冒険者ギルド
「うわー、でっけー」
思わずそんな呟きがもれる。あんまり乗り気ではないシュウを強引に引っ張ってミリアと一緒に『ササキの迷宮』へと向かう。
移動方法は以前ギルドに依頼の手紙を送るときに世話になったあの生真面目な兄ちゃんだ。馬車に一緒に乗せて貰う。始めなんとなく気まずそうな顔をしていたけれどちょっとフレンドリーに肩を叩いたら打ち解けてくれた。
冒険者ギルドについたときに別れたけど、どうしてだかまたカチカチに固まった反応を返してくれた。移動の最中なぜかミリアが睨んでいたから、たぶんその所為だ。次ぎ会ったときは慰めてやろう。
冒険者ギルドは見上げるほどに高かった。王都の中心にある城と同じくらいの大きさなんじゃないだろうか。入口付近には仰々しい装備をした人や、ローブを羽織ったいかにもという自己主張の激しい魔術師みたいな人、尻尾とか耳とか生えた亜人とかいろいろいた。
ところどころに小さな人だかりとかもあって、見た感じだと店が出てる。値段はアタシのところより少し高いくらい。アタシの住む街と違って需要あるから売れそうだなぁ。
「ねえカナメ、あっちで見世物やってるよ。見に行こうよ」
アタシの腕を引っ張るミリア。ナイフを使った曲芸だ。すげー。
刃物でジャグリングとかアタシには怖くて出来ん。
「かんけー無いだろ。冒険者登録済ますんならさっさと行こうぜ」
シュウが横槍を入れる。元々の目的は迷宮に潜ることだからどちらかといえばアタシ達のほうが道草くってるのか。
まさか年下に諌められるとは。
「登録はどこ行けばいいんだ?」
「とりあえず受け付けに行けば良いかな。そのあとランクとかギルドのルールとか説明してもらえるよ」
「受付は中にあるのか?」
「ああ。入口から入ってすぐ右のところにあるから迷うことも無いだろ。俺もしばらくこのあたりうろうろしてるから登録終わったら呼んでよ」
「分かった」
アタシとミリアはシュウと別れるとギルドの入り口へと向けて歩き出した。
歩いている途中周りからちらちらと視線を送られることもあった。そんなにアタシもミリアもきょろきょろしたりとか田舎者くさいことはあんまりしてないと思うんだけどな。
女二人連れってのもそこまで珍しくないだろうに。見回せばちょくちょくいるぞ。
魔法使いらしき二人組みにパーティがほぼ女性だけで構成されたような大人数の集団とか。
関係ないけど、所々に魔物を連れてる人がいる。ペット感覚なのかな?
視界に入ってくるだけで見苦しいのはむさいオッサンのパーティとか。そういうのに限ってガタイが良くて筋肉まみれのゴツイ体した奴が多いから見てらんないね。アタシがすきなのは細くて引き締まった体だし。
アタシの仲の冒険者のイメージ通りって言えばそんなんだから悪くは無いんだけどね。
「カナメぇ・・・・・・ここの男の人筋肉ばっかり。早く中行こう・・・・・・」
うん。アタシもそう思う。女の人でも斧とか持った筋肉な人いるし――――あれ? 筋肉って名詞だよね?
