一話
「フハハハッ!! その裏切り者の首を落とせ!!」
俺の高笑いが大広間に響き渡った。
そこは薄暗い大広間だった。
入り口から奥にかけて、細長い赤絨毯が敷かれている。
燭台の炎が、辺りをぼんやりと照らす。
赤絨毯の両側に並ぶのは我が部下である、魔戦、魔呪将軍達。
赤絨毯の終端には小階段があり、そこを昇ると金色の王座があった。
そこに鎮座するのは俺――赤眼、長身の恐怖の魔王だ。
そしていま俺の眼前には、元部下だった男が斬首台に固定されていた。
この男は今から処刑される。
罪科は俺に対する反逆罪だ。
斬首台の周りは多くのプレイヤーが取り囲んでいた。
人の不幸は蜜の味――はやく処刑執行を見たくて、どいつもこいつも目をギラギラさせている。
「うわー、やめろー。たすけてくれー」
棒読みもはなはだしい口調で、助けを乞うてくる裏切り者。
まるで緊張感が感じられない。
「………………チッ!!」
俺の舌打ちが玉座の間に響いた。
くそっ! こいつロールプレイというモノがわかってない!
ゲームといえども全身全霊で演じてこそ、最大限楽しめるってもんだろ?
ゲームの間ぐらいは、羞恥心なんぞゴミ箱に捨てやがれ。
……まったく白ける奴だ。
そんな半端な心根だから一向にうまくならないんだ!
「もういい……カウントを始めろ」
俺はそう宣言し、親指で首をかき切る動作をした。
処刑官のカウントダウンが始まる。
――5、4、3、2、1……0!
「斬首!」
大刃が落とされ、歯切れの良い音が辺りに響く。
その音と共に、生首がゴロンと床に転がった。
首無し死体の体と首は、すぐに光と共に消滅し霧散していく。
“夢の中”とは言えど、殺される感覚というのは気持ちのいいモノではない。
痛みは一応無いのだが、恐怖感は現実そのままの感覚なのだ。
俺も初めて死んだ時は、なかなかにショッキングな感覚を味わった。
だがそれも初めだけ。
慣れたら案外楽しいもんである。
いまやジェットコースターやおばけ屋敷のような、楽しい恐怖感を味わえる、アトラクションのような感覚だ。
死ぬのにハマって、やみつきになる奴もいるらしい。
「いやぁ、やっぱ魔王うまいわ」
「ああ。あいつ相手に革命を成功させるのはムリゲーだわ。これで何度目の防衛よ?」
「すげーよなあいつ。純粋に尊敬するぜ。今回ばかりは危ないと思ってたんだがな。俺のところにも謀反の誘いが来ていたし……ふぅ、乗らなくてよかったぜ」
「謀反人達の行動を余すことなく把握していたらしいぞ。あいつ目と耳がそこら中にあるんじゃねえか?」
「うおおおおおおぉぉぉ!! レイド最高!! このまま記録を打ち立ててくれぇ!!」
周りのギャラリーから歓声があがる。
俺は軽く手を振って声援に応えた。
人気取りにはパンと見世物――古くからの定式だ。
裏切り者の処刑というのは、このゲームでは人気のイベントである。
魔王の長期政権を維持する為には支持率は重要だ。
そのためにこういった催し物を定期的に行って、部下達にサービスしている。
この処刑された男は謀反を企んでいた。
革命の準備をしていたところ俺に事前察知され、斬首刑に処された。
このゲームでは一度死んだら、下級魔族から再スタートとなる。
奴も今頃ザコ魔族に生まれ変わっている事だろう。
奴は裏切り者である。
だがその裏切りという行為は、このゲームでは別段責められる行為ではない。
これはそういう仕様のゲームなのだ。
裏切りや革命。
このゲームで成功させれば、もっともエキサイティングなビックプレイだ。
ただし謀反を起こして魔王を倒すのはなかなかに至難の業である。
もし成功させた場合は、称賛、感嘆の雨あられがそいつに降ることだろう。
「でもでも、ホントーにすごいです!!」
俺の隣から可愛らしい声が聞こえた。
俺の傍らに立っていた――この場にそぐわない可愛らしい容姿の女の子が、俺の方に尊敬の眼差しを向けている。
彼女の身長は140ほど。
淡い赤髪は地面に届くほど長い。
クリクリとした大きな純真そうな瞳。
