7.職場見学
センターの名称から、わたしはもっとほのぼのとした(動物園的な)風景を想像していた。
道路越しに見える”動物愛護センター”は色気もないけど清潔そうな建物だったわ。
飾り気のない門をくぐり、建物に近づく。
入り口手前の広場には小屋があり、ヤギとうさぎがいた。
とても暇そうに草を噛み続けるヤギと眠り続けるうさぎにバイバイと手を振り、わたしは建物に入る。
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役所を思わせる小奇麗な館内。
ふうん、坂東はここで働いているのね。とわたしは周りを見渡した。
右手に設けられた「受付」窓から顔を覗かせた職員のおじさんに、見学の予約をしている事を伝える。
「若菜さんですね。伺っております。さっそくご案内いたします」とおじさんが立ち上がる。
「館内はそんなに広くはないんです」とおじさんは歩きながら話し始めた。
「一周するだけならすぐに見終わっちゃうんです」おじさんは案内板の前に並んだ冊子を手に取る。
案内の前にご説明しましょう。そう言っておじさんから渡された案内冊子をわたしは読んだ。
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(※参考資料:東京都動物愛護センター・業務案内)
~当センターは人と動物が共生できる街づくりを目指しています。~
-1.動物愛護精神と適正飼養の普及啓発
そのためにいくつもの活動を行っているらしい。
- 動物とのふれあい体験を通じて、動物愛護精神、動物による危害の防止や衛生に関する普及啓発を行なう。
ふむふむ。ふれあいってステキね。
- 「動物ふれあい教室」、「犬のしつけ方教室」や動物に関する相談対応など。(動物愛護週間でのイベント参加)
なるほど。イベントねえ。
他にも<講習会>も催されているらしいわね。
-2.動物の保護と管理
そのための活動が続いて記されていた。
- 主に飼い主のわからない動物の収容や治療を行っています。
これがセンターの主要活動みたいだわ。
- やむを得ない事情等により飼えなくなった、あるいは飼い主のわからない動物を拾われた場合に相談内容から判断の上で引き取っています。
うーん。飼えなくなったら持ってくる人もいるのね。
- 捕獲・収容した動物の収容期間は7日間(飼い主からの引取りを除く)
え?7日間収容するだけなのかしら。
- 収容期間中に飼い主のわかった動物等を返還しています。
うん。みんな見つかって欲しいわ。
- 愛情と責任をもって終生飼養し、他の飼い主の模範となり適正に飼うことができる希望者を対象に、講習会を実施したうえで犬・猫等の譲渡をしています。
そうか、譲り受ける事もできるのよね。ずっと飼い続ける責任は大切よね。
わたしは少し姿勢を正して、次の説明を読んだ。(それは全く予想していなかった。というか意識していなかった内容だった)
- 以下の場合は”殺処分”としています。
- ・収容期間を過ぎても飼い主が見つからなかった犬・猫等( 譲渡できなかった場合 )
- ・飼い主から引き取った犬・猫( 譲渡できなかった場合 )
- ・飼養管理が困難な生後間もない子犬や子猫
- ・治療が困難な負傷動物
わたしは目眩を覚えた。
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「ご希望の閲覧場所がありましたらご案内しましょう」 読み終わったわたしに、笑顔で職員のおじさんが促してくれる。
わたしはしばらく深呼吸を繰り返す。
- 以下の場合は”殺処分”としています。
その一文がわたしの頭の中から消えようとはしなかった。
館内の温度が急に下がったように感じる。
ここは監獄のようだ、とわたしは思う。
わたしは職員のおじさんをまっすぐに見詰めた。
おじさんは困ったような悲しそうな表情でわたしを見ていた。
そのときだった。きゅーんきゅーんと切なげに鳴く子犬の声が聞こえてきたのは。