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四話

 睡眠世界での姿アバターは、自分の理想とする姿を反映する。

 だから睡眠世界では、いたるところ美男美女だらけである。

 これはスリープニィールの仕様なので、自由に選んだり変更する事は不可能だ。


 俺も睡眠世界での姿は小顔で長身だ。

 決してリアルの姿がチビで、これがコンプレックスから生みだされた姿だとは思いたくはない……。






 魔王の執務室は暖かな日だまりに包まれていた。

 魔族界とは思えないほど穏やかな空間である。

 実は、こっそりとナリカが好む部屋環境に整えてある。

 部屋の片隅には彼女の好きなぬいぐると観葉植物が一杯並んでいる。

 俺はその部屋でコンソールを操作し、魔王としての執務を行なっていた。


 魔王の仕事を大まかに説明していこう。


 ヴァモスワールドのあちこちに企業の宣伝広告を貼っていく。

 看板状になっていて、そこから商品を購入する事ができる。

 これは魔王にだけ許された特殊コマンドだ。

 企業は実在の協賛企業で、商品はカップ麺や石鹸のような日常品から、テレビやパソコンなどの高額商品まで多種多様。

 車や家などの超高額商品も存在する。

 そこからユーザーが商品を購入した場合、数%のロイヤリティーがマグナとして魔族軍に入る。


 これが魔族軍の主な資金源となる。


 こうして稼いだマグナを今度は部下達に割り振る。

 重臣や大きな功績をたてた者には多く割り振る。

 いわば給料みたいなものだ。


 正直言って面倒な作業である。

 オート機能も存在するが、魔王を少しでも長く続けたければ、手動で小まめに個々の成果を評価するのが肝要である。

 そうしないと部下からの不満が募り、裏切られる可能性が高くなる。


 ちなみに振り分けて余ったマグナが魔王の報酬――つまり俺の懐に入る分となる。


 魔王失脚となる原因の多くは、部下の裏切りか人間族による討伐だ。

 特に勇者に倒されるケースが多い。

 裏切りの予防に関しては前述の通り「適正給料を払う事」だが、勇者に関しては別の方法で抑止する。


 一つの対策としては、なるべく勇者と闘わないことだ。

 部下達に倒して貰う。

 だが勇者という存在は、魔族にとって恐怖の対象だ。

 バカみたいに強い上に、倒されると総資産の約三割を奪われる。

 これでは部下達に「倒しにいけ」と命令しても、こんなリスクがあったんでは誰も闘いたがらない。


 となればどうするか?


 解決法は勇者に多額の賞金をかける事だ。

 ちょうど昨夜の勇者ルゼ戦みたいな感じに。

 額を惜しんではいけない。

 リスク以上のリターンがあれば、部下達は勇者に立ち向かってくれる。


 魔王の平均在任期間は2日と6時間程度だと言われている。

 だがマグナを潤沢に注ぎ込み、部下達をちゃんと動かす事が出来れば、長期政権維持も難しいものではない。


 とまあ、大ざっぱに説明すると魔王の仕事はこんな感じだ。


 実際の戦闘より事務仕事の方が多い。

 戦闘の強さ的には、魔王が勇者より若干強く設定されているが、勇者は複数人存在するのに対して、魔王は一人しかいないのだ。

 調子に乗って前線に出まくると、挟撃でもされて一発で終わる。


 このゲームは基本的に魔族側が不利なように出来ている。

 プレイ人口も人間側が圧倒的に人気で、クラスやスキルや装備も人間側に優秀なものが多い。


 人間側は何も考えずに魔族を狩り、マグナを奪っていけば簡単に強くなっていける。

 勇者以外の人間に倒された場合、奪われるマグナは1%~3%ほど。

 奴らはそうやって奪ったマグナを使って強くなっていく。


 それに対し魔族は、人間を倒してもマグナを奪えない。(魔王と幹部職は例外)