彼女は俺と同じく魔族なのだが、服装は全体的に白系でコーディネイトされており、どちらかというと魔族というよりは天使に見える。
背中につけた漆黒の羽のアクセサリーが、申し訳程度の魔族要素である。
このナリカこそが俺の右腕――魔族ナンバー2にして魔皇后の位置に座する者である。
……とはいっても、外見からはとてもそうは見えないが。
「ホントーに、ホントーにすごいです! わたし魔王様に目を奪われっぱなしでした。動作の一つ一つが美しくて……きっと魔王様を超える人なんて数百年……いえ、未来永劫生まれないと思います! それに魔王様のプレイングは美学に溢れていてカッコイイです。他の人が同じ事をやっても感動が全然違うと思います! だから……えーと、えーと……なんと言うか……も、もう芸術の域に達してますっ!!」
「はは、さすがに大げさだよナリカ」
正直、過剰とも言えるほどの褒め言葉だ。
だが俺は、それが彼女の本心から出た言葉であると知っている。
だからその過剰絶賛でも心地よさしか感じない。
俺と彼女は王と后の関係である。
つまりは夫婦。
ただしそれはゲーム内での話。
しょせんはゲームのロールプレイに過ぎない、仮想の関係。
俺はこのナリカに恋愛感情を抱いていた。
本当の意味で、彼女と近い関係になりたいと願っていた。
ナリカに声をかけようしたが、そのとき部下の一人が走ってこちらに向ってくる。
「騒々しい。何事だ」
「申し上げます! 勇者率いるギルド《無頼庵》が、ウロボロス防衛ラインを超えて攻め込んできました!」
片膝をついて、そう報告してくる我が部下。
「ふぅん……我に逆らう身の程知らずの愚かな人間どもよ」
「いかかが致しますか魔王?」
「いいだろう、暇つぶしに相手をしてやる……よし出陣だ!!」
左右の魔将軍達から「おおおお」という大歓声が沸き起こる。
コンソールを開いて出撃の装備を整えていく部下達。
彼らの興奮が俺にも伝わってくる。
なんど体験しても良いものだ、戦前の高揚感というものは。
「わたしもお供します魔王様!」
ナリカが小さな体格に不釣り合いな武器を大量に背負って近づいてくる。
瞳を見ると、やる気満々といった感じで炎が宿っていた。
「ナリカ。お前はここで待っているんだ」
「でも、魔王様のお役に立ちたいです! わたしも前線に!」
「いいかナリカ。お前はここに残って城を守るんだ。前線が力を発揮するには、本陣の守りが堅固なればこそだ。その重責を任せられるのはナリカ、お前しかいない……頼んだぞ」
「は、はい。お任せを!」
正直、ていのいい断り文句である。
ナリカは魔皇后という魔族軍ナンバー2の地位にいるが、ぶっちゃけ超弱いのだ。
実際のところほとんど戦闘経験が無い。
こんな地位にいるのに超絶弱い。
なぜそんなアンバランスな状態になったかと言えば、俺の過保護が原因だろう。
死んでもすぐ復活できるとはいえ、彼女が殺されるシーンなんて絶対見たくない。
だから俺はいつも適当に理由をつけて、彼女を戦闘から遠ざけていた。
そんな状況でうまくなるはずがない。
装備、スキル、クラスは超一級なのに、戦闘はほぼ未経験という新兵以下の状態。
連れて行けば敵の的になるのは目に見えている。
彼女本人は、やる気に満ちあふれているのだが……。
俺は女性だけで構成したナリカ防衛隊に目配せする。
隊長はコクリと頷き「お任せあれ」と目線で返してきた。
よしコレで後顧の憂いはなくなった。
思う存分に闘う事ができる。
「よし、出陣だ!! 我に続け!!」
俺は剣を掲げて、配下に号令を出した。
愛馬ブラックペガサスで空を駆る俺を先頭に、火竜やコカトリスに騎乗した魔族軍前線防衛部隊が後に続く。
彼等は俺が熟考を重ね選抜した精鋭である。
戦場に到着すると、眼下には人の群れが見えた。
人間族と魔族が激しい火花を散らしている。
人間ギルドの方が数で勝っているようだ。
我が魔族軍はかなり押されている。
あれが《無頼庵》とかいうギルドか。
兵力は二千人ほどだろうか?
