夜明け1
「リン、おはよ」
気配を感じて、ハヌルが眼を覚ました。
大きく伸びをすると、ケトルからカップにお茶を注いだ。
「疲れてるときはお茶が一番だよ」
ハヌルにすすめられるままお茶を飲んだ。
甘みがある。
赤いほうのお茶だ。
全身に染み渡るお茶。
私がお茶を飲んでる間に、ハヌルがボウルに犬で作ったシチューをよそい、パンと一緒にテーブルに運んできてくれた。
「犬か・・・」
思わずつぶやいた。
「犬じゃなくて、ヌッテ。
まったく別物の生き物だってば」
ハヌルがチェストからスプーンを二本取り出しながら言った。
肉が多少硬かったが、味は悪くなかった。
ハヌルの腕のおかげなのか、空腹のせいなのかわからなかったが、大量にあったシチューを二人でほとんど平らげた。
「ヌッテの骨も皮も、町に持っていったら売れるんだよ。
皮は自分で細工して服を作ったりもできるけど、裁縫、苦手なんだよね、私」
ハヌルは食べ終わった食器類を部屋の隅に持っていった。
「裁縫かぁ
私もできんわ」
ボタン付けすらできない私に、裁縫という言葉は無縁だった。
「そうなの?
ちょっと期待したのになぁ。
自分で服を作って、それを売ったら、皮を売るよりかなりもうかるのに」
ハヌルは本当に残念そうに行ってから、振り向いて笑って見せた。
「皮ってなめしたり、処理がいるんやろ?」
私が尋ねると、ハヌルはさっき剥がした皮をテーブルの上に置いた。
臭くない。
生きてた頃よりいい毛並みをしてる気がした。
「この子らはね、私たちのために存在しているようなもの。
肉も剥ぎやすいし、骨も皮もすべてむだなく使える」
血がなくなるから、皮も臭くならないのだろう。
ハヌルの話では、一日放って置くと、肉はカラカラに乾くらしい。
そうなると保存食として重宝するらしい。
「裁縫できないなら、明日このまま売りに行こうか」
ハヌルはテーブルの上の皮を丁寧に四角くたたんだ。
「なぁ、ハヌル…」
私は無理に忘れようとしていたことをハヌルに問いかけてみた。
「前おったとこには、戻れんの?」
ハヌルの手が一瞬止まった。
ハヌルは目を手元に落としたまま言った。
「私が浜辺に着いたときは、一人ぼっちで。
毎日帰りたいって泣いてた。
でね、ナムと出会った。
この世界にたどり着いて、何百年と暮らしてるナム。
何百年も帰る方法を探してるナム。
そのナムが帰れないのに、なんで私が帰る方法を見つけられる?
帰りたい気持ちはあるけど、諦めた。
帰る方法探すより、ここでの生活楽しむ方が大事」
「そか…」
やっぱり方法はないのか…。
答えは解りきってた気がする。
方法がわかれば、ハヌルはとっくに帰ってるだろう。