 組織に属し、功績をたてて出世していくと貰える報酬が増えていく。

 功績というのは、敵を倒したり、索敵や、伝令伝達などで貰える。

 特に勇者を倒したときには特別な功績が貰え、上級職になる権利が与えられる。


 とまあ、人間側に比べて魔族は地味な立身出世を目指すしかないのだ。


 それだけに魔族側は、階級社会で規律がしっかりしている。

 縦の繋がりが強く、組織の一人として動かなければならない。

 そこら辺の仕様も、魔族が不人気な原因だろうか。

 魔族が秩序を重視し、人間が勝手気ままというのも変な話だが、このゲームはそういうシステムなのである。



 ――言うなれば、


【魔族はサラリーマン(固定給+ボーナス)】

【人間と勇者はフリーランス(歩合給)】



 といった例えが適切だろう。

 さしずめ魔王は、魔族株式会社の社長といったところか。


 はっきりいって魔王の職務はめんどくさい。

 ゲームだというのに仕事をしている感覚さえ覚える。

 だが魔王という地位は、そんなめんどうさが吹っ飛ぶぐらいの甘露である。


 俺が不人気な魔族を選んだ理由。

 それは魔王が並び立つ者の無い、ヴァモス界最強のクラスで、唯一無二の最高権力者だからだ。


 人間側の最高位である勇者は、複数あるギルドのたかだが一つのギルドのボス(千人以上のギルドを形成すると勇者が一人生まれる)。

 それに対して、魔王は数十万魔族軍、唯一の頂点である。

 男に生まれたのならば唯我独尊、並び立つ者の居ないトップに君臨したい。


 魔王職は平均在任期間2日程度と言われている。

 基本的に勇者に倒される為に存在するのだから、長期政権は厳しい。

 一週間持てば、かなりうまくいった方なのではないだろうか。


 俺の目標はその長期政権維持が難しいと言われる魔王で、


 ――在任期間一年超。


 というプレイヤー未到の偉業を打ち立てる事だ。


 その為に起きている間の学業を除く時間は、ほぼゲームの勉強、予習、復習に使い。

 寝ている時は、直接戦闘、人心掌握、予算配分、情報収集、戦闘訓練と、睡眠時間中フル稼働である。


 現在俺の時間は、余すことなく全てこのゲームに費やしていると言っても過言ではない。






 作業が一段落して俺は、満足げに息を吐き出した。

 今日も芸術的な予算配分が出来たと、心の中で自画自賛した。

 これで一週間は政権安泰だろう。


 俺はデスクワークで凝り固まった背筋を伸ばしながら、ふと隣に居るナリカを見つめた。


 彼女は俺が見ている事に気付くと、ニッコリとたおやかな笑みを向けてくれる。

 彼女はこうやって事務作業をしていると、隣に座って口を出すことも無く側に居てくれる。


 魔王の執務は見ていて面白味の無い地味な作業だ。

 それでも彼女は俺に付き合ってくれる。

 ホントいい娘だ。


 ナリカの容姿は、低身長で大きな目が印象的な可愛らしい容姿である。

 ふと思う。


 現実世界での彼女はいったいどんな娘なのだろうか?

 やはり現実の彼女も可愛らしく、優しい心の持ち主なのだろうか?


