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12話 1/3の純情な感情

 4日目


 早朝のモントーネ村に響き渡る歓喜の声。村人達は勝利の雄叫びをあげていた。


 村を滅ぼそうと息巻いて訪れたドミーナ兵は、村に近づく事すら叶わなかった。来る事を知っていた俺が配置した村人とスフィーダの弓兵によって全滅させられたのだ。


「喜ぶのは早いですよ。このまま食料を取り返しに行きます。半分は残って兵の死骸を片付けてください。装備は後で使うそうなので、血を拭いておいてください」


 アンジェが戦乙女だと知った今、村人は彼女の言葉を信じきっている。つまりは、今や村人は俺の駒同然という事だ。それに加えてスフィーダ兵もいる。兵力は揃ってる。負ける要素はほぼゼロに等しい。


「騎士長。腕の立つ兵を5人集めておいて。食料取り返したら俺達でだけでウォーム王国に行って王様と話しをつける」


「おいおいそれは無理だろう。ウォーム王国だって戦争中なんだぞ。巻き込まれたら俺達だけじゃ死んじまう」


「忘れたの? 俺達にはハウトゥーファンタジーがあるじゃんか」


「だとしてもこえーよ。そもそもウォーム王国に協力してもらうだけのエサはあるのか?」


「それこそハウトゥーファンタジーの出番だ。俺ならやれるさ」


「はいはい。わかりました。どうせお前は止めたって聞かないしな」


 騎士長はそう言って馬車へと戻って行った。


 これでウォーム王国に協力を取り付ける準備は整った。後は騎士長も言ったようにエサだ。釣り上げるためのエサを探しださなければ。なんとしてもハウトゥーファンタジーから情報を引き出す。


 だらだらしていては異変に気づき始めているドミーナ王国が本格的に潰しに来てしまう。そうなったら終わりだ。恐らくはウォーム王国は今は拮抗していても時間が経てば競り負けるはずだ。そうなる前にすくい上げる。


「公平様、馬車の準備が出来ました。乗りましょう。皆出発の時を待っています」


「わかったよ。そんじゃ行こうか」


 俺は馬車の中でハウトゥーファンタジーを読み続けた。途中で、馬車酔いして吐きそうになったが、なんとか飲み込む事に成功した。その後も吐き気と戦いながらハウトゥーファンタジーを読み込んだが、エサが見つからない。


 ウォーム王国はそもそもが完成されているのだ。兵力は低いが、食料自給率は他国に売る事が出来る程に高い。鉱山資源がゼロに等しいが、それも食料との交換で手に入れる事が出来ている。


 それに競り勝つ事が出来るであろうドミーナ王国の兵力の高さを改めて実感した。溶かす事は出来るだろうが、やはり滅ぼす事は容易ではない。


 なんてことだ、食料奪還はすぐに終わる。そうなれば昼食を摂って、すぐにウォーム王国へと出向く事になる。だが、エサが無い現状、ウォーム王国へ行って協力を申し出ても取り込まれるのがオチだ。


 スフィーダ兵と村人だけで攻めるか? ダメだ。勝算がない訳ではないが、こちら側が被る被害が大きすぎる。ドミーナは溶かせましたがスフィーダの兵がいなくなりましたじゃ笑えもしない。


「――い様。公平様!」


「ん?」


「大きな声を出してすみません。心ここにあらずだったので心配してしまいました」


「あ、ごめん。この後の事考えてたんだ。後どれくらいで食料庫に着く?」


「もう食料は取り戻しましたよ? そんなに集中してたんですか?」


 マジかよ。俺はどんだけ考え込んでたんだよ。メアリーもメアリーだ。声くらいかけてくれればいいものを。そう思いメアリーを軽く睨むと逆にメアリーに思いっきり睨まれてしまった。


「メアリー何度も声かけたのになんっにも反応してくれないんだもん。もう知らない!」


「そうだったのか。ごめんな。ずっとウォーム王国の事考えててさ」


 タイムリミットだ。もうこのまま行くしかない。相手のトップが切れ者ならなんとかなるかもしれないが、無能ならどうしようもない。その時はウォーム王国も溶かす。


 差し当たって重要なのはスフィーダ王国にとってこの戦を勝ち戦にする事だ。ウォーム王国に協力を取り付ける事が出来なければ勝利後のスフィーダの立ち回りに大幅な修正をかけなければならないが、それはもうしょうがない。この際諦めよう。


「公平、お望みの兵を連れてきたぞ。食料奪還には参加させてないから好きなように動かせ」


 騎士長が5人の兵を連れてきた。弓兵が2人と剣兵が3人か。正直彼らはもう護衛程度にしか使えない。いらないといえばいらないが、念のため連れてくか。


「ありがとう。それじゃ少し休憩したらウォーム王国に行こう」


 俺達は馬車へ戻って間食を摂り、1時間の休憩をした。その際にメアリーがハウトゥーファンタジーで俺とアンジェのステータスを見せてくれた。


『戦乙女アンジェ 愛情度40 レベル7 育成度310』


 村の解放で育成度60プラスか。どうやらやった事の大きさで育成度の上がり具合が決まるみたいだな。前回はスフィーダという王国を救った事で育成度が125プラスされたが、今回救ったのは村だ。だから60プラスで留まっているのだろう。他にもご飯をあげたりとかで微妙にプラスされているはずだが、その辺は計算に入れない方がよさそうだな。


『里中公平 育成能力70 経験値850』


 アンジェの成長条件はなんとなくわかってきたけど俺の成長条件がわからん。経験値に関しては恐らく嫁が倒した敵のものだ。だが、肝心の育成能力の成長条件がわからない。


 大きく上がったのはアンジェが戦乙女としてのくちづけをした時とスフィーダ王国を救った時。そして今回は村を救った訳だが、上がったのは10。俺自身が何を成したかによってで決まるのか? 


