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ご近所付き合い

「カナメおねーちゃーん」


 可愛らしい声が店先に響いて、椅子の上でウトウトとしていたアタシの意識は引き戻された。


「あ、起きたー」


 アタシの顔を下から覗き込んでいた少女は嬉しそうににこっと笑った。

 髪を頭の後ろで一つにまとめた少女にアタシは見覚えがあった。たしか近所の子供だ。初めて見たのは店ができたときに物珍しそうに中を覗いていた時か。ほかに何人もの子供が一緒に覗いていたのを覚えている。

 あんまり目をキラキラさせていたから開店記念のついでに一人一つ飴を作ってやった。ただ砂糖を軽く溶かして丸めただけのものだったけれど思ったよりも子供たちに好評だった。

 後で知ったことだけど、仲良くなったご近所さん曰くあたしの行動は異常だったとか・・・・・・。いくらお金の余っている商人でも貴重な砂糖をタダで振舞うとかありえないようだ。普通は挨拶のみ。あってせいぜいが安いポーションか何かを配る程度らしい。

 ちなみにアタシは挨拶ついでに自作のポーションを持って行った。普段使うことはないと思うけど、あって困るものでもないと思って店の近くの家を一軒一軒まわって配った。原材料は街の近くに生えていた薬草だったので実質のところタダだからアタシの懐は痛むわけでもない。


 砂糖の飴は子供たちがおいしそうに食べてたからアタシは別に気にしてない。

 以来子供たちには特に気に入られてこうやって店を訪れてくる。


 そして今日。アタシのことを見上げる少女――――セラはというと。


「お姉ちゃん、今日はね、セラね、羽拾ったからもって来たの」


 そういってセラは得意げに真っ青に染まった羽をアタシに見せる。

 たいした用がなくても来る子供たちからは、アタシは完全に友達と認識されていた。アタシも大概暇なので、よく子供たちの相手もする。


「鳥さんの羽、キレーでしょー。宝物にするんだー」


「おー、バルーンバードの羽か。見たところ頭の羽だな。いい拾い物だよ、良かったな」


 その羽はバルーンバードという魔物の羽だった。バルーンバードはまん丸で全身が一色に染まっている鳥の魔物のことだ。大抵は二、三十くらいの群れをつくり、群れごとに色は違う。

 そして魔物の癖にめちゃくちゃ弱い。家畜である鶏にも一対一では負けるほどだ。弱点は頭の羽で、一本でも抜けば死ぬ。

 またバルーンバードの頭の羽は、バルーンバードが死ぬと消えてしまううえに生きているうちは一生に一度生え変わるだけなのでそれ単品では滅多にお目にかかることのできない物なのだ。


 その話をするとよりいっそう嬉しそうな顔をするセラ。

 けれど、少しだけ注意もしておく。


「でもなセラ、あんまり一人で街の外には出るなよ。この街の近くには弱いやつらしかいないし人を襲うやつもいないけど何かあったらお母さんたちが心配するからな」


「・・・・・・はーい」


 諌めると、セラはちょっとだけしょんぼりしたように下を向いた。




  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 いつものようにアタシが椅子に座ってウトウトしていると。


「おねーちゃーん」


 数日前にも聞いた子供特有の甲高い声が以前と同様にアタシを眠りの淵から引き上げる。


「ん・・・・・・セラか。そんなに嬉しそうに走ってくるなんていったいどうしたんだ?」


「あのね、あのね、お姉ちゃんのお薬、すっごい効いたの! パパの腕がきれいに治った!」


 要領を得ない説明とその勢いにアタシはただ曖昧な返事しかかすることができなかった。


「セラ! 走ったら危ないでしょう」


 戸惑っているアタシの耳に、今度は若い女性の声が聞こえてきた。この声は街の掃除などでよく会う人、セラの母親であるロメールさんだ。まだ、二十代前半くらいだろう。セラは六歳だといっていたからロメールさんは二十になる前にセラを産んだようだ。きっと十七かそれくらい・・・・・・アタシ位の年齢かぁ。早いなぁ。

