21話 モノクロのキス
口開く前と後に源氏バンザイとつけろ
度重なる魔物との戦闘にめげずに俺達は歩を進め続けた。そしてついに目的地である、昨日の魔物の進軍によって壊滅的な被害を受けたエルフの村、シャラへとたどり着いた。
シャラの状況はさんさんたるものだった。家という家が崩壊し、そこいらにエルフと魔物の両方が入り混じった死体が転がっている。
通過した魔物の数が多かったのか、エルフに戦闘力がなかったのか、はたまたその両方か、何にせよ村は村としての体を成していなかった。
「こりゃ酷い」
「……早く処理をしなければ疫病が流行るわね……」
カンナの言う通りだ。一刻も早く目的を達成してこの場を離れなければ俺達まで疫病にかかってしまう可能性が出てくる。まだ明確に進歩した医療技術が確認されていない現状で疫病は勘弁願いたい。
「人間が何をしに来た」
死骸の山からどんな魔物が通り過ぎたのか調べていると、初老の男が俺達を値踏みするように見ながら近寄り、声をかけてきた。見た感じ、恐らく村長だろう。
「交渉をしに」
「交渉? 見ての通り我々は村の復興で忙しいんだ。交渉がしたいんなら他所をあたってくれ」
「その復興に関しての交渉です」
「どうせろくでもない内容だろ。さっさと失せろ」
「多くはないですが、食料を提供します。その代わり、という訳ではないですが、話しだけでも聞いてください」
交渉を断られるであろう事は予想していた。だからこそ、道中狩った魔物で食べられるものを馬車に積んでいた。
備蓄も何もかもを失った今、こう申し出をされたら村をまとめる立場である村長が断る事が出来ないであろう事も予想していた。その代償に俺達の馬車は相当血生臭くなってしまったが、まあそこはしょうがない。
「……聞くだけだぞ」
ほら、ね? 村長は断れない。村を維持する義務があるからだ。
「ええ、構いませんよ。それじゃ、食料ですが馬車の荷台の方にあります。調理方法についてはお任せしますが、火を通してから食べる事をおすすめします」
「肉か? 麦か?」
「肉です。と、言っても元は魔物の、ですが」
「そうか。助かる。こっちだ、付いて来い」
お、魔物の肉って単語になんの反応もなしか。エルフの食事情は人間とは大分違うのかな。人間とほぼ容姿が変わらないから、そんなに食べるものに違いがあるとは思えないんだけどなあ。
村長と思しき男に案内されて着いたのは、吹きさらしの、恐らく元は立派だったであろう家だった。家の周囲には多くの木が倒れ、かつては観賞用の魚が泳いでいたであろう池には魔物の腕が浮いていた。
「で? 交渉ってのは?」
ジュースと名乗ったシャラの村長は、俺達にお茶を出すでもなく、薄汚れた床にあぐらをかき、面倒そうに聞いた。あるいは偉そうに。
ホントにこう、どうして村長ってのはこんなに偏屈なのが多いんだ。モントーネ村のもそうだった。客人を丁重に扱おうという和の心はないのかね。
「条件さえ飲んでいただければ、我々は村の復興に力を貸します」
「ふーん。条件ってのは」
「指定された土地に復興活動を行ってください」
指定された土地とは俺の手に入れた領地。あの土地を開拓するには人手がいる。だけど、そんな大勢の人を復興の最中にあるスフィーダから引っ張ってくる訳にはいかない。となれば選択肢は1つ。他所から引っ張ってくる、だ。シャラの連中には建国の足がかりになってもらう。
「つまりは1から村を作れという事か」
「見かけではそうなりますが、食料も、建築に必要な木材等も提供しますし、スフィーダの兵による周辺地域の安全確保も行うので、実質移動に近いかと」
俺の話しにどこか心動かされる箇所があったのか、ジュース村長は顎に手を当て熟考し始めた。俺はその姿を眺めながら、これが成功したら次はドワーフかななんて事を考えていた。
最終的な目的は他部族連合国家を作り、それぞれの部族ごとに土地を与え、一定の内治権を与える。俺達はそれらを総括する立ち位置に立ち、各部族ごとの特徴に見合った職を提供する。
なおかつ、各職に労働組合に近いものを設立し、極力労働者から不満があがらないようにする。だが、あくまでもそれらのトップには俺の息のかかった者を置く。それによって労働組合の動きも俺が把握し、都合のいいように動かす事ができる。
それによって、都合上俺は国のトップとなる。後は人民の信頼を勝ち取って、民自らに俺を王と認めてもらえば俺の俺による俺のための王国の完成だ。そうすれば兵権も自ずと付いてくる。
「ふむ……」
「考えは固まりましたか?」
「私はその案を飲もうと思う。だが、人一人の一存で決めるには事が大きすぎる。少し村の皆と会議をさせてくれ」
「構いませんよ。ただ、我々はこちらに滞在する事が出来るのは今日までです。明日になれば我々はここを発ちます。それまでに結論をお願いします」
