買い物
気付けば、アタシは寝巻きの姿で布団の中に横になっていた。
確かアタシは工房でミリアの剣を作ろうとして素材の角に魔力を注いでいたはずなんだけど・・・・・・。
顔を向けて窓から外を見ると、窓枠から澄んだ青が広がっている。おまけに日差しがまぶしい。アタシの部屋の窓は朝に陽があたるように造ってあるし、空気も肌を冷たくを撫でるから朝であることは間違いなかった。
たぶん、魔力の使いすぎでぶっ倒れて布団まで這ってきたんだろうな。
・・・・・・眠い。魔力も回復しきってはいないみたいだ。
そう思い布団に潜ろうとして・・・・・・。
「何でミリアがアタシの布団の中にいんの?」
「えへ」
「百歩譲って布団の中にいるのはおいとこう。でも服は着ろ。風邪引くぞ」
「裸じゃないよ。パンツはいてるから大丈夫」
「そういう問題じゃねぇだろ!」
アタシのその言葉にミリアはむー。と唇を尖らせた。
「だって昨日カナメ工房で倒れてたからこの部屋まで運んで寝かそうと思ったんだけど、汗かいてたから服脱がして濡れタオルで体拭いてそのままだと風邪ひいちゃうからっていつもカナメが寝るときに来ている服を着せたんだよ」
「アタシの知らない昨日の様子の説明ありがとう」
まぁアタシのことを心配してくれていたんなら添い寝くらい別にいい。でも。
「それとミリアが服を着ていないのは関係ないよな」
「それはカナメが風邪ひかないように温めてたんだよ。それにカナメがどれくらい成長したか気になるじゃん」
その言葉を聞いたアタシの口からはぁ・・・・・・と重いため息が漏れる。
「もういいや・・・・・・で、アタシは工房で倒れてたんだよな。あの角が今どうなっているか分かるか?」
「うん? あれならたぶんそのままだよ」
「ちょっと見に行ってくる」
アタシは寝巻き姿のまま布団をでて工房へと向かった。後ろで、「カナメの匂いがいっぱい染みてる布団~」とか言ってるけど無視。アタシの親友は昔からああいう奴だったし。
工房は昨日と変わらない様子のままだった。その中のいつもアタシが使っている鉄製の机の上に白い角は乗っていた。それを手にとって、昨日の時点で角に注ぎ込んだ魔力を循環させる。アタシの魔力を全部持っていったくせにまだ一割程度しか溜まっていない感触がある。
これだけの素材だ。最高のものを作りたい。
ミリアには申し訳ないけれど剣の完成はもう少しだけ先になりそうだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
太陽が昇りきってから、アタシはミリアを連れて買い物に出ていた。
目的は一ヶ月に一度だけ開かれる自由市場。掘り出し物があることもしばしばで、毎月楽しみにしている。
あとは、帰りがけにでも食料品や日用品をいくつか補充するため。本当は一人で来るつもりだったんだけどミリアも駄々をこねて無理やりついてきた。店番を任せるつもりだったんだけど。
まぁ、店番なんて誰も来ないからいてもいなくても変わらないんだよね。
「ねぇカナメ、なに買うの?」
自由市場の店が出るとおりに近づいて人が増えてきたころ、アタシの腕にしがみつくようにくっついているミリアが尋ねてきた。
「ふらふらと見ていいものがあったら買うさ。誰かが遺品の整理をした後とか古めかしい魔道具があったりするんだよ」
「カナメなら魔道具くらい自分でつくれるじゃん」
「そうだけどさ。アイデアもほしいし、他の人が考えたデザインとか見てて楽しいんだ。参考にもしたいしね」
「ふーん」
買うものにあまり興味が無くなったようでにミリアは辺りをキョロキョロト見まわしはじめた。なんか、小動物みたいな動きをするなぁ。
唐突に「あっ!」と声を上げる。
「カナメカナメ、あそこ? 人多いね!」
「そっか、ミリアは初めてだもんな」
少し離れたところからでも分かるくらいの人の多さ。はじめてみたミリアが驚くのも無理は無い。たぶんだけど、アタシの住んでる町の人口よりも多いんじゃないだろうか。王都のさまざまなところから人が集まってくるんだから多くて当然かな?
