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10話 perfect area complete

「……」


 俺の部屋に訪れた騎士長は当然のごとく言葉を失った。予備知識があった分、騎士長よりはマシだが、やはりアンジェも驚いていた。


 口を半開きにしたまま忙しなく視線を動かして、部屋の備品を見ている騎士長の姿は常の彼らしくなく、実に間抜けだった。


 泣きっ面に蜂じゃないけど、ここで懐中電灯とか点けたらビビっておしっこ漏らしたりしないかあ。もし漏らしたら一生笑ってあげるのに。


「靴はそこで脱いでくださいね。出来れば鎧も脱いで、靴のところに置いといてください。部屋が汚れちゃうんで」


「あ、ああ」


 俺の声を聞いてようやっと騎士長はぽかんと開いていた口を閉じ、いつもの凛々しい表情へと戻った。


 俺は全員を丸いちゃぶ台に座らせて、コップにライフガードを注いで出した。多分騎士長もライフガードを飲んだらむせるぞ。思いっきり笑ってやる。


「さて、俺は異世界人という事になる訳ですが、これを見ればここの重要性がわかるでしょう」


 俺は小さい頃に集めていたビー玉とビーズをちゃぶ台に置いた。こんだけ堂々と出しておいて価値が無かったらとんだ赤っ恥だけど、多分あるだろ。だって異世界転生系物語では、常識とすら言える程高価な物として扱われてるしな。


「これは……宝石か? 随分と純度が高いようだが……」


「そうでしょうそうでしょう。それは俺の元の世界じゃ、ビー玉って言うんです」


「だが、これが何故重要なんだ? 何かすごい魔法が込められているとかそういうのか?」


 あら? これあれじゃね? 赤っ恥かくパターンじゃね。やばいよやばいよ。これリアルガチやばいやつだって。


「え? ひょっとして宝石とかってあんまり価値無い感じですか?」


「無い訳ではないが……。宝石なんてものは装飾品の一種だからな。貴族や王族にしか需要はない」


 あー始まった始まった。これあれだよ、あれ。天使の嫌がらせ。これ絶対天使の嫌がらせだから。間違いないから。


「公平様、そんな落ち込まないでください。純度の高い宝石は、高位魔法の触媒にもなりますから」


 アンジェは優しいなあ。優しさにじみ出るその声音も、背中をさするその手も全部俺を慰めてくれてるよ。でもね、現実は厳しいみたいだ。それ宝石ですらないから。


「残念だったわね、こーへー。天使様はホンットーにこーへーに楽させる気はないみたい」


「そんなクソ天使に様付けなんて必要ねえよ、バーロー。…………騎士長、ジュース飲んでください。美味しいですから」


「む。どれ、いただこうかな」


 ヒッヒッヒッ。そんなに一気に飲んだらどうなるか知ってるのかあ? 待っているのはむせりだ。むせってむせってゴホゴホしちまえ。ヒッヒッヒッ。


「ブホっ! ゴフ、ゴフ!」


 騎士長が吐き出したライフガードがほとんど俺の顏に直撃した。


「……」


 日本には因果応報という言葉がある。仏教から発生した言葉だ。簡単に説明すると悪いことをすれば悪いことが返ってきますよというものだ。そう、まさに今の俺の状況だ。


 これで吐き出した相手がアンジェとかだったらご褒美だったけど、よりにもよって相手はむさ苦しい騎士長だ。最悪この上無い。


「お前! なんてもんを飲ますんだ!? 毒か!?」


「毒じゃねえよ! 大体あんた俺が飲んでんの見てんだろ!? なんで吐き出すんだよ!? 貴重なんだぞ!?」


「うるせえ! 得体の知れないもん飲ませやがって! 妙にニヤニヤしてると思ったらこういう事かよ!」


「これくらいいいだろ!? こっちゃビー玉使えないってわかってショックだったんだよ! ちょっとくらいイタズラしたっていいじゃん!」


「ああ、公平様落ち着いて! 騎士長も! 冷静になってください」


「大丈夫だ。そんなに慌てるな。ちょっとふざけただけだ。ねえ、騎士長?」


「そうだな。ちょっと悪ノリが過ぎたか。すまんな」


「お二人とも喧嘩をしていたのでは?」


「体を張ったスキンシップだ。ちょっとしたアクシデントが起きてしまったが」


 顏にライフガードとか顏にライフガードとかね。


「んで、だ。そろそろ真面目な話しをしよう。ドミーナに攻められている国を奪還するとか言ってたな?」


「ええ、ご存知の通り俺にはハウトゥーファンタジーがありま――」


「敬語はやめろ。俺とお前は対等だ。長い付き合いになりそうだしな。お互いタメでいこう。それに俺は敬語が嫌いなんだ」


 まさかこんなところまで似ているとは。俺と騎士長は本当に似ているな、俺も本当は敬語が嫌いなんだ。しょうがなくやってたけど、いらないなら遠慮する事は無い。


「奇遇。俺も嫌いなんだ。これからはタメで。よろしく」


「おう。話しの腰を折って悪かったな。続きを話してくれ」


「知っている通り俺にはハウトゥーファンタジーがある。これがあればドミーナ兵がどこに何人で何時に来るかわかる。これを使ってスフィーダと同じようにドミーナを追い払う。そして、助けた奴らを味方につけて最終的にはドミーナの王を殺す」


