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十話

 勇者を一人減らした事よりも、《勇者討伐》の功績を手に入れたのはかなり大きい。

 この功績があれば、魔王には全然及ばないが――かなり強い上級魔将軍にクラスチェンジできる。


「ナリカ! 《重弩級魔将軍グラビティ・ドレッドノート》にクラスチェンジ!」

「えっ! あっ、これ操作どうすれば……」

「魔王権限、報奨、授爵じゅしゃくから重弩級魔将軍を俺に適用! 早く、急いで!」

「は、はいッ!!」


 焦りつつもコンソールを操作していくナリカ。


「これで……!」


 ナリカがコンソールを指で弾くと、俺の姿が黒炎につつまれていく。

 その炎の中から現れたのは重厚な鎧に包まれた黒の騎士。


 《重弩級魔将軍グラビティ・ドレッドノート》――燃費と機動性は全クラス中最悪だが、攻撃、防御力に特化したクラス。


 これなら勇者の攻撃でも、カス当たり程度では死ななくなった。

 おそらく直撃でも、3、4撃程度なら耐えられるはず。

 ついでにマグナを払って《滑走浮流ホバー》の魔術を習得し、自身に唱える。

 身体が地面から数センチ浮いた状態になった。


 重弩級魔将軍では鈍重すぎて敵の的になること必至だが、この《滑走浮流ホバー》をかけておけば速く動けるようになる。

 ただしこの魔法の効果中は、急停止や急な方向転換などはできなくなり、うまく使いこなすにはかなりの修練が必要である。


 これで重弩級魔将軍の弱点である機動力を補う。


 武器を手持ちの超上級装備の中から――ハンマー形状のものを選んで装備する。


 あとナリカに少しの指示を与えてから、俺は地面をアイススケートのように滑り、再度敵中へ突っ込んでいく。


「おいっ! 後ろから来てる!」

「えっ……!? うおっ!?」


 白の勇者の背後からクリティカルポイントを叩くその寸前、近くに居た紫の勇者に気付かれる。

 白の勇者はとっさにクリティカルポイントのガードを固める。


 だが俺はクリティカルには目もくれずに、ゴルフスイングのようにハンマー振って、白の勇者の体をかち上げた。


「がぐっ……!」


 山なりに飛んでいく白の勇者。


 ちょうど着地点にいたのは黒の勇者で、


「おい、こっちくんな! ぐえっ!」


 気付くのが遅れて衝突し、白と黒の勇者は折り重なるように転倒した。


 だが見た目の派手さとは裏腹に、奴らはまったくダメージを受けていないはず。

 勇者の防御値はそれほどまでに堅い。

 このハンマーで何十回叩き付けても、倒す事はできない。

 勇者にとってクリティカルポイント以外の攻撃なんて、蚊が刺したようなものなのだ。


 そして逆にハンマーを大振りにした事により、俺は大きな隙を晒してしまう。


 そこを見逃さない紫の勇者。


「もらった!」

「ぐっ……!」


 一撃、二撃――と、紫の勇者の閃光のような斬撃を立て続けに喰ってしまう。

 そして三撃目が襲いかかる……が、それを何とか後転して、紙一重でかわす。


 ――ピーピー。


 警告音が鳴り響く。

 これは体力が少ない時になる警告音。

 たかが二撃貰っただけだというのにもう瀕死の状況だ。


「くそっ、こっちは防御タイプだというのにたった二撃で……やはり勇者は反則級に強い……!」


 体勢を立て直すため後方へ大きくスライドする。


「逃がすか!!」


 追ってくる紫の勇者。

 奴の方が足が速く距離が縮まっていく。

 さらに後ろには、白と黒の勇者が崩れた体勢を早くも立て直し、接近してきていた。


「くっ……このままでは追いつかれる……あっ!?」


 俺は隕石で破壊された岩に足元を取られて転倒してしまう。

 それを見た紫の勇者がニヤリと白い歯を見せる。


「よし、ゲットォーー!」


 転んだ俺にジャンプして襲いかかってくる――白、黒、紫の三人の勇者。

 一見絶体絶命のピンチに見える。


 ――だがこの状況は、俺が描いた筋書き通りの展開だ!