「公平様。お悩みのようですね?」


「ん? ああ、また眉間にしわが寄ってたかな?」


 俺の質問にアンジェは軽く目を伏せた。その行動が肯定を意味している事はすぐにわかった。しまったな。アンジェには心配をかけたくないのに。


「こんな言葉があります。我求めよ。我見捨てよ。さすれば我現れり」


「何それ?」


「戦乙女の言葉です。聞く人によって意味が変わる言葉です。今の公平様に必要な言葉かと思ったんです。聞き流してもらっても構いません」


 我求めよ。我見捨てよ。さすれば我現れり。聞く人によって意味が変わる、ねえ。ことわざみたいなもんかな。さっぱりわからんけど、なんか感じるな。


「ありがと。アンジェのために俺頑張るからさ、応援してて」


「もちろんです」




 ウォーム王国への入国と王様の謁見はハウトゥーファンタジーのおかげでスムーズにいった。さて、ウォーム王国の王、ブリッツ王を目の前にしたここからが俺の戦いだ。


「お前たちがここに来た理由はわかる。大方ドミーナについてだろう?」


「はい。我々スフィーダ王国はウォーム王国と正式な協力を結びに来ました」


「協力自体は構わん。だが、現段階のスフィーダ王国には魅力が感じられん。確かに、スフィーダ王国が我がウォーム王国に協力してくれるのであればドミーナを倒す事も出来るかもしれない。しかし、それだけだ」


「言いたい事は理解しているつもりです。お互い時間がありません。単刀直入に話しましょう。あなたは戦後の事を見据えている。違いますか?」


「ほう、少しは頭が使えるようだな」


 あんたもな。安心したよ、ウォーム王国のトップが無能じゃなくて。これなら国力が高いのも納得出来る。この国のトップは先を見ている。


「ありがとうございます。ウォーム王国は食料自給に偏って、兵力があまり充実していないご様子。そこで、我々としてはまず、戦後1年間スフィーダ王国の兵をウォーム王国の兵力に換算する、という提案をしますがいかがでしょう?」


「確かに、ウォーム王国は兵が充実していない。兵の頭数は少ないが、兵一人ひとりの実力は確かなものだ。少数精鋭とも言えるな。しかし、足りないのは事実だ。その提案は魅力的だな。だが、まだ足りないな」


「せんえつながら、あなたが優秀な王であると私は確信しました。そこで、私は先行投資を要求します」


「先行投資? 先行投資とはなんだ?」


 お? ひょっとしてこの世界には先行投資という概念が無いのか? これは……イチかバチかの賭けは大好きだ。突っ込んでやる。


「先行投資とは目先の利益にとらわれない取り引きの事です。今すぐに利益にはならずとも、投資を行いゆくゆく得られる利益と交換するという事です。この場合ですと、ウォーム王国は我々スフィーダ王国と協定を結びます。現段階で利益が得られるのは我々だけですが、スフィーダには将来性があります。ウォーム王国は将来得られるであろうスフィーダ王国の利益を受け取る権利が出来るという事です」


「なるほど。しかしそれだとスフィーダ王国に裏切られる危険性があるな。お前は私からどう信頼を勝ち取るつもりだ?」


 やはりこの王はバカじゃない。先行投資という言葉は恐らく初めて聞いたはずなのに、もうメリットとデメリットを理解し始めている。認めるしかない。優秀だ。知識さえつけばこの人は立派な指導者になる。この国はもっとデカくなるぞ。将来の大事な取り引き先になるかもしれない。慎重にいこう。


「最小の被害でドミーナを崩壊させる作戦、でどうでしょう?」


「聞こう」


「ドミーナ国王が近々査察と称して王宮を出るという情報を持っています。それを利用します。国王が逃げる事が出来ない位置まで来ると同時に正面から攻撃を仕掛け、混乱を生じさせます。その混乱に乗じて別の道からドミーナに侵入し、王を殺害し、速やかに撤退します。王さえいなくればしばらくはドミーナは機能しなくなります。その間にどうするかは話し合いで決めましょう」


「お前、名前は?」


「里中公平です」


「里中、いいだろう。その要求を承認する。お前の話した先行投資という取り引き、実に面白かった」


「ありがとうございます」


「今日はここに泊まっていけ。後で使いのものに作戦室まで案内させる。そこでこの国の兵にもさっきの作戦を説明してやってくれ」


「わかりました」


 その後俺達はウォーム王国の宿に案内された。着いてすぐに俺は作戦室に呼ばれ、作戦を説明させられたが、王様が言うように彼らは優秀だった。俺の作戦の本質をしっかりと理解し、俺が言うまでもなく配置を決めてくれた。


 ウォーム王国。味方だと心強いが、絶対に敵には回したくないな。人材が優秀過ぎる。現段階で機嫌を損ねたら勝ち目がない。


 何にしても、ウォームが味方になった以上ドミーナを確実に滅ぼす事が出来る。その先に待っているのはご褒美の領地だ。領地を手に入れたらやる事は決まっている。まずは領地の拡大。その後開拓して人を呼び込み農業を開始させる。早く国づくりがしたいな。これも国づくりの一貫といえば一貫だけど、やっぱり自分の土地を好きなように転がしたい。


「へっぷそいっ!」


 くしゃみが出てしまった。なんかブリッツ王と交渉してから背中に妙な視線を感じるんだよな。なんなんだ。日頃の行いのせいで呪われたか? 


 悪寒もするし、今日はもう寝よう。アンジェには悪いけど、今日は1人で寝かしてもらおう。


「ふふふ……ふふ……」


 宿の扉に手をかけた時に何か聞こえた気がしたが、それが何なのかはわからなかった。


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