目覚めた性癖
「私をくすぐってください」
とある昼下がりの午後、真っ黒なローブにこれまた真っ黒なとんがり帽子をかぶった少女――――ソノアがアタシの店の扉を叩いたて入ってきたと思うと、唐突に言い放った。
「バカじゃねぇの」
思わず漏れた。
考えるよりも早く、口が動いてしまったのだ。
うん。本心から。だってありえないでしょ。ちょっと前にくすぐられていきも絶え絶えになるようなひどい目にあった子が数日も絶たないうちに今度は自分からその拷問のような行為を願い出るとか。
「バカとは何ですかバカとは」
「だってバカだろ」
「・・・・・・もう、そんなにバカバカ言わないでくださいよ」
ソノアは頬を赤らめながら、照れたように顔を背けた。
あ、ダメなやつだね。これ。
「カナメさんがいけないんですよ。私の体にあんな悪戯をするから。あれから毎晩どうにもあの感覚が忘れられなくて・・・・・・ちょっとでいいんです。やってください」
「なんか怖いからやだ」
迫るソノアにアタシは拒否を示した。
うまくは言い表せないんだけど、嬉々として近づいてくるソノアが怖い。
「カーナーメーさーんー」
「やらねぇよ。ってか商品買わないならもう帰れ」
「じゃあ買うので、くすぐってください」
「買わなくて良いから帰れ」
アタシの言葉に残念そうな顔をするソノア。
どうしてそんなにくすぐりに執着を見せるんだろう。
「カナメさんがくすぐってくれないのなら私にも考えがあります」
前言撤回。ソノアのくすぐりへの執着なんてもうどうだっていいから帰ってほしい。
「聞きたくない」
「カナメさんがくすぐってくれないならここで戦闘用の魔法を使います」
そういってすぐに詠唱を始めるソノア。
店の中で戦闘用の魔法を使われたらたとえそれが初級魔法でもシャレにならない。店のポーション関係のものは全部割れちゃうだろうし、装備品以外の消耗品は大体だめになる。
なんてめんどくさいやつ。
アタシは強盗が来たときのためにカウンターの中に用意しておいた結界石を取り出すと、ソノアに投げつけた。
とたんにソノアを中心とした半径一メートルほどの空間に半透明の結界が現れて彼女の周りを覆った。この結界石、そのあたりで拾ってきた石にアタシの結界魔法を付与したものだから原価はタダ。スペックも三時間の間は結界の中と外を完全に隔離させ、どちらからも干渉が不可能になるという優れもの。
当然中から出ることも出来ない。
ソノアは魔法の詠唱を続けていてアタシが結界石を使ったことにも気付いていないみたいだ。
「さぁ詠唱が終わりましたよ! この杖に仕込んだ魔法をぶっ放されたくなければ私をくすぐってくださ・・・・・・って、結界ですかこれ? いつの間に」
突然に現れた結界にかなり困惑している様子。アタシもあらかじめ石に魔法を付与していないで始めから詠唱を唱えて入ればソノアが詠唱を終えるまでには結界を作ることが出来なかった。
結界魔法って意外とめんどくさいんだよね。
「ですが私に結界なんてあんまり意味をなしませんよカナメさん。生半可な結界くらい私の魔法で打ち砕いてあげます!」
ぼうっと淡く彼女の杖が光った。
「範囲指定『結界』! 『燃焼』! 結界を燃やし尽くしてあげますよ。さぁ、私をくすぐってください!」
ソノアの言葉には『そんなことにやる気を出すんだったら仕事がんばれよ』とか思えるくらいの気合が篭っていた。
けど、アタシの結界もそこまでヤワじゃない。普段アタシが魔法を使うときは大抵詠唱をサボってるけど、万が一があったらいけないと思って真面目に詠唱したんだから。魔法は詠唱したほうが詠唱しないものより数段威力が上がる。
迷宮の中にいると敵も待ってはくれないから必然的に無詠唱になるんだけどさ。
「え、嘘。焦げ目一つ入ってない・・・・・・」
ほら、アタシの結界は丈夫だ。さっきと代わらないまま無傷で残ってる。
中級魔法の『燃焼』くらいどうってことない。
あと三時間はこのままだ。
さて、そのあいだにどうやってくすぐらずにソノアを追い出そうか考えないとね。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「決闘です!」
結界が解けて早々、ソノアはアタシに杖を突きつけた。
「私と決闘してください。私が勝ったらカナメさんには私のおなかをくすぐってもらいます!」
やっぱりこの娘、バカだ。
アタシの中でソノアはドジっ娘、腹黒、バカへと着々とクラスチェンジを進めている。
戦争ならここ数年でもあったらしいけど、決闘なんていまどき闘技場くらいでしかやってないんじゃないか?
「アタシには決闘受ける理由ないんだけど。なにかメリットはあるの?」
掛け金は対等でなくちゃ。
「・・・・・・・・・・・・たぶん」
考えてなかったみたい。どれだけアタシにおなかをくすぐられたかったんだろう。
アタシだって、結界が解けるまでの三時間どうやってソノアを追い出そうか考えていたけど、ろくな案は浮かばなかった。
ただ出て行けって言っても聞いてくれないし、それに元々頭を使うのも苦手だったから考えるの途中でやめちゃったし。
「あ、あります。カナメさんが私に勝った場合私があげられるもの」
そんなことを考えていたら、いかにも今思いついたといったようにソノアは提案する。
「王都の図書館の出入り及び本の貸し出し許可証か、カナメさんは冒険者の登録をしてあるので、私から依頼の斡旋も出来ますよ!」
「うーん。とりあえず依頼を斡旋してもらう必要はないし、必要でもないから却下かな」
「じゃあ図書館の許可証ではどうでしょう?」
本かー。自分で買うってなると高いから読まないけど、借りられるんだったら良いかもしれない。何より店番しているときの暇つぶしにもなるしね。
王都の図書館って事は、結構大きいだろうから、本の種類もいっぱいありそうだ。当分の間は暇つぶしが出来るかもしれない。
でも、一つ気になることがある。
「ねえソノア、図書館ってここから遠い?」
「そうですね。徒歩だと三日かかります」
それだけの距離と時間を無駄にはしたくないなぁ。往復だと六日でしょ。
「けど、あらかじめ読みたい本の希望を出しておけばそれに沿った種類の本を運んでくれますね。ただ、持ち出し禁止図書以外になるので自分で調べ物をしたいときとかは不便になると思います」
ふーん。本を持ってきてくれるのか。随分と親切なことだ。ソノアもギルドマスターの孫娘みたいだし、貴族とか商人とかお金や地位のある人に貸し出ししたりしてたらそういうサービスもありかもしれない。
だったら図書館の利用許可証も悪くないな。
決闘でもし負けたとしてもアタシはソノアをくすぐればいいだけだしね。
「分かった。その決闘受けるよ。で、いつやんの?」
「冒険者ギルド立会いの下、明日の午後に行いたいと思います。場所はこの町の城壁の外側です」
「ん。了解」
「絶対に、絶対にカナメさんに私のおなかをくすぐってもらいますからね!」
まるで逃げ帰るようにソノアは走って店から出て行った。最後のセリフ、噛ませ犬っぽいなぁ。
なんか、変にテンションの高いソノアをくすぐるのを断ってたら、アタシに随分と利のある話に飛躍したな。
ラッキーとでも思っておこう。
勝ったらなに読もうかな。暇つぶしできそうな、物語とかいいかもしれない。
そういえば、アタシの杖は最近使っていないけどどこに行ったんだろう?
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