「ナリカ!」


 大声で叫ぶ。

 それと同時に、身体を限界まで地に伏せた。


「《対消滅ノ炎渦フレア》!!」


 ナリカが魔法を高らかに唱えた。

 頭上を通り抜ける灼熱の炎の渦。

 真玉座の間が業火に包まれる。


 《対消滅ノ炎渦フレア》――炎系の最上級魔法。一直線に巨大なエネルギーを持った炎の渦を打ち出す。攻撃範囲、威力共にトップクラスの魔法。特に魔王が使った《対消滅ノ炎渦フレア》は、一軍を消し炭にするほどの破壊力だ。


 よしタイミングばっちりだ。

 勇者はこれぐらいで倒せないだろうが、かなりのダメージは与えられたはず。


 炎が通り過ぎたあとに奴らの様子を確認する。

 紫と白の勇者2人は倒せたみたいだ。

 光に包まれ姿が消えかかっている。

 黒の勇者もどうやら瀕死の状況。


 しかしおかしい……。

 俺の見立てでは、いくら魔王の《対消滅ノ炎渦フレア》でも一撃で倒せるはずではなかった……。


 いったいどういうことだ?

 俺の計算ミス?

 ナリカの魔法力が予想以上に高かったのか?


 ……まあいい。

 とにかくこれであと3人だ。

 黒の勇者も瀕死――体勢を立て直す暇なんぞ与えん!


「てめえ『俺が相手になる』って言ってた癖に、人の力借りてんじゃねえか……くそッ!」


 フン、多勢に無勢しかできないお前等がそれを言うかよ。


「いいんだよ、彼女は俺のだから。つまり俺の一部だ」


 そう言ってナリカの方をチラリと見ると、顔に火を付いたように真っ赤になっていた。


「くそがッ……く、来るな!」


 思いっきりハンマーを振り下ろし、奴の頭に叩きつける。


 ――ゴッ!!


 黒の勇者は押し潰され動かなくなった。

 奴の姿も光となって消えていく。


 よし、さらに功績を得られた。

 これで魔王の次に強い《深淵魔元帥アバドン》にクラスチェンジできる。


 ――よし、残り2人だ。






 残っているのは赤と青の勇者。

 赤の勇者ルゼは最後に倒す。

 奴は生かしておいた方がこちらの有利になる。

 こういった乱戦の時は、強敵よりも無能な味方の方がよっぽど厄介だからだ。


 奴等はナリカの《対消滅ノ炎渦フレア》を見て、すぐにコンソールを出して操作していた。

 おそらく対炎防御ステータスをあげたのだろう。

 これでさっきの方法は使えない。


「ナリカ。俺を《深淵魔元帥アバドン》にクラスチェンジしてくれ」


 ナリカは指示に従って、俺を深淵魔元帥に昇級させる。


 《深淵魔元帥アバドン》は魔王の次に強いクラスで、勇者に対抗できるほど、能力値の高いクラスだ。

 特に攻撃を避けるマニューバースキルのみなら最上位という評価を得ている。


 青の勇者へは「ルゼを挟んで対角線上に位置する」という作戦をとる。

 奴は魔術師系の勇者で、強力だが真っ直ぐにしか飛ばないスキルを好むと記憶している。


 俺は奴とは逆。

 湾曲の軌道を描く魔法を使って攻撃していった。

 常にルゼを挟んだ位置から攻撃してく。

 青の勇者の魔法は、ルゼが障害物となって撃つ事ができない。

 逆にこっちの魔法は、かなり命中させれている。

 深淵魔元帥になった今、普通の魔法でもダメージが通る。

 ルゼも剣を振り回してくるが、マニューバースキルを使うまでもなく避けていく。


「くっ……ルゼ邪魔だ! どいてろ!」

「うるせぇ! おまえこそ邪魔だ!」


 焦れた青の勇者が、ルゼの脇から強引に前に出てくる。


 が、そこの地面を踏んだ瞬間、魔法の蔦が伸びて青の勇者の足に絡みつく。


「くそっ、誘われていた! 《搦ム魔弦エントワイン》を仕掛けてやがった!」


 防御手段を講じさせる前に、青の勇者の背後へ四輪ドリフトのように回り込み、袈裟切りに一撃。

 クリティカルポイントを破壊され、消滅していく青の勇者。


「くそぉ……」


 消滅していく青の勇者を見ながら、俺は安堵の息を吐いた。

 そして張り詰めていた気を少しだけ緩めた。


 いま最後の難関をクリアしたのだ。


 一人残った勇者ルゼは、いわば消化試合。

 逆に気を張らずゆったりとした気持ちで、作業プレイに徹すれば99%勝てる。


「援護サンキュー、ルゼ。お前が居なかったらたぶん勝てなかったよ」

「くそ、くそ、くそ、近づいて来るんじゃねえ!」


 ルゼだって勇者だ。

 まともに戦えば俺に勝つチャンスは全然ある。

 だが奴は尻込みし、気持ちでもう負けていた。


「そ、そうだ、黄金騎士。助けろよ! 仲間だろ!」

「……黄金騎士だと?」


 ……なんだと!?