「そこの可愛らしい姉ちゃんたち! 見てかねぇかい?」
いろいろ物色しながらそんなことを考えていたらだみ声のおっさんに声をかけられた。あんまりきょろきょろしてたから田舎者とでも思われたのだろうか。
そうだけどさ。
「なにがあんの?」
「よく聞いてくれた! 見てみろよこれ。王国騎士御用達の店の一品だ」
自信満々におっさんが手に掲げる剣は確かにきれいだが、それだけだった。そこそこ丈夫そうで装飾も施されて入るけれど何だか面白みにかける。
「うーん。遠慮しとくよ」
他のものも見てみたけれど面白そうなものは何も無かったので、断りつつ軽く愛想笑をして別の店を見ていく。さまざまなところでかかる面倒くさい引き込みにも同じように対応していたら、ふてくされた顔をしたミリアがぎゅっとアタシの袖を引っ張った。
「あんなの無視しちゃえばいいのに、カナメは律儀」
「まーな。一応アタシも商人の端くれだし、あんまり他人に雑な印象を与えるのもどうかと思ってね。それにどこで誰が見ているか分からないからな。人の噂って怖いんだぞ」
「そういうものなの?」
「そーゆーもんなの・・・・・・ん?」
ミリアと会話しながら手近な店の商品を見ていたアタシの視界の端に不思議なものが映った。
「どうしたの? 急に早足になって?」
「面白そうなものがあった」
アタシは簡潔に答える。
すたすたと人ごみをすり抜けるように歩くとすぐに目的の品を置いている壁際の店の前に着いた。乱雑に並べられている商品たちの奥に、くたびれた様子の初老の男性が座っている。
「嬢ちゃんたちどうしたんだい? こんな寂れた店にはろくなもの無いぞ」
「オッサン、これいくらだ?」
アタシはすぐ手前にあった赤黒く形の悪い杖を示して露店の主に問いかける。
「あ? それならいいよ。ただでくれてやる」
「はぁあ?」
あまりの適当さ加減につい声を荒げてしまった。ただでくれるんなら貰うけどさ。なんとなく気分悪いじゃん。
「使ってみれば分かるよ。魔力は通るんだが、魔法がほとんど形にもならないんだ。数年前に飲み仲間から押し付けられたんだけど、誰にも使えなくてね。
それに見ろよ。杖先にこれ見よがしと刻んである『まおーさまのつえ』とか、ふざけてるとしか思えないだろ」
言われたとおりに杖先を見てみるとたしかに子供のような字でそれが刻んであった。
「そんなもん欲しけりゃやるよ」
「まじか。貰ってくよ。ありがとうな」
アタシは銀貨を一枚オッサンに渡す。
「まいどー」
驚いたような声でおっさんが苦笑いする。
ただでいいって言っていたものに銀貨一枚も払ったらそうなるか。銀貨一枚、つまり一万クロン。下手な剣なら買える金額だ。
「良いのカナメ? そんなに良いものには見えないけど」
「ん。アタシもそう思う。なんとなく面白そうだったからな」
「たまにカナメってそういうところあるよねー」
「そうだな」
でも、満足した。掘り出し物っぽい杖も買ったしあとは日用品でも買って帰ろうか。
「ねえカナメ?」
そんなこと思っていた矢先、ミリアが問いかける。
「昨日汗拭くときも思ったんだけどね・・・・・・・・・・・・ブラはしないの? 買いに行こうよ」
「嫌だ」
即答。
アタシの装備はショートパンツによれよれのシャツ。これが気に入ってるんだ。
田舎にいたときから二着の同じ服を使い続けてたら、そのうちに擦れてきちゃって一枚が破けた。子供だったアタシはめちゃくちゃ泣いたけど、お母さんがすぐに同じ型の新しいのを繕ってくれた。
それ以降アタシは同じ装備(服だけど)一式五着ずつ持っている。
これがアタシの正装だ。
「私ね・・・・・・」
「どうしたミリア?」
「カナメのおっぱいがその薄いシャツの下でブルンブルンしてるところ見ると鷲掴みしたくなるんだ」
「よし買いに行こう」
アタシの正装に、アクセサリー? が加わった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「遅いじゃないか、何してたんだよ」
夕方になって店に帰ると、シュウが店先の椅子でふてくされていた。この顔は、半日は待たされたという顔だ。
「どうしたんだ? こんなところまで来るなんて珍しいな」
「ちょっと剣が欠けちゃって、手入れして欲しいんだ。金は払うよ」
「ちょっと見せてみ」
アタシは結構派手に欠けたその剣を見て、シュウに向き合う。
「もしかして、なおせないとか?」
少しだけ不安そうな顔をシュウは向けた。初めて手にした剣だから愛着があるとかそんな感じだろうか?
ゴブリン産の剣だけど。
「すぐ直せるよ。けどもう今日は疲れたから明日な」
「すぐ直せるなら今日やれよ!」
シュウが騒ぐがアタシは気にしない。
今日はもう暇すると決めたんだ。