「わかった。とりあえず、今や何もないところだが、好きにしてくれ。案内が必要なら私の娘をやる」
「いや、それには及びません」
あ。フラグを折っちゃった気がする。そういえばモントーネ村の村長も偏屈だったけど、娘はすごい可愛かったんだ。前例に倣うと今回もきっと可愛い子が来てくれてたかも……。
今からでも遅くはない、やっぱり案内を頼もう。そう思って口を開きかけたが、右からものすごい、何かよくない感情が込められた視線を感じて口が1人でに閉じてしまった。
「……うふふ」
あ、危ない。きっと今思いのままにジュース村長の娘を呼んでいたら俺は呪われていた。俺の中の危険を察知する部分が赤信号を発している。
「そ、それじゃあ私達は馬車に戻りますね。何かあれば呼んでください。条件に関する交渉も受け付けてますので」
そう言って俺は急ぎ足で村長の元から去った。
普段よりも気持ち早いペースで歩いていると、何故か無性にネタキャラと話したい気分になった。頼む、誰かネタキャラを俺の元へください。1人だと寂しいんで2人くらい。
「なーんかここのところメアリー忘れられてる気がするー」
「そうかな? ……そうだな」
俺が熱出して倒れた辺りからメアリーはなんもしてないな。ぐっすり寝てるか、黙って俺の肩に乗ってるかのどっちかだった。
「まあメアリーはハウトゥーファンタジー要因だし、いんでない?」
「でもさー私って元々天使の使いじゃない? なーんかそれっぽい事してない気がするのよねー」
そういえばそんな設定あったな。でもさ、天使の使いったって普通の妖精だし、天使が俺に嫌がらせするのが趣味なおかげで超常的な事が出来ない訳だからしょうがない部分はあると思うんだけどな。だけど見るに、メアリーは納得出来ないようだ。
「じゃあさーカンナになんか出来るようにしてもらえばいいじゃん」
「んー。カンナーどんな事が出来るのー?」
「くしゃみを我慢出来るようになる能力とか、かゆいところに手が届く能力とか……」
しょーもな! でも地味に役立つのがなんか無性に腹立たしい。てか、適当に言ったけどホントにカンナって万能だな。真面目に言ったら俺でも火吹くくらい出来るようになりそう。
「そんなんいらないわよー!」
「メアリーの言う事はもっともだ。だけどな、要するに、なんもないって事だな」
「むきー!」
しょうがないなあ。天使の使いを自称する癖にお子様だからなあ。ここは我々大人組が協力してメアリーの機嫌を直すか。俺達はアイコンタクトで意思の疎通を図った。
「そういえば、ここに来るまでに随分と魔物を倒しましたよね。経験値溜まってるんじゃないですか?」
よしいいぞ、アンジェ。そのままの流れでハウトゥーファンタジーが必要だなあ的な展開に持っていくんだ。
「そうね、沢山入ってると思うわ。メアリー、見せて」
「ふふん。もう、しょうがないなあ」
メアリーはさっきまでの不機嫌はどこへいったのか、得意気になって言った。
作戦は成功だ。俺達はアイコンタクトで互いの健闘を褒め称えた。流石大人組。子供をあやすのなんて朝飯前だぜ。俺なんもしてないけど。
『里中公平 育成能力330 経験値5万2600』
『呪術師カンナ・クロサレナ 愛情度400 レベル26 育成度120』
『戦乙女アンジェ 愛情度200 レベル23 育成度490』
経験値すげえ増えてるな。最初はどうなる事かと思ったけど案外すぐに溜まりそうだ。これは嬉しい発見だ。2人共レベルが上がって、カンナも何故か育成度上がってるしいい感じだ。でも、思いっきり気になる事が1つあるな。
アンジェの愛情度と育成度が下がってるんですけど。確か前は愛情度は220で育成度は520だった。なんで下がった。やっぱり戦闘をアンジェに任せきりにしてカンナと喋ってたからか?
もしそれが原因だとしたら今後は慎重に行動しなければならないな。嫁が増えれば戦力は大幅にアップするけど同時にリスクマネジメントの難度も上がっていくって事だ。
メリットが1つあればデメリットが1つある。まるで等価交換だ。俺嫌いなんだよな、等価交換って言葉。何かを得るために何かを捨てるなんて寂しいじゃん。
「私の愛情度……400。ふふ…うふふ……ふふふ…!」
……そうだった。カンナはハウトゥーファンタジーが読めるんだった。不用意にカンナの前でハウトゥーファンタジーを広げるとアンジェと喧嘩する原因になりそうだ。これからは気をつけよう。
「いいから。さ、もういい時間だ。ご飯食べて、体洗って寝よう」
ハウトゥーファンタジーをわざとらしく音を立てて閉じ、強引に話しを打ち切った。この話題は掘り下げるとアンジェとカンナが喧嘩を始めてしまう。
「公平様、今日も一緒に寝ましょうね?」
「は……?」
俺の気遣いは無意味ものだったようだ。