こちらの兵力と同等といったところか。
《無頼庵》の先陣を務めているのは、魔王と対の存在である勇者。
その勇者に近づく魔族軍兵士が次々となぎ倒されていく。
その様はまるで暴風のよう。
我が軍勢はそれに巻き込まれ、ゴミのように吹き飛ばされていく。
「あっはっははぁッ!! どうしたクソ魔族共ォ!!」
ご機嫌も最高潮と言った様子で、勇者が高らかに吠えた。
我が軍勢をほぼ一人で、圧倒的な力を持って蹂躙していく。
このように一人で多人数を無双するという光景も、このゲームにおいてはそれほどめずらしくはない。
このゲームにおいて魔王と勇者という2つは特別なクラスだ。
戦場に一人いるだけで大きくパワーバランスを崩すほど強大な存在である。
なんせ「千人VS勇者一人」という戦闘でも、しばしば勇者が無双し、勝ってしまう事があるほどなのだ。
それと対になる存在――魔王も同じく、いわゆる“チート的”強さを誇っている。
魔王は魔族プレイヤーの中からランダムに選ばれる。
完全に運任せ。
俺が選ばれたのも偶然である。
抽選は初心者だろうが上級者だろうが関係なく、平等の確率で選出される。
魔王に選ばれたら、
暴君となって悪逆非道の限りをつくすもよし、
良君主ぶりを発揮して皆を導くもよし、
魔族の支配者として思いのままに振る舞う事が出来る。
数日だけの絶対支配者――それが魔王だ。
「よし降りるぞ」
そう伝令を出すと、魔族軍は《無頼庵》の前に降り立った。
「魔族軍の援軍が来やがった」
「おい! 先頭の奴、魔王レイドだぞ!」
「マジだ。初めて見たよ……あれが最長記録更新中の例の魔王か……」
「チャンスが巡ってきたぁ!! あいつを倒せればシャバの借金が返せる!!」
俺の存在に気づいた敵連中が色めき立つ。
それは絶対強者に対する反応ではない。
どちらかというと欲にまみれ、ギラついた視線だ。
なぜ奴らがそんな反応を示すのかというと、これにはちゃんと理由がある。
このゲームの通貨単位は《マグナ》という。
このマグナはヴァモス内の通貨である。
だが、装備購入、ステータス強化、スキル習得、クラスチェンジ等――とにかく何をするにもこのマグナが必要になる。
ゲーム内のポイントは、このマグナにほぼ一元化されている。
マグナがあればほとんどの事は出来るし、逆にマグナが無ければ何も出来ない。
身も蓋もない言い方になってしまうが、このゲームの主目的はマグナを稼ぐ事と言ってもいい。
そしてこのマグナの一番デカイ稼ぎ方は――『魔王を倒す事』だ。
魔王を倒すと討伐賞金が倒したプレイヤーに入る。
報酬額は20万マグナ。
ただしこれは“在任期間1日”の魔王を倒した場合の賞金だ。
賞金は宝くじ等などでおなじみのキャリーオーバー方式だ。
1日で倒されなかった場合はその額が翌日に繰り越しになる。
その翌日も倒されなかったら、さらに翌日に上積みされる。
それが青天井で上積みしていく。
つまり賞金は『魔王の在任日数×20万』ということだ。
例えば在任日数が3日の魔王の場合。
3日×20万なので、60万マグナが倒したプレイヤーの懐に入る。
そして俺の在任期間は現時点で90日間。
つまり俺を倒した時に入る賞金は、積もりに積もって1800万マグナもの超高額賞金が手に入る事になる。
そしてここからが重要なポイントだ。
このマグナというゲーム通貨。
――なんと『現実世界で現金に替える事ができる』のだ。
もちろん違法なRMTなどではない。
銀行による正規の手続きで換金してくれる。
つまり俺を倒せば1800万円もの大金を得られるのと同義である。
人間ギルドの連中が色めき立つのも無理は無い。
奴等には俺が、札束を背負った鴨に見えている事だろう。
しかし奴らもそう簡単に動けるわけではない。
いくら一攫千金のチャンスだとしてもだ。
その理由は、魔王に倒されると『総資産の50%~80%を奪われる』というルールがあるからだ。
ここでいう総資産というのは、プレイヤーが持つマグナ、装備、アイテム、スキル、不動産等を含めたほぼ全てのものだ。
負ける公算が高い上に、コツコツ貯めてきた資産の大部分を一瞬で溶かされてしまうのだ。
そうそう立ち向かえるものじゃない。
だからこそ魔王は恐れ、嫌われ、敬われている。
ちなみに魔族が勇者に倒された場合も、20%~30%の総資産を奪われるシステムだ。
レトロ風RPGで例えると「勇者はスライムを倒した。30ゴールドを得た」というアレだ。
このリスクがあるせいで、ウチの部下も勇者に対しては二の足を踏む。
積極的には攻撃しにいってはくれない。
基本的に、勇者を見ると蜘蛛の子を散らす様に逃げていってしまう。
誰だって魔王打倒、勇者打倒の報酬は得たい。
だが初めに突っ込んで、捨て馬になるのは嫌だ。
なんせ倒されたらマグナ――いや、多額の現金を失う事になるのだ。
勝算も無しに突っ込めるはずがない。
大多数の者の頭には「行くなら魔王(勇者)が弱ってからにしよう」という思考が働いている。
俺が現れた事によって互いの軍勢はにらみ合いになり、打算という縛りにかかって膠着状態に陥っていた。
この状況は俺にとってあまりおもしろくない。
なんせこのゲームをプレイできる時間は限界がある。
時間はなるべく節約したい。
俺は頭を働かし、膠着状態を打開する方法をいくつか思索する。
状況、対戦相手、フィールド、戦力差…………。
色々なファクターを加味し、最適な打開策を脳内から検索する。
おもだったプレイヤーの情報を頭に叩き込んでいる俺は、記憶から《無頼庵》の勇者ルゼの情報を記憶から引き出した。
勇者ルゼ――推定総マグナ50万。
全体攻撃系スキル多用。
困ったら強攻撃系で突っ込んでくる“パナシ”癖がある。
強気で短気。
人の助言に耳を貸さない。
ふむ……なかなかいいカモだ。
仕掛けてみるか?
「《無頼庵》の勇者ルゼよ、提案がある」
「なんだ?」
「この勝負タイマンにしないか?」
俺は表情を真顔に保ったまま、ほくそ笑みを胸の内に隠し、獲物の前に“1800万円”という餌をぶら下げてやった。