 適齢期は十六くらいだから、そんなものか。

 アタシも十七だけどまだ独り身でいいかって思ってる。今のところ良いって思える人もいないし。


 ・・・・・・それはそれとして。今日は二人ともどうしたのだろうか。荷物を持っていないところをみると買い物帰りって訳でもないだろうし。


「ロメールさんも一緒ですか。ところで、今日はいったいどうしたんですか? いつもの愚痴なら聞きませんよ」


 ちょっとだけ笑いながら言ってみる。ちなみに、『いつもの愚痴』とは愚痴という名前を借りたロメールさんと彼女の旦那さんの惚気話だ。


「違いますよー。ここのポーションの効き目がすごい良かったから一つ予備に買っておこうと思ったんです」


 ロメールさんによると、街の警備の仕事をしている旦那さんが魔物に襲われて怪我をしてしまったらしい。なんでも包帯を巻いて帰ってきた旦那さんの左腕は特に酷かったようで、ズタズタになっていたとか・・・・・・。

 想像するだけで痛ましい。


 けれどその時アタシが出店した時に配ったポーションを使ったら旦那さんの左腕が見る間に完治したそうだ。アタシの作ったものが人の役に立ったと思うと少し嬉しい。


「痕も残らなかったんですよ。きれいに元通り」


「それは良かった」


 街の外に自生してた質の悪い薬草が材料ってことは言えないな・・・・・・。そうじゃなくても折角気分良く使ってもらえているんだし、わざわざ水を差したりしなくってもね。


 そんなことを考えてたら、ロメールさんは近くにあった水色の瓶を手に取りながら尋ねてきた。


「おススメはどれですか? ちょっと位高くてもこの前頂いたのと同じ効き目があるほうがいいんですけど・・・・・・」


「それだったら前のより一つ上のランクのやつが一つ七百五十クロンで売っています」


 あたしの言葉にロメールさんは目を見開く。そんなに高値に設定した覚えはないんだけど。一緒に王都に来た行商人の人たちが売っていたポーションの額と同じ。

 でも、次に彼女が発した言葉はアタシの予想の斜め上だった。


「そんなに安くていいんですか?」


 ・・・・・・・・・・・・え?


「普通のポーションは切り傷を治すのがせいぜいですよ。それなのに大怪我を痕も残さないくらいにきれいに直してしまうものをタダで配っておまけにそれよりもちょっと上のものが普通のポーションと同じ金額だなんて・・・・・・」


 原材料はタダです。なんていえる雰囲気じゃないね、これは。普通のポーションなんて解毒用とかの特殊なものと違って作ったも片手間だし。


「これがウチの適正価格ですから。そのサイズの瓶のものは一律七百五十クロンです」


 アタシの店の名前はまだ決まっていない。ただの『道具屋』だ。だから、まだ名前のついていないただの木の板を看板として架けている。


 いまだに首をかしげながらもロメールさんは瓶を一つとって言った。


「一つ買ってくわね。ありがとう」


「まいどありー」


 何か物を買ってもらえたのは一ヶ月ぶりだ。何だか嬉しい。


 ロメールさんとはその後、街の近くに人を襲う魔物が出たとか怖いわねー。とかそんな感じの世間話をした。

 その間暇だったのかセラはずっとアタシの店の周りに落ちている石ころをけって遊んでいた。

 手持ち無沙汰にさせちゃったかな、ごめんね。


 帰りがけに、


「おねーちゃん。これお礼にあげる」


 セラが、先日アタシに見せびらかしに来たバルーンバードの羽をくれた。宝物なのにいいのかとあたしが訊くと。


「パパの怪我が治ったからそのお祝い」


 言っていることは支離滅裂だった。お礼なのかお祝いなのかはっきりしない。けど、目の前の少女の笑顔を見ていると断るのも何だか悪い気がして受け取った。


「ありがとな」


「うん!」


 久々の売り上げは、七百五十クロンとおまけでバルーンバードの頭の羽だった。

 ――――セラの笑顔はプライスレス。




  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 そういえば、薬草の予備がなかった。出店時に全部配るようのポーションにしてしまった。

 人を襲う魔物も出たみたいだし、冒険者でも護衛に雇って採りに行こうかな。





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