 正直に言えば実在する彼女に会ってみたいという気持ちはある。

 それと同時に、会うのが怖いという気持ちも強い。


 先程も言った様に、スリープニィールでは自身が思い描いた理想の姿がアバターに投影される。

 だから睡眠世界ここでの姿が可愛らしいからと言って、現実世界でも可愛らしいとは限らない。


 もちろん彼女の容姿が少々見劣りしていたとしても、俺の愛は絶対揺るがない自信がある。

 だがそれでも、この世には知らない方がいい事がたくさんあるのだ。


 だいたい彼女自身が、現実で会う事を望まないかもしれないのだから……。


「魔王様。食事にいたしますか?」

「ああ。仕事も片付いたし頂くとするよ」


 そう言うと彼女の笑顔は輝き、キッチンへ駆け足気味にパタパタと向う。

 そして料理がたくさん乗ったワゴンを押してきた。

 チキンの丸焼きに、ワイン、キャビアにローストビーフ。

 豪華料理のそろい踏みだ。

 もちろん彼女の手作りである……仮想の料理ではあるが。


 彼女はまるでメイドさんのように俺の目前に料理を並べていく。

 「手伝おうか?」と言ったが、強く拒否されてしまった。

 彼女いわく「お世話をするのもわたしの幸福」なのだそうだ。


 全ての料理を配膳し終える。

 彼女は俺の横にピッタリとくっついて座った。

 多少食べにくくはあるが、全然構わない。

 この距離感がなによりうれしい。


 彼女はフォークでローストビーフを取ると、俺の口元に持ってくる。

 そして「あ~ん」と言った。


 うーん……これはさすがに照れる。


「あ、自分で食べるよ」


 そう言ったら少しムッとした表情を見せるナリカ。


 うう、仕方がない……少々照れるが、ここは彼女に乗ることにしよう。


「……あ、あ~ん」

「はい♪」


 差し出された肉を口に含み咀嚼する。

 ナリカは自分の料理には手を付けずに、俺の反応をじっとうかがっている。


「どうですか?」

「うん。今日もとってもおいしいよ」

「よかったあ」


 ナリカは心底ほっとした様に、柔らかに笑った。


 睡眠世界では味覚というものはない。

 でも何となく「美味しい」という感覚がある。

 夢の中なので全ての感覚が虚ろだ。

 だがナリカの手作り料理はおいしい気がする……。

 いや違う、言い直そう。

 絶対おいしい! 間違い無い!


「嬉しいです。でももっとおいしいものを食べて頂きたいです。けれども夢の中じゃ……」

「そうだね。いずれ“本当の手料理”も食べてみた…………あっ!」


 とっさに口を塞いで言葉を切った。

 リアルで会うとか、それに類する話題は厳禁だ。

 この関係を壊したくなければ、そういう事は口に出さない方がいい。


「……わ、わたしも、本当の手調理食べて貰いたいです」

「……え?」


 だがナリカからもたらされたのは意外な返答だった。


現実世界あっちだと、あまり腕に自信が無いんですけど……魔王様が望んで頂けるのでしたら……わたし」


 潤んだ瞳で見つめてくるナリカ。

 なんだかいい雰囲気だ。


 彼女は俺を尊敬しすぎている傾向がある。

 もしかすると『わたしが恋人になるなんておこがましい』なんて考えている節さえある。

 だから彼女からの告白を待っていても、きっと進展なんてしない。


 ――だからここは俺から……告白する!


「あ、あのナリカ! ……あれ?」


 いざ勇気を出して告白をしようとしたのだが、先ほどまで濡れた瞳で俺を熱く見つめていたナリカが、なぜか気落ちしてしまっている。


「……わたし幸せなんです。魔王様のお側に仕える事ができて……」

「でも今はなんだか『幸せ』って顔に見えないけど……。急にどうしたの? 俺、なにかまずい事言ったかな?」

「そんな! 魔王様は全然悪くないです! ……実は『本当にわたしなんかが魔皇后の地位に居ていいのか?』って……そんな事を考えちゃって……」


 何度このやりとりを繰り返しただろう。

 定期的にナリカは自分の立ち位置に疑問を持ってしまう。


 俺のパートナーとして、新記録を打ち立てるための右腕として、魔皇后の地位に立つには力不足だと悩んでしまう。


 そのたびに俺にとっての彼女の重要性を説くのだが、なかなか納得してくれない。


「わたしは戦力的に初心者と変わりませんし……内政でも取り立て重責を担っていませんし。やってることと言えば、魔王様の雑務のお手伝い……メイドでもできることだけ……」


 彼女が戦力にならないのは彼女が悪いわけじゃない。

 全て俺が原因だ。

 戦場に出したくないというエゴのせいで、彼女の成長を阻害している。


 ただ彼女を戦場に出して、気が散漫な状態で魔王業を務めれば、いずれ手痛い失態を、俺がやらかす事は目に見えている。


「ナリカが役にたっていないなんてとんでもないよ」

「……でももっと強い方がいいのでは? たとえば親衛隊の隊長さんとか。わたしは魔王様の近くでお世話できれば、それだけで光栄なんです」

「いや、他の誰でもない……ナリカ以外その役目は無理だ」

「それはどうしてですか?」

「キミが後に控えて、俺を見守ってくれているというだけで、俺はいつも以上に冷静でいられるし、頑張ろうというやる気もわいてくる。求められる能力って、強さやうまさだけじゃないんだ」


 彼女の肩に手を置いて、彼女の目を真剣に見つめる。


「キミがいるからここまで来られた。ナリカが居なければとっくに俺の政権なんて終わってたよ。本当に感謝しているんだ。だからそんなに自分を卑下するのはやめてほしい」

「本当にわたしにそんな力があるのでしょうか? わたし自身には感じられませんが……」

「ある! それは俺だけが受け取れる力だ」

「魔王様だけが受け取れる力? ……わたしだけが魔王様に差し上げられる力があるんでしょうか?」

「そう。ナリカから力を受け取れるのは俺だけなんだ。つ、つまり、どうして俺だけが特別なのかと言うと……そ、その理由は……」


 いけっ、俺! 言ってしまえ!




