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五話

「…………ふふ」


 昨日からにやにやが止まらない。

 もちろんナリカと正式に付き合える事になったせいだ。


 おかげで昨日は浮き足だってしまい、襲撃をしりぞけるのに予想外に時間がかかった。

 結局朝方まで交戦が続いたせいで、ナリカとのイチャイチャタイムの続きが出来なかった。


 くそぅ……せっかく彼女と両思いになれたというのに。

 まあいい、これからいくらでも時間があるからな。

 今日の夜も楽しみだ。


 あ~、早く夜にならないかな~♪


 ……だがそんな浮かれた時間は長くは続かなかった。

 文化祭のための準備を、居残りでやる事になってしまったのだ。


 学校行事をサボリ続けていたのが祟ったらしい。

 まあ自業自得とも言える。

 だからそれ自体はしょうがない。

 あまんじて受け入れよう。


 だがしかし、よりにもよって組まされた相方が、あの犬猿の仲である夏莉奈だったのだ。


 夏莉奈も俺と同じように文化祭準備をサボっていたらしい。

 こいつもギャルっぽい外見の割にはクラスメイトとは馴れ合わない。

 いや、馴染めない雰囲気を持っていた。


 俺もサボっていた理由は同じような感じだ。

 どうしてもこういう行事では浮いてしまうので避けてしまう。


 教師から言われた命令は「放課後に夏莉奈と二人で、空き教室の掃除をしろ」というものだった。

 模擬店として使うらしい。


 空き教室は乱雑に机や椅子が転がっていた。

 少し歩いただけで、ホコリが舞って視界が白くなるほどの汚さ。

 これを今日中に使える状態にするには骨が折れそうだ。


 俺達はお互い言葉を交わすことなく、無言で作業に取りかかる。

 このまま無言のまま掃除が終われればいいなと考えていた時、


「あ、おい。床の掃除は、天井を掃いてからにした方がいいぞ」


 なるべく話しかけないつもりだったが、思わず口を出してしまう。


 夏莉奈はむすっとした表情で俺を見つめる。


「…………なぜ?」

「床を綺麗にしても、天井を掃くとゴミが落ちて二度手間だろ」

「あっ……」


 顔を赤らめて少し俯いたのち、目尻に涙を浮かべ睨み付けてくる夏莉奈。


 おいおい、なぜ睨む?

