ルルーの席はセラの肩の上
今度はいよいよ本来の目的であるバルーンバードの卵の孵化だ。
本当はもっと早くにしたほうが良かったんだろうけど、アタシもソノアもセラにいくつか魔法を教えておいたほうがいいと思って後回しにしていた。せっかく魔力を使えるようにもなったんだしね。
結論。
セラはすぐに三つの魔法を使えるようになった。
ソノアが言うにはもともと才能があるようで、本人さえ良ければ弟子にでもしたいとのこと。
魔法使いもランクがあるらしく、弟子を一人前にすることででまたひとつ上のランクにいけるらしい。
もちろんセラは断っていた。
大体ソノアも六歳児を弟子にとろうとか何を考えているんだろう。
セラが覚えた魔法は、『灯』と『ショートスタン』と『道標』の三つ。
『灯』は呼んで字の如し。あかりを灯す魔法だ。
『ショートスタン』は変質者対策。相手を短時間だけ麻痺させる魔法。このあたりでは出たと聞いたこと無いけど、一応念のため。セラはかわいいからね。ついでにセラには「見たこと無い男の人に話しかけられたらとりあえずぶっ放しとけ」と教えておいた。もし変質者じゃなくても、小さい女の子のやることだし許してくれるはず・・・・・・たぶん。
『スタン』と違って気絶させることも無いしね。
最後の『道標』はアタシのオリジナル魔術のひとつで、行きたい場所を念じるとその方向へと矢印が現れる優れもの。回り道とか、近道とかも教えてくれる。欠点としては一度自分で行ったところでないと方向を示すことができないことかな。
セラが迷子になって人攫いにでもあったら大変だし、あたしの店に来た帰りに変質者と遭遇したりとかしたらロメールさんに申し訳ない。後味悪すぎる。
ちなみに『道標』はソノアが一般化させたいといっていた。今まであった魔術だと自分の通ったところに目印ができるだけの魔術みたいだったんだけど、それよりも『道標』のほうが段違いに便利らしい。
確かに一度行ったところであれば地図いらずになるわけだし、一度魔術を発動させてしまえば意識的に消すまでずっとその矢印が残ってるから道を間違えることもないし、自分でも便利だと思う。ミリアと一緒に迷宮にもぐっていたときも帰りにはよくこの魔法を使っていた。
閑話休題。
セラは今、卵に向かってうんうん唸っている。
さっきからずっと卵に魔力を注いでいたからたぶん魔力が足りなくなってきてるんだと思う。
セラの肩の上に座っているルルーも、なんだか心配そうな表情をしてセラの横顔を見ている。
・・・・・・そろそろ限界かな。
アタシは近くの棚から小瓶に入っているMP回復薬を取り出してセラに飲むように促した。
それを飲んだセラの表情がすごく和らいだものになる。
うん。よかった。
子供のうちは魔力は使えば使うほどに増えていくらしいから、やれるうちに魔力の扱いも練習もしておくべきだ。
この小瓶でもアタシの魔力の三分の一くらいは回復するから、まだ子供のセラには十分足りると思う。
「あっ!」
そんなことを考えていたら、セラが嬉しさと驚きが混ざったような声を上げた。
卵のほうに目を向けると、こんこん。と音を立てながらぐらぐら揺れ動いている。
小さなひびが一筋入った。
そこからはあっという間だった。
始めについた一筋のヒビを中心にして、卵の殻が内側からバリバリとものすごい勢いで破られていく。
バルーンバードの片方の羽が、殻を突き破った。
「わ! わわ!」
間近でセラも嬉しそうに見入ってる。
まだ魔力を注いでるようだけど、もういいんじゃないか・・・・・・。
卵の殻がはじけるように割れていくのと同時に、中からこぶし大ほどのバルーンバードが、成長とまったく同じ形で生まれた。
へー、魔物って生まれたときから親と同じ形しているんだな。違いといえば、小さいことくらいだ。
ぶるぶると、体をゆすって卵の殻のかけらを落とす雛鳥? はぴぃと産声を上げた。
「真っ白な鳥さんだ~」
セラはバルーンバードが無事に生まれたことに喜んでいた。
「白・・・・・・ですね」
ソノアが呟く。
その雛鳥は、アタシの知っているバルーンバードと違って真っ白だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ぴぃー! ぴぴー!」
白いバルーンバードは元気よく店の中を飛び回って、棚から棚へと好きなように行き来している。その際にちょくちょくいろんなところにぶつかっているけど、せめて商品にはぶつからないようにしてほしいな・・・・・・。
