魔族と魔物
迷宮の攻略は順調に進んでいた。
ぶっちゃけ、勇者パーティーが優秀な所為でアタシとミリアの出る幕がまったくない。
前衛の勇者ヒロトと格闘家のデダルが戦ってる後ろで、アタシ達はロロさんと雑談をする余裕もあった。
つまり、暇だった。
けれど。
迷宮の五十階を越えたときに、異変は起きた。
「何かいるわ」
始めに気づいたのはシーフのリューリ。
アタシは気づかなかったけど、ミリアはリューリの言葉で気付いたようだった。
「来るわ!」
リューリが叫ぶ。
まだ見えない通路の奥から、火球が飛んできたのだ。
アタシは魔力障壁を展開する。けれどとっさに張った障壁では近くにいた近くにいたロロさんとミリアを囲うのが精一杯だった。
けれど、障壁に当たる前に火球は霧散する。
ミリアが剣を振り、その剣圧で火球は吹き飛んだのだ。
「ミリア! ありがとう!」
アタシはミリアに礼を言うと、ほかの三人の状況を見る。
早めに察知できていたリューリはぎりぎりで交わせたようで無事だったが、一番前に立っていたヒロトとデダルは火球をもろに食らって倒れていた。
二人とも鎧が溶けて身体は大やけどを負っている。
あれはやばい。早く治療しなきゃ。
そう思って一歩踏み出すと、薄暗い通路の先から声が聞こえてきた。
「ふはは、勇者といっても所詮この程度か」
「・・・・・・魔族! 何でここに!」
リューリが叫ぶ。ロロさんも苦い顔をしていた。
魔族のその姿はローブに隠されていたけれど、隙間から覗く紫色の肌と頭に生えた鬼のような角はよく目立っていた。
「勇者一行がこの迷宮に潜っているという情報を得てな、偵察に来たのだよ。まあ、ここまで弱いとは想像だにしていなかったがな」
見ていて、思う。
・・・・・・アタシあいつなんか嫌いだ。
まず、しゃべり方がウザイ。
あと声が耳障り。
「われら魔族の障害になるかと思って勇者を見に来たのだが、ここまで弱いか。たかが火球一発で倒れてしまうとは、人間の戦力も高が知れているな」
回りくどい。
イヤミったらしい。
ここまでアタシの嫌いな要素を持っているやつも珍しいな。
「何よ! 不意打ちしたくせに!」
リューリが魔族の男に言い返すが、その声には焦りが含まれている。
アタシはポーチから錠剤型のポーションを取り出すと、ヒロトとデダルのところに向かって歩き出した。
「ミリア、ちょっとロロさんとリューリを後ろにやってくれないか?」
「うん。わかった」
ミリアはアタシのやろうとしたことを察したのか、一瞬で魔族の正面に立っていたリューリをつかんでロロさんの横に戻る。
「ちょ、何すんのよ」
一瞬で移動したことに戸惑うリューリだけれど、ミリアに抱えられてじたばたしていた。
ごめんな。ちょっと辛抱していて。
「ん? どうした小娘よ? 命乞いか?」
いちいちウザイな。イライラする。
アタシはそう思いながら意識を失っているヒロトとデダルの口にポーションを投げ込んだ。
そのうち回復するだろ。
けど、意識がないとすぐに飲み込めないのが欠点だな。これは改良しないとなぁ・・・・・・。
「ふ、勇者どもを助けようとしたところで無駄だぞ。どうせお前らは全員ここで死ぬのだから」
なにこの男?
あーもう本当イライラする。
「命乞いをするなら頭を地面にこすり付けろ。家畜としてなら助けてやってもよいぞ!」
ちっ。
思わず舌打ちをしてしまう。
「あ、カナメが切れた」
ミリアの声が聞こえた。
別に、切れてはいないよ。ちょっとイライラしただけで。
アタシは魔族の男に向き合うと、はー。と一息すってから言う。
「あんた、なんなの?」
「ほう・・・・・・俺に歯向かうとは活きがいいな」
知らねぇよ。そんなこと。
「不意打ちをするくらいならいいさ。戦いなんだしな。けど、アタシはあんたみたいな回りくどかったりウザイのはきらいなんだ。生理的に無理」
「だからどうした」
「うざいから、殴る」
「は?」
アタシは魔力を拳にまとわせて、宣言通り魔族の男を殴った。
迷宮の壁を壊しながら突き抜けて、男は吹き飛んだ。
・・・・・・ああ、すっきりした。
一発殴っただけなのに、こんなにすっきりするとは思わなかった。
よっぽどストレスたまってたのかな、アタシ。
「ミリアー、あいつ、田舎にいたクソジジイに似てなかったか?」
「カナメがいつも嫌いって言っていた近所のおじさんのこと?」
「そうそう」
「確かに似てたかなー、雰囲気とか」
「田舎じゃ殴るわけにもいかなかったからな、代わりに殴れて結構すっきりしたよ」
「あはは・・・・・・」
いつもアタシに肯定的なミリアもちょっとだけ苦笑いだ。
あのクソジジイ、ミリアにはやさしかったからな。
「くそ、くそ、くそがぁぁぁ!」