 はあ……まあいいや……。

 こいつの機嫌を気にしていたら、いつまで経っても作業が終わらない。


 夏莉奈は大ざっぱなな性格をしているのであまり要領は良くない。

 ここは俺が仕事モードで指揮を取って、粛々と業務を遂行しよう。

 そのほうがたぶん早く終わる。


 俺は声の起伏をなるべく抑えて夏莉奈に指示する。


「俺は机と椅子を廊下に出すから、お前は天井を掃いてくれ」

「え? 先に二人で机と椅子を片付けた方が良くない?」

「いや分業した方が効率いいだろ。俺じゃ天井に届かないが、お前だったら背が届く…………あっ!」


 しまった……。

 ついうっかり禁句を出してしまった。

 恐る恐る夏莉奈の方を見ると、怒りでぷるぷると体を震わしていた。


「…………ふふふふ。嫌味をこんなに自然に混ぜ込んでくるなんて、アンタの嫌味スキルもたいしたもんね」

「いや、違う。今のはわざとじゃない」

「ふん、どうだか……。そういえば初めて会った時もそうだったわね。覚えてる? あの入学式のこと」

「…………え? ああ、まあな」


 入学式。

 夏莉奈との出会い。

 友情が生まれて、その日のうちに真っ二つになった日。


 ……忘れようにも忘れようがない。






 高校の入学式の日。

 俺は前日にゲームをやりすぎたせいで寝坊していた。

 講堂を覗いてみるものの、とても入っていける雰囲気ではなかったため、教室に向かう事にしたのだ。


 そこに居たのは、憂いを帯びた瞳で窓から景色を眺める美人が一人。

 目鼻立ちが整い、背が高く体型もモデルのような美しさで、とても人目を惹きつける。


 それが静家夏莉奈だった。


 俺とはかけ離れた存在。

 あまりに浮世離れした美しさをもった人物だった。

 だから俺は、教室に入るのをついためらってしまった。


「…………遅刻?」


 ドアに隠れるように立っていた俺に夏莉奈が気づき、そう声をかけてきた。

 彼女の声はハスキーで、まさしくイメージぴったりの声。


 どこからどこまでも完璧なる造形でスキがない。


「あ、ああ。睡眠装置使ってて……ちょっと寝過ぎた」

「奇遇ね。わたしもよ」


 そう言って、クールな雰囲気な割には柔らかく笑う彼女。

 思ったよりも話しやすそうだ。


 俺はあまり他人に関わらない人間ではあったが、彼女に話しかけてみたくなった。

 暇だったからか、ただの気まぐれだったのか、彼女の美しさに惹かれたのか――なぜ話しかけようと思ったのかは分からない。


 とにかく彼女と接点を持ってみようと思った。

 現実でこんな事を思うなんて我ながら珍しい。


 しかし何をしゃべればいいんだ?

 出身中の話などがベターだろうか?

 それとも自己紹介から入った方がいいのだろうか?


 そんな感じで悩んでいたとき彼女が、


「猫見てたの……ほら、あの木の上」


 俺は彼女が座っている机に近づいて、彼女が指さした方向を見る。

 そこには、猫が気持ちよさそうに木の枝の上で寝ていた。


「ホントだ。よくあんな危なそうな所で、器用に寝れるもんだな」


 ありがたい事に彼女の方から話題を振ってきてくれた。

 俺が話題に窮していた事に気付いたのだろう。

 細やかな気遣いもできる子なのかもしれない。

 ますます好印象を抱く。


「ほんとだね。わたしには絶対無理ね。高いところ苦手なの」

「あ、でも俺さ。昔、木の上で寝てた事あるぜ。小学校の頃だけど」

「え、ホントに?」

「ああ。なんか木の上で寝るってのカッコイイじゃん。風来坊って感じで。正確には木の上で寝ているフリをしてただけなんだけどな」


 そう言うと、彼女はクスリと笑ってくれた。


「でもさ、ある日本当に木の上で眠りこけちゃってさ。気付いたときには目の前が真っ赤。起きたら病院のベットで」

「……え!? 大丈夫だったの?」


 大昔の終わった出来事だというのに、彼女は本当に心配そうな顔を見せる。


「あんまり記憶は残ってないんだけどね。まあ大丈夫だったらしい。ただほら……」


 髪をかき上げる。

 おでこには縦に数センチの縫い傷痕がある。


「……見せて」


 白魚のような指で、傷痕を優しく撫でられる。

 目の前には彼女の立派な二つの膨らみ。

 視線を上げれば彼女の整った凛々しい顔。


 とても直視することができず、目をそらしてしまう。

 

「…………痛そう」

「うっ、あっ、だ、大丈夫。大昔の傷だから……全然痛みはないよ」


 こんな綺麗な子に寄られたら、照れざるをえない。

 鏡が無いのでわからないが、きっと俺の顔は真っ赤に違いない。


「でもカッコイイと思うよ……その傷。気にしてたらごめんだけど」

「い、いや、ありがとう」


 自分がカッコイイと言われたような錯覚を覚え、むちゃくちゃ照れてしまう。

 なぜ彼女の言葉一つ一つが、こんなにもうれしいのだろう?

