序章
「落ち着けや」
胸の前で手を組み、うつむいてる私を見て、兄が少し笑いながら言った。
「そんなこと言うたって・・・」
何度乗っても飛行機は好きになれない。
上昇気流がうんたら・・・理論的に飛行機が空を飛ぶのは理解してる。
でも、こんな重たい鉄の塊が、しかも荷物や人を馬鹿ほど積み込んで、いったいどのくらいの重さだろ。
これが空を飛ぶ?まさか・・・。
心情的に飛行機が空を飛ぶことが理解できない。
そんな私を見て、兄は笑いが抑えられないようで、ずっと窓の外を見ながら肩を揺らしている。
私の気持ちも知らずに、飛行機は滑走路へ。
エンジン音が上がる。
加速する。どんどん加速する。
シートの背もたれに押し付けられる。
目を開けてられない!
機体が斜めになり、タイヤからの振動がなくなる。
浮き上がったらしい。
目を閉じる。
機体がどんどん上がっていくのを感じる。
兄が私の顔を覗き込む気配がする。
目を開けると、すぐ近くにある兄の顔。
私と目が合うと、こらえきれずに兄は吹き出した。
「笑いすぎや」
と、怒って言ってみたが、自分でも声が震えてるのがわかった。
「飛行機事故と交通事故とどっちが多いと思てるねん。飛行機はめったに落ちんわ」
「そんなこと言うたって・・・落ちたら絶対死ぬやん、飛行機って・・・」
機体はまだ斜めになったまま。
私はまた目を閉じた。
地面を走ってるわけではないのに伝わってくる振動が気味悪い。
ポン。
チャイムの音がした。
安定飛行に入り、シートベルトをはずしてもいいという合図。
ため息をついた。
安堵のため息ではない。
ここまで上がってしまったら、落ちたら絶対死ぬというあきらめのため息。
「無事に離陸!」
おどけて言う兄に、私は黙ってうなづいて見せた。
「無事に着陸できるといいねぇ」
からかって言う兄に、反論する気力もない。
そのとき、振動が消えた。
まるで教室のいすに座っているかのように、まったく振動がなくなった。
今まで何度か飛行機に乗ったが、こんなことはなかった。
兄も異変を感じたらしい。
兄と顔を見合わせた。
「なんか変・・・」
言いかけたときエレベーターに乗ってる気がした。
まっすぐ下に下がるエレベーターに。
体がシートから浮き、シートベルトがおなかに食い込む。
落ちる!
この飛行機は今、まっすぐ下に落ちていってる!!!