ミリアの呟きはアタシにだけ聞こえるようにしていたはずの小さなものだったんだけど、どこの世界にも悪口らしきものにすぐ反応する目ざとい奴はいるもので。
「おうおう姉ちゃんたち、筋肉のなにが悪いんだい?」
柄の悪い筋肉のオッサン三人組が絡んでくる。
「黙って聞いてりゃあ好き放題言いやがって。筋肉は悪くねぇんだよ」
「アタシは細くて引き締まった筋肉のほうが好きだけどね」
「あぁ? たしかに細い筋肉も良いかも知れねぇ。だけどな、ごっつい筋肉だってすっげぇいいところあるんだぜ」
おや? たちの悪いのに絡まれたと思ったけど、意外とこいつら話が通じるのか? まぁたち悪いことには変わらないけど。
「ごっつい筋肉にはごっつい筋肉なりのいいところがあるもんよ。俺の斧を振る威力を見ればすぐに分かるさ」
このスキンヘッドの筋肉、筋肉Aと名付けよう。三人の中で一番筋肉が発達してるし。
「こちとら脳みそまで筋肉で出来てんだ。分かってんのか?」
うん。分からない。このバカっぽい奴は筋肉Bだな。もしくは脳筋。
「・・・・・・・・・・・・」
もう一人、無言でもじもじする筋肉がいるが、はっきり言ってキモい。かかわりたくない部類だな。
「見たところ姉ちゃんたち冒険者になりたてだろ。筋肉のいいところ見せてやるから一緒に来いや」
おっと、まさかのパーティーのお誘い。一見するとナンパとしか取れないこのお誘い、筋肉しか好きになれなさそうな人たちだからむしろ信用できそうだわ。
アタシがそんなことを考えていたらミリアがアタシを庇うように前に出てはきはきと言い返した。
「なりません! 私たちはまだ冒険者じゃないですしもうパーティー組む人も決まってます!」
「そうか、それは残念だ。筋肉のすばらしいところを見せてやろうと思ったのに」
「もう筋肉のこと悪く言いませんから行って下さい」
「ん・・・・・・分かってくれたならいいんだ。筋肉もいいもんだぞ」
「そうだな。筋肉だもんな。また合うときがあったらよろしくな」
「・・・・・・・・・・・・」
ミリアの剣幕に押されてか、三人はすごすごと引いていく。最後の奴、顔を赤く染めていたけど大丈夫なのだろうか。せめて人として大丈夫なことを願いたい。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ギルドの中に入るとそこは広いホール状の形になっていた。でも、外から見たときよりも少しだけ大きさが足りないことを考えると二階もあるのだろう。
受付は何箇所かに別れていた。ただ、どこも込んでいて並ぶとなるとかなりの時間がかかりそうだ。
どこの列も二十人くらい並んでいて、そのほとんどで受付の人が困ったような顔をしている。どの受付の人も美形だ。なにかジンクスでもあるんだろうか?
「ねえカナメ、あそこ誰も並んでないよ?」
ミリアが指差した先はその言葉通りに何故か人が並んでいない。
アタシは分かっていてそれを見ないようにしていた。それを察したのかミリアはアタシの袖を引っ張って問答無用に引きずった。
「いいじゃんすいてるんだから。あそこ行こ」
「ちょ、分かってんだろあえてアタシがあそこ無視してたこと。大抵ああいう誰も並んでいないところは問題があるか面倒ごとがあるかのどっちかなんだよ」
「だーいじょうぶだって」
この言い方は絶対根拠ないね。けどニコニコとアタシを引きずるミリアは止まる気配が無い。
受付の少女? かな。そこまで駄目な奴じゃないことを信じよう。
「えーと、冒険者の新規登録をしたいんだけど」
受付の前でもじもじし始めたミリアに代わってアタシが話をする。
「っぇひゃ? えっと? えとえと何でしょう?」
・・・・・・・・・・・・寝てたな、今。
うん、寝てたね。
ミリアとアイコンタクトで会話する。こういうときはお互い口に出さずに伝わるから便利だ。
「新規で冒険者の登録したいんだ」
「新規の方ですか? えーっと、どうすればいいんだっけ・・・・・・」
使えねー。これじゃあ人が並ばないのも当然だ。
「そうです! 思い出しました。こっちの紙に名前と住所と年齢と性別とかあと経済状況とか書いてください」
この用紙明らかに別の紙なんだけど。
「あの、この紙冒険者の登録とは違うようなんですけど・・・・・・」
「ひゃう? あああこれは減税の申請書だったすみませんすぐ用意いたしますぅ!」
「あー、あんまりあわてなくて良いですよ」
「すみませんすみません!」
この様子だと並んだほうが早かったかなぁ。