「しかし、王を殺したからといって国が滅びる訳ではないだろう」


「正確には滅ぼすじゃなくて溶かす。滅ぼすには戦力の桁が最低でも1つは足りない」


「溶かすってのは?」


「内政の話しになるから説明が長引くんだ。その時になったらちゃんと説明するから、今は直近の話しをしよう。メアリー、ハウトゥーファンタジー」


「はいはーい。モントーネ村について知りたいんでしょー? 開いておいてあげたわよー」


「サンキュ。気が利くじゃん」


 メアリーは得意気な顏をして、一度俺の頭上を飛び回った後、俺の肩に腰を落ち着けた。


 メアリーから受け取ったハウトゥーファンタジーを読み込み、モントーネ村に今後襲いかかる不幸を頭に叩き込んだ。


 余談だが、ハウトゥーファンタジーは俺とメアリーにしか読めないらしい。一度アンジェと騎士長に見せたが、解読不能の文字が書かれていると言われた。


 魔法の力でメアリーがどこへしまっているので、盗まれる心配はあまりないと思うけど、万が一の事を考えるとこの仕様はありがたい。


「現在ドミーナはウォーム王国とモントーネ村に戦争を仕掛けてるんだけど、ウォーム王国はまだ持つ。だけど、モントーネ村はそうもいかないみたいだ。だからまずは、モントーネ村を解放する。んーと、送られる兵の数はスフィーダよりも少ないみたいだな」


「何人だ?」


「20人。仕掛けてくるのは……明後日みたい」


「明後日か……。モントーネ村なら移動にそう時間はかからない。明日スフィーダを発てば十分間に合うな。問題はどうやって追い払うかだ」


「その点に関しては問題無いと思う。弓があるし、万が一の時はアンジェがいる」


 さっきの戦闘を見る限り、負傷した20人程度ならいけるだろ。あんまりアンジェには戦ってほしくないけど、戦わせないと成長しないからなあ。うーん、このジレンマ。


「また弓か。お前は弓が好きだな」


「弓というよりも遠距離から攻撃出来る武器が好きなんだよ。兵の損害を抑えられるし、何より上手く使えば一方的に攻撃出来るし」


「で? だとしてだ。大好きな弓を使ってどうやってモントーネ村を解放する気だ?」


「普通に追い払う。ドミーナ兵が来る前に配置について、射程距離に入ったら弓で一斉に蹴散らす。んで、モントーネ村の近くにも食料庫があるからそれを奪う。もちろん獲った食料はスフィーダの物資としても運用する」


 流れとしてはスフィーダ王国の時となんら変わりはない。むしろ兵が強化された上に敵の数が減っているから楽勝だ。


 問題はその後のウォーム王国だ。村と違ってこっちは王国だからな、スフィーダ王国と対等の立場だ。味方につけるにはどうしても外交が関わってくる。この辺は腕の見せ所だな。


「よしわかった。食料が確保出来るのはスフィーダにとってもありがたいしな。1つ質問なんだが、ハウトゥーファンタジーにはいつ敵が襲ってくるかが書いてあるんだよな?」


「そうだよん。その顏は騎士長も気付いた?」


「ここまで聞けばな。いくら俺でもわかるさ」


 ハウトゥーファンタジーにはいつ敵が襲ってくるかが書かている。裏を返せば書いていなければ襲われないという事だ。つまり、前回と違ってほとんどの兵を運用出来る。


「でも、一般人の安心感を満たすために、何人かは置いていかないといけない。その辺は騎士長に任せるわ」


「よっしゃ任された」


「んで、1つお願いがあるんだけど」


「ん? なんだ?」


「ここを守ってくれる人を配置してほしいんだ。秘密が守れて、最低限盗賊とかに負けない強い人」


 ここはこの世界から見てオーバーテクノロジーの固まりだからな。万が一中に侵入されて備品を持ちだされたりしたら面倒な事になる可能性がある。


「それは構わんが、そんなにここは重要なのか? 確かにもの自体は珍しいが、どれも俺達には使い方がわからんものばかりだ」


「もの1つでも流出すればこの世界の技術体系が変わってしまう可能性があるんだ。それだけは避けたい。だから、騎士長が信じれる兵を2、3人配置しくれ。頼む」


 ドワーフは冶金に優れているはずだ。物自体を複製する事は出来なくても、ここにある物からインスピレーションを受けて協力な兵器を開発しないとは限らない。そうなって困るのは俺だ。


 この先手に入るはずのお買い物スキルを使って、俺に都合のいいようにこの世界の技術体系を変える必要があるんだ。


「俺には言ってる意味がわからんが、お前がそこまで言うという事は重要なんだな。わかった。トマスとハリスをつけよう。彼らなら信用出来る」


「頼む。そんじゃ急いでスフィーダに戻ろう。明日の準備をしなければ」


 俺達は準備をして馬に乗った。きっと王都へ着く頃には日が登ってる。今すぐにでも眠りたいけど、やる事が山積みだ。 


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