 ここに黄金騎士がいると言うのか!?


 ルゼの視線を追うと、出入り口に立つ黄金騎士が目に入った。


 コイツ最初からずっとそこにいたのか?

 だがなぜ戦いに入って来なかったんだ?


 勇者の中でもコイツだけは格が違う。

 黄金騎士の力があったならば、俺に勝機は無かったはずだ。


「なんとか言えよ黄金騎士! 仲間だろっ!」


 黄金騎士はルゼの言葉を鼻で笑うと、軽く手を振りそっぽを向いた。


「おい! てめえ! 同盟はどうなったんだよ! 血判状はっ!」


 どういうつもりか知らないが、ルゼを助ける気はないようだ。


「…………ま、そういう事らしい」


 俺はおもむろにルゼに近づくと、一刀のもとに切捨てた。

 これで黄金騎士以外の勇者6人を倒したことになる。


 だがここからが本当の正念場だ。

 勇者6人を倒すより、この黄金騎士1人を打倒する方が難しいだろう――そう俺の直感が告げていた。


「助けなくてよかったのか?」

「ああ、奴等が邪魔だったんでね。どうやって片づけようかと迷っていたところだ。キミが来てくれて助かったよ。キミたちが大魔術を使ってくれたおかげで、私の《無慈悲ナ降星メテオスォーム》や《対消滅ノ炎渦フレア》をうまく紛れ混ませる事が出来た」


 さっきの《対消滅ノ炎渦フレア》の時に覚えた違和感はこれの事だったか。

 コイツが同じ魔法を同時に発動させて、味方連中をこっそり始末していたわけだ。

 どうりでナリカの魔法力にしては威力が高いと思った。


「で、おまえの目的は? どうせ勇者7人を集めた発起人もお前なんだろ?」

「そうだ。勇者を集め、お前……魔王レイドを討伐したのも俺の差し金だ。風の噂で聞いたが、任期一年とかいうバカバカしい記録を狙ってたんだって?」

「……くっ!」

「ふふふ、残念だったな……“諫早”」

「…………えっ!?」


 こいつなんで俺の現実の名前を知っている!?

 誰なんだコイツ?

 黄金騎士は俺が現実世界で知っているやつなのか?


「おまえ現実世界で俺に恨みがあるとかか? それで魔王の座から引きずり落としたと……。だが俺は恨みを買った覚えがなんてない」

「……はっはっはっはははは、くくく……ふぁっ、ふはははっ……」


 いきなり高笑いを始める黄金騎士。


「お前何者だ?」

「…………いや、いきなり笑って済まない。ふふ……キミがあまりにも的ハズレのうえ自意識過剰だったのでね。つい笑いをこらえきれなかったよ、フフフ」


 ――ビキッ……!!


 こめかみに青スジが浮かび、今にも破裂しそうだ。

 なんだコイツは?

 いやに人の神経を逆撫でしやがる。


「…………で、あなた様は何者なんでしょうかね?」

「知り合いというのは間違い無い。……とは言っても接点はほとんど無いがね。しょうがない……俺は現実世界でも引っ張りだこの人気者だが、諫早は根暗な勉強の虫。そのうえ趣味はネトゲオタク。同じ現実世界といっても、住んでいる世界が違うんだよなァ」

「お前のリア充自慢なんてどうでもいいんだよ! お前が学校の人気者だろうが、イケメンアイドルだろうが、億万長者だろうが、神様だろうが、俺には1ミリたりともテメエに興味がないんだよ! さっさと目的を話せっつってんだろコガネ虫!!」


 そう啖呵を切っても奴はまったく動じることなく鼻で笑う。


「わかった、わかった。ここまで巻き込んだ以上話してやるが、実際の所マジでお前には関係ない話だから」

「…………関係ない?」

「そう、俺の目的はナリカ――いや、夏莉奈! お前だ!」

「なっ!?」

「えっ!?」


 こいつ……ナリカの正体が夏莉奈だって知っているやがる!?

 俺でさえ先日知ったばかりだと言うのに。


「……あんたもしかして」

「ナリカ。心当たりがあるのか?」


 そう尋ねるとこくりと頷いた。

 表情を見るに、あまり良い印象の人物じゃない事は確実らしい。


「さすがに勘が良いな。フフフ、愛するもの同士通じ合うってやつかね」


 なんだこいつ……気持ちが悪い。

 自分に酔っていやがる。


 ナリカもあまりの気持ち悪さに悪寒を覚えたのか、自分の身体を抱きしめ身震いした。


「察しの通り俺の正体は……」


 黄金騎士は顔を隠していた兜を掴み、上へ持ち上げた。

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