そんな会話をしていたら、崩れた壁の奥からボロボロになったローブをまとった魔族の男がよろよろと歩いてきた。
「たかが人間ごときが! 俺を誰だと思っているんだ。魔王様から魔族領の東一帯の管理を任されたゲノルジュ様だぞ!」
またイライラしてきたな。
魔族領のことなんてアタシには関係ねぇよ。
「まとめて死ぬがいい! 出でよ! ツインヘッドビートル!」
男の後ろに巨大な魔法陣が現れて、そこから人の五倍はありそうな大きさの魔物が現れる。現れた魔物の身体がぶつかり、狭い迷宮の通路がガラガラと崩れ落ちた。
「あれは伝承の・・・・・・」
呆然と魔物を見上げるロロさんがつぶやく。その顔色は赤みを失い、青っぽく見える。
けれど、その魔物の姿にアタシは感動した。
田舎を出て、バルーンバード以外に初めてアタシの知っている魔物にであった。
あれは『タナカの迷宮』の一階で見たやつと一緒だ。
初めてミリアと迷宮に潜ったとき、めちゃくちゃ苦戦した魔物だ。
「なあミリア・・・・・・」
「うーんとね、そろそろ掃除用のモップの柄が傷んできたかな」
「了解」
アタシとミリアのやり取りに、魔族だけでなくロロさんとリューリもぽかんとしている。
そんな変な会話してたかな。
「貴様ら、何の話をしている!」
魔族の男が何か喚いている。
何って・・・・・・家事を担っているミリアにそろそろ取り替えたほうがいい物がないか聞いただけだけどな。
カブトムシの頭が二つついたような形をしたツインヘッドビートルは、巨体であるがゆえに迷宮ではあんまり早く動けない。だから、魔法のいい的だ。
「『スパイラル』」
アタシは水属性の魔力を付与した『スパイラル』をツインヘッドビートルに向かって放った。
後は魔法を操作して、二つの角を根元から切断する。
「きしゃぁぁぁぁぁ!」
耳障りな悲鳴が迷宮内にこだまする。
あのツインヘッドビートル、虫の癖に痛みがあるのか。
迷宮にいた奴は自分が傷ついても問答無用でアタシたちを襲ってきたから、こいつよりもたぶん凶暴なんだろう。
がむしゃらに、ツインヘッドビートルは手足を振り回している。
その手足を一本ずつ、『スパイラル』で切断していくと、六本あった足はすぐにすべて切断された。
巨体が倒れ、近くにいた魔族の男の上に落ちる。
「うわあああああああ!」
プチ。
そんな音が聞こえた気がした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「カナメちゃん、すごかったわね」
ロロさんが、赤くなった顔でアタシを見る。
「でも、足は分かるけど何で角を切り落としたの? あの巨体だからバランスを崩せばいいって言うのは分かるけど、ツインヘッドビートルは伝承によると角はオリハルコン以上の硬さがあるらしいのよ?」
「ああ、あの角ですね。あれ、モップの柄にする予定ですよ。長持ちしますから」
「はい?」
ロロさんがほうけた声を出す。
こういうのもなんか新鮮だなぁ。
「ほかにも農具にも使えますし、角は鍬の柄に、足のつめは鍬の先とかに使うとツインヘッドビートル製の丈夫な鍬ができるんですよ」
「ねえロロ、こいつら馬鹿じゃない?」
リューリが膝にヒロトの頭を乗せながら言う。
馬鹿とは何だ、馬鹿とは。
あと、シブいおっさんも膝に乗せてやろうよ。治療のあと地面にほっとかれて可哀想じゃないか。
「まあ、カナメちゃんだしねぇ」
「どういうことですか?」
「私もよく分からないんだけど、カナメちゃんもミリアちゃんも人とはどこかずれてるというかなんというか・・・・・・まあそういうところが魅力的でもあるのよねぇ・・・・・・」
ロロさんはぶれない。
こんなときでもアタシたちにさりげなくアピールをかけてくる。
「今日は疲れたから帰りましょう。私達も王様や教会に魔族のことを報告しないといけないし」
疲れた顔でロロさんは言う。
なんだか勇者パーティーもめんどくさそうだなぁ・・・・・・。
「頑張ってくださいね」
「何々カナメちゃん、心配してくれるの? だったら私、キスしてほしいわ」
「しませんよ」
「あら、残念」
「カナメの唇は私のです。ロロさんにはあげません!」
いやミリア、違うよ。アタシの唇はアタシのだぞ。
「まあいいや、ミリア、アタシたちも帰ろう」
「そうだね、夕飯は何がいい?」
「そうだなぁ・・・・・・」
「ミリアちゃんには『まあいい』で済ますのね。うらやましいわぁ・・・・・」
そんなやり取りをしつつ、アタシたちは帰還石を起動させて迷宮の外に出る。
迷宮の中のこもった空気とは違って、外の空気はおいしい。
今日は、疲れたなぁ。
百合成分が足りない・・・・・・




