、生まれた時からクロサレナ一族の呪印があった」
「呪印?」
「一族の呪いよ。呪印がついてる子は呪いに愛された者として、成長してすぐに呪術について学ぶのよ。自由なんてないわ。来る日も来る日も呪術呪術。最初はそれでもよかった。呪術を覚えるのは楽しかったし、お母様が褒めてくれたから。でもね、ある時気付いたの。私には他の子が当然得られるものを一生得ることが出来ないって。だって私には呪術しかないもの。それだけが私の価値」
「そんな事はない! カンナにはいいところがいっぱいあるじゃないか!」
「いいところ? いいところって何? 家が裕福なところ? お勉強が出来るところ? 異世界の文字が読めるところ? 体? それとも顏? 私の価値なんて結局そんなものなのよ。私から呪術を取ったら何も残らない。空っぽなのよ」
「カンナ……」
「あなただってそうよ。私に運命の人って言われて、面倒そうにする素振りを見せつつも内心喜んでいたでしょ! 私が呪術を使えてあなたの助けになる事が出来るから。でもそれだけ。だからあなたは私があなたのために尽くそうとして自分を変えたら拒絶した。だってあなたが求めているのは私の呪術だけだもの! それ以外は面倒なだけ」
「カンナ、もうやめよう。自分を否定するな。カンナはカンナなんだ。たまたま呪術師として優れた才能を持って生まれたからそういう人生を送っただけであって、呪術が使えなくてもカンナはカンナだよ」
「そんな事ない……。だって、皆は私の呪術だけを認めてくれる。私にあるのは呪術だけなのよ……」
「大丈夫。もしカンナが呪術を使えなくなって、他の皆がカンナに見向きもしなくなっても、俺だけはずっとカンナを認め続けるから」
「……本当に?」
「ああ、本当さ」
カンナが俺に抱きついてきた。俺はそれを優しく受け止めた。
「裏切ったら、許さないんだから……」
世界が白に染まる。多分、現実世界に帰るんだ。
「また今度会いましょう。その時までにもっと成長してなさい。今度はもう少しあんたと話してもいいかもね」
最後に聞こえたのは天使の声だった。
『カンナ・クロサレナ 承認欲求 クリア』
俺達はカンナのダスクエリアに入る直前の態勢だった。カンナの顏が吐息が顏に当たる程の距離にある。
「公平……」
「カンナ……」
「ごめんなさい……。私、あなたに色々と酷い事をしてしまったわ……」
「いいんだ。俺も悪かった。冗談とはいえあんな事は言うべきじゃなかったんだ」
「でも……」
「でももカカシもない。いいの! 俺はカンナが元に戻ったってだけで嬉しいんだから」
「そう……!」
ダスクエリアでしたように、カンナは俺に抱きついてきた。俺も、同じように優しく受け止めた。
「んん、コホン」
声のした方を見ると、若干赤面したアンジェと息を切らせているメアリーがいた。この状況はあれだ。今までのやり取りは全部筒抜けだったという事を示している。
「ああ……アンジェ、これはな」
「わかってますから説明しなくても結構ですよ?」
「ひっ!」
アンジェの背後にはんにゃが見える。まさかとは思うが、俺まで騎士長のような事になる、なんていう展開は無いよな?
「大丈夫……。公平は私が守るから……ね?」
「ははは、さいですか……」
この後、カンナとアンジェのケンカを止めるのに俺が多大なる労力を行使した事は言うまでもない事だ。