「俺がナリカを好きだから」




 彼女の反応が怖くて、断られたらどうしようって……俺は目をつむったまま開ける事ができなかった。

 もし目を開いたときに彼女の困った顔がそこにあったら……そんな悪い想像が脳裏に浮かんでしまって……開ける事ができない。


 ――ポタ。ポタ。


 なにか水滴が落ちる音が聞こえた。


「う、うっ……うぐっ……ぐすっ」


 目を開けるとそこにはナリカの泣き顔。

 その表情を見たときは、断られると思って心臓が止りかけたが、よく見ると違う。

 かすかに微笑んでいる。

 これは悲しみの涙ではなく、きっとうれし涙。


「……わ、わたしも……好き……好きです。……大好きです。ずっと……ずっと好きで……した。魔王様を、ずっと、ずっと思ってました。で、でもわたしなんかが、身分が違うって……あ、諦めようって……自分に言い聞かせて。少しでもいい……魔王様の近くにいられるならば……って、それ以上期待したらいけないって……ぐすっ」


 そうか……彼女も同じ気持ちでいてくれたんだ。


「俺もたぶんさ……ナリカ以上に、ナリカの事いつも考えていたよ。どうやったら気に入られるかとか、贈り物したら喜んでくれるだろうか? とか。自分で言うのもなんだけど、俺ゲーム馬鹿で恋愛なんて興味なくて、一生興味を持つ事なんて無いと思ってたんだ。だけど、ナリカと出会って、こんな素敵な気持ちを持てて、本当にナリカに感謝しているんだ」

「わたしもです。きっと男の人を好きになるのは魔王様が最初で最後です」

「じゃあ今から恋人同士って事で……いいんだよね?」

「はい。もちろんです」


 よっしっ! やったあああああぁぁ!

