刀鍛冶
ミリアがアタシの店に住み込みで働くようになってから一週間。
アタシはオークもどきの処理について考えていた。まがりなりにもこの魔物は冒険者達に多大な被害をもたらした。あたしには信じられないけど、ミリアが言うにはアタシでも余裕で勝てるみたいだ。
初めて遭遇したときアタシが奴らをしとめていればこんなにたくさんの被害が出ることはなかっただろうし、その罪悪感も相まってオークもどきを冒険者ギルドに無償で提供することにした。アタシもあんなの要らないしね。
その方法はきわめてシンプル。アタシのオリジナル魔術『人形操作』で死体を操る。そして操ったオークもどきたちを冒険者ギルドへと向かわせる。
当然、ギルドでは戦闘が起こるはずだ。あとは冒険者側に被害を出さないように程よく負ければいい。
魔力で死体を操りながら、彼らの目に入っているものもアタシの頭の中に入ってくる。別段気分のいいものではない。
ネクロマンサーとかいう魔物を操る魔物がいるけれど、気分はそれ。あいつら、よく平気だなーなどと感心してしまう。
と、そんな感じにこの一件は落ち着きを見せた。
しばらくの間冒険者ギルドの近くの商店や武器やは大量のオークもどきの素材で賑わいを見せたらしいけど、離れたところにあるアタシの店まで冒険者達は来てくれなかった。
もともとアタシが罪悪感ではじめたことだから仕方ないんだけどね。
ミリアといえば、今ご近所さんの間でもっともホットな話題になっている。
アタシの店にお客さんがいないのはいつものことだから当然といえば当然だろうけど、そんな店に従業員が増えれば誰でも疑問に思う。
そんな中持ち前の笑顔であっという間にご近所さんの心を虜にしたミリア。
いつもニコニコしているミリアには聞きずらいのかこの前ローメルさんが「新しく入った娘のお給料とか大丈夫なの?」とか心配してアタシに聞いてきたが、貯えはあるしちゃんと一定の金額は払っている。一週間で銀貨三枚だ。いくら幼馴染でもその辺はアタシは弁えている。
それを言うと今度は「高すぎない?」とアタシが心配された。なんだか店番をする一個人に払う金額としては異常らしい。騎士をしているロメールさんの旦那さんでも一週間に銀貨五枚というから驚きだ。
それでもミリアに直接聞けるおばちゃんはいるようで、給料の事を言われたミリアはといえば。
「私はカナメと一緒にいれば幸せですから」
とか満面の笑みで答えたらしい。
ちゃんと給料出してるから。そのことを本人知らないだけかもしれないけどそういう答え方ヤメテ!
次の日にはアタシが同性愛者という噂が町中に広まっていた。何故アタシだけ・・・・・・?
アタシにそんな性癖は一切ないのに。
そんな感じにミリアが来てからの一週間は過ぎていった。
そんなアタシの苦労はおいといて、アタシにはひとつ、ミリアが来たときに疑問に思ったことがあった。
それは彼女が店に来たとき背中に担いでいた大剣だ。そう、オークもどきを串刺しにしていたあの剣。
もともとミリアはショートソードの使い手なのに、どうして大剣なんて使っているのか気になって聞いてみたところ、迷宮の最深部まで潜った次の日に母親に没収されてしまったらしい。
おばさんはミリアが村から出て行くことにあまり乗り気ではなかったみたいだ。というよりも反対してたのかな。だから迷宮の一番奥に行けたらなんて無茶なこと言い出したのだろうか。そもそもあの迷宮の地下七階がアタシとミリアが迷宮の攻略を始める前の村の記録だったから、無理だと思ってその約束をしたんだろうな・・・・・・。
まぁ、予想を裏切ってミリアが最深部まで攻略しちゃったから最後の悪あがきで彼女の愛剣を没収したのだろう。
店にある剣は一般の冒険者用の剣と大剣しかおいていない。
結局、アタシが作ることになった。もともと村でミリアが使っていたショートソードもアタシが作ったものなのだ。ミリアの強い希望により、アタシがまた彼女の剣を作ることになった。
やばい、面倒くさい。
ミリアが来てくれたおかげで最近はアタシも空いた時間は店番を任せて部屋でごろごろしているのだ。引きこもりたい・・・・・・。
ここは一つ。
「ねえミリア」
「どうしたの?」
「剣を作る素材がないから手に入ったらでいい?」
言い訳を用意。
「それだったら心配要らないよ、二回の部屋のアタシの鞄の中にちょっと大き目の角が入ってるから。それ使って。真っ白だけどネジみたいにぐるぐるしててカッコいいんだ」
玉砕。いや、まだアタシの逃げ道は残っている!