しかし、生まれたばかりで飛ぶとかさすが魔物。
根性あるね。
白いバルーンバード。名前は『シロ』とセラがつけた。
シンプルだけど、白いバルーンバードなんてめったにいないからこの名前はぴったりだと思う。
「ぴぃー」
「ルルー!」
シロはセラの肩にとまろうとして、ルルーと喧嘩していた。
ちゃんとセラを親として認識しているみたいでよかったよ。
シロが生まれたとき、なぜかアタシと一番初めに目があってしまったからアタシが親として認識されていないかすごく不安だったんだけどそこはやっぱり普通の鳥とは違う。
魔物だけあってちゃんと魔力を与えた相手を親として認識しているみたいだ。
「もー、けんかはだめだよ!」
肩の上の一人と一羽はセラのお叱りで静かになった。
結局は古参であるルルーがその場所を死守したようで、シロはセラの頭の上に乗っていた。
今のセラにはなんだかちょっと重そうだ。
せめてセラの背の伸びるのが抑制されないことを祈ろう。
小さいままでいてくれればそれはそれでかわいいからいいかも。
「カナメおねえちゃん、セラちょっとシロのことお母さんに見せてくるね」
「ああ、でも今日は遅いからそのまま帰ろうな」
「うん!」
日もだいぶ傾いている。
あ、そうだ。
「なあセラ、せっかくだしさっき覚えた『道標』の魔法を使って帰ってみないか? 魔法を覚えたって知ったら、ロメールさんきっと驚くぞ」
「『道標』? うん! 使って帰る!」
元気よく返事をして嬉しそうにかけていくセラ。
「さて、お前も帰ろうな」
アタシはまだ店に残っているソノアに声をかける。
「え? 私も帰らなきゃだめですか? まだカナメさんに貸しを返してもらってませんよ」
「また今度な。もうすぐ買出しにいってるミリアも帰ってくるし、今日はアタシも夕飯たべてシャワーを浴びてすぐ寝たい」
とたんにソノアは残念そうな表情を作る。
「はぁ・・・・・・しょうがないですね。今度絶対くすぐっ」
「くすぐるのは却下な」
「早! 何のために私はがんばったんですか!」
「かわいい少女の笑顔のためだろ」
「私のうずくわき腹は? 夜な夜なカナメさんの指を求める腋の下は?」
「やらないに決まってるだろ」
「そんな・・・・・・」
地面に両手両膝をつくソノア。
そんな大げさな。
「そういえば、白でしたね」
さらりと話題を変えるソノア。開き直り早すぎるだろ。
「白色のバルーンバードなんてアタシはじめて見たよ」
「私もですよ。もしかしたらこれってセラさんの聖属性の魔力が関係してたりするんでしょうか?」
「そうかもな。でもバルーンバードの生態と勝手まだ分かってないんだろ? どうやって色が決まっているとか、どんな生活しているのかとか」
「まあ、群れを作ることくらいですね。あんな人畜無害な鳥を調べようなんて物好きな人いませんよ」
「まあ珍しい色のバルーンバードってことで終わるだろ」
「だといいですけどね」
ソノアの最後の台詞が終わるか終わらないかと同時に、店の扉がバンと開いた。
「おうカナメ! 久しぶり! ポーション買いに来た・・・・・・ってあれ? ソノアもいんじゃん」
シュウが店の中へと入ってくる。
ほんと、久々だ。少し見ないうちに体に筋肉がついてる。
このペースで筋肉がついてたらこの前迷宮にもぐるときに会ったあの筋肉のパーティに入ったりとかするのかな?
そしたら全力で笑ってやろう。
「ただいまー・・・・・・って今日お客さん多いね?」
開いたドアからミリアが両手に荷物を抱えて帰ってきた。
「ソノアさんは朝からいたからいいとして、シュウ君お久しぶり~」
「あ・・・・・・ひ、久しぶり」
そういえばこいつ、ミリアのこと気にしてたな。
ミリアも気づいていないみたいだし、脈はなさそうだけど・・・・・・。
「そうだカナメ、夕飯みんなで一緒に食べようよ」
まさかの提案。そのとたん、場の空気が一変した。
ソノアは欲望にまみれた目でアタシのほうを見る。
シュウはなんだか頬を赤くしている。ガキだな。
アタシとしてはシュウはともかくソノアはお断りしたいところなんだけど・・・・・・。
「みんなで食べたほうがおいしいもんね!」
ミリアの笑顔を壊すのも、なんだかなぁ・・・・・・。
「夕ご飯は鍋にしようかな~。何の鍋がいいかな~」
嬉々として献立を語るソノア。
うん。ま、いっか。