 なんだろうこの気持ち……こんな感情初めてだ。


「そういえば自己紹介してなかったね。わたしは静家夏莉奈。夏莉奈と呼んで」

「俺は諫早冬人いさはやふゆと。俺の方も下の名前で呼んでくれ、夏莉奈」

「わかったわ冬人」


 その後も、けっして大盛りあがりするような話題では無いのだが、そこそこ会話も弾み、楽しい時間が流れる。

 しばらくはこの心地よい空気の中でまどろんでいたい。


 だがあと数分もすれば、入学式を終えたクラスメイト達が帰ってくるだろう。

 まったく、残念きわまりない。


 タイムリミットいっぱいまで、彼女とのひとときを楽しみたい。

 俺は必死に話題を作り彼女に果敢に話しかけ続けた。


 だがしかし、俺が空気を読む力がないのか、夏莉奈が怒りっぽいだけなのかは分からないが、禁忌である言葉が俺の口から発せられてしまう。


 その言葉とは――


「夏莉奈って格好いいよな、背が高くて」


 それまで笑顔で笑っていた、夏莉奈の動きがDVDの一時停止のように急激に止まる。


「……あ、あれ? どうしたの?」

「………………アタシ背のこと言われるの大っ嫌いなの。それ以上言わないでくれる?」


 どうやら背が高いというのは、彼女にとってコンプレックスだったようだ。


 ここでさっくり謝って、背の事に触れなかったら俺達は仲良く居続けられたかも知れない。


 だが俺は愚かにも『彼女に自信を付けさせてあげたい』と――そんなおごった考えを持ってしまった。

 彼女のコンプレックスがどれほど根深いものか知らずに……。


「でももったいないな。俺は夏莉奈の長身スタイルすごいカッコイイと思うよ。だってモデルみたいだし……」

「止めてって言ったでしょ!」

「……どうして? 周りがどう言おうと卑下する事ないよ。確かに日本だと目立つかもしれないけ……」


 そこで俺の言葉を切って、夏莉奈がぽつりと口を開いた。


「…………“チビ男”」

「……なんだよそれ?」

「チビ男って言ったの。……どう? 人に身長の事であれこれ言われるのって嫌でしょ?」

「全然違うだろ。俺は長身でカッコイイって褒めているんだ。チビ男だなんて完全にけなしてるだろ。真逆の意味じゃないか」

「わたしには、どちらも同じものだわ」


 熱くなる。

 だんだん脳が茹だってくる。

 謝りたい気持ちはあるのに口撃が止まらない。


「いいや、一緒じゃないね。俺がチビ男ならお前は“デカ女”って呼ばれて対等だ」

「デ、デカ女ですって!?」


 二人っきりの教室に轟音が鳴り響く。

 夏莉奈が机に鉄槌を喰らわしたからだ。


「…………アンタと友達になりたいって言ったの取り消すわ」

「…………ふん。こっちこそ願い下げだ」






 こうして彼女との友情は、一時間も待たずにあっさりと幕が降りた。

 あとで冷静に考えてみれば、俺が口論の火種を作った気がする。

 というか、俺の方がかなり悪い気がする。


 だからそのあと反省し、この事を何度も彼女に謝ろうとした。

 だがよっぽど彼女と相性が悪いのか、俺が間抜けなだけなのかはわからないが、謝る過程で先程の様に無意識に彼女を怒らせて、謝罪はすべて失敗。


 それどころか更に激しく言い争いになることが多く、開戦から熱戦、そして泥沼戦と、状況は段々と悪くなり、そして今現在は冷戦と、手のつけようも無いところまで来ていた。


 俺も仲直りしたいという気持ちはまだ持っている。

 だが、最近は諦めかけている。

 関わらない事が一番。

 それがきっとお互いの為なのだ。


「……ふんっ」


 夏莉奈は俺から箒を奪い取ると無言で天井を掃き始めた。

 俺も無言で作業を再開する。

 空気がものすごく重い。

 肉体的ではなく精神的に疲れが蓄積していく。


 作業中の1時間は、まったく会話が無く掃除は終了した。


 終わったと同時に夏莉奈は手早く帰宅準備しだす。

 そして空き教室から出ていく瞬間、横目で俺を睨め付けつつ、


「くたばれ」


 と一言残し去っていった。


 俺は海から陸に上がったダイバーのような重い身体を引きずって、壁に背をもたれて盛大に溜め息をついた。


「はぁ……今日は色んな意味で疲れたな……。おかげでよく眠れそうだ……はは」


 俺は力なく笑った。

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