「ほら、剣を作る道具とか無いし」
「? なんで? いつもカナメ魔法で剣を作ってたし手入れもよく魔法でしてくれたよね」
・・・・・・そうでした。
「今日の午後から作るよ。晴れてるし・・・・・・」
たまには労働しよう・・・・・・。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
工房の扉を開けると、冷えた空気が頬をなでた。陽のあたらない方角に窓が二つ取り付けてあるだけのこの工房の中は薄暗い。
少なくてもアタシみたいな女の子のいるような場所じゃないよなぁ・・・・・・真面目にやって早めに終わらそう。
そう思ってアタシはミリアから預かった白い角を取り出して剣の練成に取り掛かる。まずは角の先から軽く魔力を通してその状態を観察した。
驚いたことに、この角は恐ろしく魔力の通りがよかった。そのまま十分以上同じ魔力を角の中で循環させてみたが失われる魔力は全く無かった。実際のところ無限の循環は無理だろうからほんの少しずつ減っているんだろうけど分からない。今までアタシが触れてきた素材の中で一番の代物だ。
ミリアのことだからきっと迷宮の奥で見つけたものをお守り代わりにでも持ち歩いてたのだろう。
試しにと思って剣の形を想像すると、魔力で形と性質を捻じ曲げるよりも早くに刃が形作られていた。その事実にアタシは驚愕する。
「嘘だろ・・・・・・」
そんな言葉が思わず漏れるほどに。
意思だけでその形を変える素材。そんなもの、御伽話にすら聞いたことも無い。
魔力をこめて作った剣は通常の鍛冶で作ったものと違って魔力をこめた分だけその形を保つようになる。つまり、欠けたり壊れたりしにくくなるのだ。もちろん素材の質ごとに違いはあるのだけれど、普通の鍛冶では得られない耐久力を持つことになる。
偶の例外はあるけれどそういうものは存在の耐久力とでも言うのだろうか、長い年月の間変わらない形で留まるようになる。その期間の間は壊れない武器としてこの世にあり続けるのだ。
この角を例外に当てはめるとするならば、使用者の思う様に形を変え、その意思のある間は欠けることも壊れることも無い武器が出来ることになる。
とりあえず形を元の角に戻して、もう一度それをまじまじと見つめる。
――――すごくわくわくしてきた。やばい、そんなものが作れるのならばアタシの手で作ってみたい。そして、その機会がいまこの手の中にある。
「ミリア!」
普通に店先にいるミリアを呼んだつもりだったのだけど、つい声が上ずってしまった。
「なあに? そんなに大声出してどうしたの?」
「失敗したらごめんな」
「?」
アタシの言葉に一瞬だけ首を傾げ、ああとアタシのほうを見なおすと。
「カナメが私のために剣を作ってくれるんだから気にしないよ。もし駄目でもそのときは別の剣を作ってもらうとして、あとはカナメに何かしてもらおうかなー」
笑いながら言う。まるでアタシが失敗することなど微塵も考えてないというような様子だ。
――――アタシだって失敗することはあるんだぞ。
けれど、許可は貰った。あとはアタシの全力をもって剣を作るだけだ。
こんなに緊張して、けれどものすごく気持ちが昂ぶるのは田舎のおじいちゃんの弓をはじめて作ったとき以来。
アタシは両手から、まるで角に吸い取られるかのように魔力を送る。