 俺は小さくガッツポーズをした。


 勇気を出してよかった。

 彼女と出会えてほんとよかった。

 最後に出会うきっかけになった、この《勇魔戦記ヴァモス》というゲームにも感謝した。


「あとさ、変なお願い一つしてもいい?」

「あ、はい。なんでもどうぞ」


 俺は彼女ともし恋仲になれた時。

 彼女にするお願いを一つ決めていた。


「なんというか、付き合った証が欲しいんだ。それは指輪とかそういう物質的な物じゃなくて……ええと、単純に言うと“約束事”が欲しい」

「約束……ですか? えっとそれは『絶対別れない』とか『記念日は必ず祝う』とか、そういった感じでしょうか?」

「うん。できれば俺に要求するような約束……いや、契約が欲しい」


 即物的なものじゃなく、精神的な強い絆が欲しかった。

 だけどこんな変なお願いしたら、ナリカが引いてしまうかもしれない。


 彼女の反応を見ると、案の定困っているように見えた。


「重いかな、こういうの? 駄目だったら駄目で、あきらめ――」

「いえ大丈夫です。わたしも結構重い女ですから」


 ナリカはそう言って苦笑する。


「でも今は頭の中が幸福すぎて、お花畑状態で……とろけちゃってなにも浮かびません」


 頬を染めながら微笑するナリカ。


「だから魔王様が決めてください」

「じ、自分で!?」


 自分で自分の要求を考えるってのも変な話だ。これは難しい……。


 結局、数分間腕組みしてひねり出した内容は、




「えっと『ナリカが窮地に陥った時、俺を呼んだらなんとしてでも助ける』ってのはどうだろう?」




 この身一つで彼女に尽くせる事。

 そういう条件で思いついたのがこれだった。


「はい。じゃあそれでお願いします」

「え? いいの?」

「はい。もちろんです」


 あっさり決まってしまった。


「でも最強の魔王様なのに呼べば駆けつけるなんて、なんかヒーローみたいですね」


 そう言って、くすくすと笑うナリカ。


「ま、魔王ヒーローってのも新しくて良いんじゃないか」

「ふふふ、でも本当にカッコイイと思います。魔王ヒーロー」

「そ、そう」

「はい。あ……そういえば最初にお会いしたときも、わたしのピンチを助けていただいたんでしたよね」

「あー、そうだったね」


 彼女との出会いは、彼女が人間族に囲まれていて、いたぶられていたところを助けたのがきっかけだ。


 彼女はその時の思い出話を何度もする。

 「まるで白馬に乗った聖騎士だった」と。

 ま、実際は魔族だったわけだが。


「またあんな颯爽と現れて窮地を救って頂いたら、今でもMAXな好感度が、きっとメーターを突き抜けちゃいます……」

「ははは、俺だって好感度はとっくに上限だよ、お互いレベルキャップを外す方法を見つけないと……だね」

「……そ、そうですね。お、おつきあいを始めたわけですから……新しいステージに……」


 ん? 新しいステージ……?


「あ、あの魔王様。ひとつレベルキャップを外す方法を思いついたんですけど……い、いいですか?」

「あ、ああ」


 そう言ってナリカは俺の元に歩み寄ってくる。

 「し、失礼します」と言って、俺の太ももの上に乗り対面に跨がった。

 小ぶりなおしりの柔らかさが、太ももに当たる。


 俺は190センチ。

 彼女が140センチ。

 二人の身長差は50センチほどだ。

 だが、太ももに乗ると頭の高さが近くなる。


「恋人として今までできなかった新しい事をすれば、きっと上限を超えて、もっともっと好きになれると思うんです……そう思いませんか?」

「……そう……かも」

「た、試してみませんか?」

「……うん。じゃあ、試してみよう……か」


 俺は、彼女の意外な積極性に戸惑っていた。


「はぁ……まおーさまぁ……ああ、近くで見るとホントーに綺麗なお顔なんですね……」

「へ、あ……あ、ありがと」


 彼女の指先が俺の頬を撫でる。

 そのまま人差し指で俺の唇をぷにぷにと押して遊ぶ。

 彼女の息は段々と乱れ、吐息が耳にあたってくすぐったい。


「ずっと触ってみたかったんです……いいでしょうか?」

「あ、ああ。ナリカの好きなだけ触るといい」

「よかったぁ。ずっと妄想していたんです……こういう事を。魔王様のもっと、もっと近くに居たいって……」


 起伏の少ない彼女の胸が俺の体に当たる。

 俺と彼女との隙間は、もう1センチたりとも無い。


「いつも我慢していたんですけど……でも、恋人同士になったとたんに歯止めがきかなくなって…………わたし駄目ですね。お願いします……えっちな子だとか思わないでください」

「お、俺も妄想していた……から。……だから大丈夫」

「魔王様も……?」

「ああ、それもしょっちゅう……だ」

「うれしい……です」


 彼女にリードされているのは、さすがに男として少し情けない。

 最後くらいは俺が主導権を握りたい。


「ナリカ……目をつむって」


 彼女は俺に言われたとおりに目を閉じた。

 ナリカの顎を軽く持ち上げて、自身の顔を近づけていく。


 そして唇と唇が合わさるまで、あと数センチ、いや数ミリと迫った時、


 ――ビイイイイイイイ!!


 と、警報ブザーがけたたましく鳴り響いた。


 この音は敵襲の合図だ。

 おおかた人間族の一団が、防衛ラインにでも襲撃してきたのだろう。


 くっそぉ! なぜあと数秒待てない!

 空気を読め! 人間族あくまどもめ!!


 俺はがっくり肩を落とし気落ちしていたが、ナリカの頭の切り替えは早かった。

 小さな体で俺の装備をかき集め、こちらに持ってくる。


 さすがに敵襲を放っておいて、キスの続きをするような雰囲気じゃなくなっている。

 しかたがない。キスは奴らを叩きのめした後だ。


 俺はナリカから剣を受け取りマントを羽織る。


「じゃ、ちょっと行って捻ってくる」

「はい。お待ちしています魔王様」


 そう言って、ナリカはとびきりの笑顔を見せてくれた。

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