飛び込みたいほどに
「おねーちゃーん、あそぼー!」
「ルルー!」
アタシが日課にしている白い角への魔力供給を終わらせて、店番しながらカウンターにもたれかかりぐったりとしていると、店の扉を空けてフリルのスカートをはいた幼い少女が元気よく入ってきた。
その肩には小さな黄色い小人が乗っている。
セラとルルーだ。
遠足から帰ってきてからのここ二、三日。毎日アタシの店に遊びに来る。
客も全然来ないし、アタシも暇なのでちょうどいい暇つぶしの相手になる。それは二人も同じようで、セラはアタシとミリアと話をしたりしているし、ルルーは店の中をまるで大冒険するかのように自由気ままにいろいろ見たり触ったりしている。
その所為でこの前ポーションを一つ倒しかけて、全身で必死に支えていた。自分の背より大きいものを必死に支える姿がなんとも可愛らしくってそのまま見てたんだけど、ミリアに助けられたあとにアタシを恨みがましい目で見ていた。
このままルルーにジト目で見られ続けるのも悲しかったから、おやつの時間にアタシが砂糖で飴を作ってやったらすぐにご機嫌になった。ちょろい。
「今日はセラね、トランプしたい!」
セラはアタシが店番をしながらでもできる遊びを提案してくれる。
いい子だ。
「ああ、いいぞ」
「私も混ぜてー」
ミリアも店の奥から現れる。エプロンをしているところを見るとたぶんお昼ごはんの洗い物が終わったところだ。
「ルルー」
「ルルーも今日は一緒に遊びたいって」
「ああ、みんなでやったほうが楽しいしな」
「ルルーはトランプもてないから私と一緒にやろうね」
その言葉を聞いてルルーは腕をよじ登ってセラの肩に乗る。最近毎日のように見てるけど、慣れてきたのか日に日に早くなっていく。
そのうち勝手にタイムでも測ろうかな。記録をとってグラフにしたら面白そうだ。
やるのは七並べ。
簡単故に、奥深い。
セラ、ミリア、アタシの順でカードを出していく。
セラがカードを出すときはルルーに持たせていた。自分の体よりも大きいカードを両手で抱えて必死に持っていくルルーの姿は見ていて和む。
アタシは出せるカードを特に何も考えず適当に出していたせいか一度も勝てなかった。
セラが異様なまでに七並べに強かったのと、ミリアが適度にアタシの邪魔をしてくるのだ。しかも二人ともアタシの出せるカードが減ってきたところで妨害を仕掛けてくる。
これは本気でやっても勝てる気がしないわ・・・・・・。
おまけに二人とも手加減しているようでおそろしい。ミリアはともかく、セラはまだ六歳だから将来は一体どうなるのだろうか。
たかが七並べだけどさ。
「ふー、結構長いことやってたな」
「そうだねー」
いつの間にか結構な時間がたっていたようで時刻は午後三時半頃になっている。
アタシが肩に手を置いて首を回しながら呟いたらミリアが同意してくれた。セラは子供だけあってさすがに元気だったけど、ルルーは自分よりも大きなカードをずっと運んでいたせいかすっかり疲れてきている。
アタシも小腹がすいた。
「なんか食べるかー」
「! ルルー! ルルー!」
呟くと、カウンターの上に座り込んでいたルルーが反応してその場でジャンプを始めた。
言葉は分からないけど、なんか喜んでるみたいだ。
アタシは苦笑する。
「そっか、ルルーも腹減ったか」
「ルルー」
見るとセラも期待した目でアタシとルルーのやり取りを眺めている。
「ちょっと待ってろ、なんか持ってくるから」
「あ、私も準備手伝うよ」
アタシが店の奥に行こうとするとミリアもついてきた。
さて、なにかあったっけな。
そう思いながら棚を開けると中に果物とか野菜とか、いろいろ入っていた。
その中にはアタシの買った覚えの無いものまで。アタシはミリアにたずねる。
「いつの間にこんなに買ったんだ?」
「んー、昨日安かったから纏め買いしてきたの。ほら、私が今ここのご飯作ってるでしょ。カナメには栄養のあるもの食べてもらわないと、ほっとくとカナメご飯適当に済ましちゃうじゃん」
「まあそうだけどさ、ちょっと多くないか?」
「だってカナメ子供たち来たらご飯とかおやつとか作ったりするでしょ」
さすがアタシの幼馴染。ってかアタシよりもアタシの行動分かってるんじゃないか?
うーん。脱帽。
「お、ミルチあるじゃん。これ切って食べようか」
「うん。私もミルチ好きだよ。みかんと似てるけど、みかんより瑞々しいもんね。あ、私切ってくるからカナメセラちゃんたちと待ってて」
「ああ、よろしく」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ん、うまい」
「おいしいねー」
アタシとセラは丁寧に皮まで剥かれたミルチを一切れずつとって食べた。
ルルーははじめてミルチを見たのか近づいて匂いをかいだりしている。もしかしたら自分と同じくらいの大きさだから食べるのをためらっているのかもしれない。
いや、シチューのときも平気でセラのスプーンから食べてたし、それは無いか。
「ルルー?」
首をかしげているから、ミルチがなにか分からないみたいだ。
「これはミルチっていうんだ。うまいぞ」
アタシはそう言ってルルーに見せるように一切れとって食べる。
セラもそれに便乗してルルーが食べられるサイズまで手でちぎって口に運んで、今度はルルーに同じサイズに小さくしたものを手渡した。
「おいしいよ。ルルーも食べてごらん」
セラに促されて、ためらいがちにぱくり。と一口。
「おいしい?」
セラが尋ねる。けれどルルーは何も言わずにもう一口。そのままセラのほうに顔を向けた。
その目がものすごくキラキラしている。
ふとその視線がミルチの乗った皿が置かれているほうへ向けられた。
「・・・・・・」
無言のルルー。
次の瞬間ルルーは駆け出し、跳躍。
ナナメ四十五度を彷彿させるものすごくきれいなジャンプだった。その着地点にはルルーがついさっき見ていたもの――――ミルチの乗ったお皿。
「ルルールルールルルルー」
ものすごく嬉しそうにミルチの皿の中に埋もれるルルー。
その一連の動作に、その場の全員が呆然とした。
一番早く我に返ることが出来たのはアタシだった。
「こらルルー、うまかったのは分かるけど食べ物の中に飛び込んじゃ駄目だろ」
「ルルー・・・・・・」
アタシにミルチの皿の中からつままれてしょんぼりとした声を上げるルルー。
「そうだよ。めっ! だよ、ルルー」
セラにも叱られて、よりしょんぼりしていた。
しかし、埋もれたくなるほど美味しかったのか。ここ数日で食べた果物とか料理とかも美味しそうに食べていたけどここまでの反応は示さなかったな。
意外なところでルルーの好物が判明した。
でも、まさか飛び込むなんて思わなかった。よく、溺れるほどに飲みたいとか言うけど、さっきのルルーはまさにそんな感じだった。
そんな騒ぎがあったあと、夕方になってセラとルルーは帰っていった。明日からはロメールさんとどこかに行くらしくしばらく来れないといっていた。
またしばらく暇になってしまう。
うーん、明日はなにをしようか。